夢はきっと全部青春でできている

「うううううんんんん」
「分かりやすく唸ってるね、桜夏。どした?」

 ライブの興奮冷めやらないまま、私たちはいつものようにパソコン室でそれぞれの時間を浪費していた。最近はパソコン室半分、視聴覚室半分で練習量も増えた。
 だからこそ、真剣になるものが増えてきているからこそ、壁にぶち当たる回数が増えたんだ。
 本気でやるってこんな重労働なんだな。

「いや、動画がバズんない。毎日投稿でショートと横動画を上げてるし、視聴者数が増えてるけど登録までに至ってないんだよね。ねえ、何か変わった事とか、例えば他の配信者の人とコラボとかしない?」
「うーん? うーん、考えとくよ」
「ちょっと。あんた人のことならあんな臆病がらずに飛び込むくせに自分のことになると足踏みしすぎだって」
「そんなことないよ」
「ああちょっと、話終わってないのにどこ行こうとしてんの! 和!」
「ドラムの練習。前さ、拍手してもらってすごい嬉しかったけど、桜夏に助けられたから。だから私も、桜夏が伸び伸び練習できるようにしたいんだよね。それに、私も私きっかけでドラム始められたい」

 クソ、こっちがこれ以上追撃できないような言葉で見事に逃げられた。
 大丈夫かな。私将来ろくでもない男に引っかかりそうで今からとっても怖いんだけど。
 まあでも……陰キャの私に恋なんて無理だから気にしない気にしない。
 ああ、涙が枯れそうです。

「ええと、チャンネル増加数と視聴回数、登録に至るまで……やっぱ最後にアイキャッチとかいれるかなぁ。いやでも画像編集とかサムネってなるとなぁ」

 最近、やりたいことが増えて来た。単純に作業を覚えて技術が上がり、余裕が出てきただけなんだけど。
 別にそれ自体はとってもいいことだ。だけど……フリーソフトじゃ、限界がきている。
 やっぱ有料版のを買おうかな。動画編集はもちろん、サムネの編集とか色々出来るもんな。

「でも、楽器のこともあるしこれ以上お金はなぁ」

 椅子にドカッと背中を預けて座った。
 そもそも、私って今後編集、続けるのかな?
 今編集してるのって、和に頼まれて、和のことを知っていく内に、こいつを一番にしたいって思うようになった。
 夢が何か分かんなくなった。
 ギターしかないのにギターに逃げたくないとか拗らせた私の前をずっと走るあいつに、ちょっとでも追いつきたかった。
 でも、卒業したら、私も和も違う道を進むんだろうし……この活動、続ける、のかな。
 なんて、一人で悩んでもしょうがないし、とりあえず作詞ノートでも開くか。
 最近はパソコンのメモ帳とかワードソフトで書いてたけど、これはこれでアナログならではの良さがあるよね。
 進まぬ作詞に取り組んだところで、扉をガラガラと開いて……氷見さんが入って来た。
 うわ、気まずい……けっど、挨拶、しない方が、ゴミ、だよな。

「氷見さん、お疲れ様。今日も、作業?」
「お疲れ様。そうよ」

 会話が途切れたけど、その方がいい。
 無理に会話をするなんて今の世の中で無駄でしかない。

「え? な、なに?」

 ところが、氷見さんはいつもみたいに席に戻らず、私の方を……いや、私の作詞ノートに視線を送っていた。

「それ、何?」
「あ、ええと、作詞ノートって言って、歌詞を書くんだよ。ほぼ書いてないから大学ノートと二つの性質を併せ持ってるほぼ紙切れだけど」
「あなた、音楽をするの?」
「あ、うん。そうそう。この間和と路上ライブして、インスト……ボーカルなしで演奏してさ。和が歌詞がほしいって言うから書いてた」
「プロ、目指してるの?」
「へ!?」

 突然の問いに思わず変な声が出た。
 プロ……ってあれだよね、文字通り、音楽でお金もらう人のことだよね。
 音楽で食って……いや、うーん、今の私は、編集者……いやでも、この間のライブすっごい楽しかったし、私たちの演奏を見て楽器に興味持ってもらうの、めっちゃ嬉しかった。
 だから、氷見さんの問いに対して適当な答えが、全く見つからなかった。

「いや、どう、だろ。LM部の部活っていう感じ、が、今は、正しいかな」
「そう」

 氷見さんの表情がどこか寂しそうで、私は答えを間違えたことだけは理解した。
 何か、続けろ。このままだと本気でもう挨拶も出来ない関係性になってしまう。
 考えろ、私。
 ていうか氷見さん、わざわざ話しかけてくれたってことは、私に興味あんのかな。

「今ね、動画編集頑張ってて、有料のソフトを買うか迷ってるんだよね。私今2年で、卒業してもやるかどうかわかんなくて……こっちは多分技術がすぐにお金になるけど、編集者になるかどうかは、まだ考えてなくて」
「迷いがあるならやめたらいい。でも、少しでも進みたい気持ちがあったら、絶対迷ったらダメ」
「進みたい、気持ち」
「私はやると決めたから走り続ける。自分がプロになる姿を想像して、信じ続ける。私には、もう小説を書くことしかないから」

 言ってる事、文字に起こしたらすごくいいことを言ってるんだと思う。
 夢のある、意識の高い、それでいて、自信に満ちた、最高の決意だと、思う。
 なのにどうして、氷見さんはいつも、夢や目標の話をする時、こんなに苦しそうなんだろう。
 確か、ご両親に進路が決められてるとか、なんとか。

「それしかないことは、ないんじゃない? ほら、お家とか、あと氷見さんすごくきれいだし」
「夢に生まれや育ちが関係するなら、夢は見るものじゃないと私は思う。でも、才能も夢も、大体が自分の欲しい物じゃない時。憧れた物じゃない時の方が多い」
「それはちょっと……乱暴すぎじゃないでしょうか……」

 氷見さんの言うことが正しいなら、それってたぶん、追える夢を追うのが正しいって言ってるみたいに聞こえちゃう。
 でも私は音楽も編集の才能も別にないし……。

「だったら、才能の無い私は追っちゃいけない夢を追いかけてるの?」
「違う。追いたいという気持ちがあるのにやれることがあるのにやろうとしてないんじゃない? ってこと。才能がない人が夢を追うには、相応の努力が必要なの」
「それは、どういう……」
「編集ソフトが必要なら、編集者を夢として追ってるなら、迷わず買ってると思う。歌詞もそう。本気で音楽やるんなら、もう今の時点で作詞が出来なくても書き切るか、誰かの技術や時間をお金で買ってる。でもやってない理由は一つでしょ。あなたは夢を自覚した時、自分に自信がないから夢って言うのが怖いだけ」

 ああ、久しぶりだな、この気持ち。胸をギュッと掴まれる、この感じ。
 そっか、氷見さんを何故か気にしちゃうのも、苦しい表情をしてるって思ったのも、彼女が私に似ているからだ。
 もちろん、生まれも育ちも綺麗な顔立ちだって何一つ共通点はない。
 ないけど、ギターしかないと思っていた私に、今の氷見さんは恐ろしくよく被る。

「今が楽しいって思うのは良いと思うわ。でも、あとで何にもならないんじゃ、それこそ今が無駄になるから私は走る。もう、走り続けないと、今までの全部が無駄になる」
「そんなことはない!」
「何がよ」
「今が全部無駄になることは絶対にない! それに、もし無理なら他の夢とか、見つけたらいいじゃん!」
「好きで諦められない夢に勝るものにわき目を振る暇はないの」
「人生懸けんと好きって言っちゃいけんのか」
「それだけ本気だって言ってるの。あなたは将来の自分を見るのが、怖いだけ」
「じゃけぇ! それは氷見さんも同じじゃ! 小説家以外の自分を想像すると、これまでが全部無駄になる思うて怖いんじゃろが!」
「その言葉――」

 あ、と、方言が出てしまったことに気付いた私たちの会話をぶった切るように、パソコン室の扉が大きく開かれた。
 いつになく、というか初めて見たな。
 千景が、興奮した様子居ても立っても居られない、といった感じなの。
 扉を開いて、こっちに力強く歩み寄って来る姿はまさに野生動物を豊富とさせた。
 そしてその足で私の机の前に来ると、何かをバシッと叩きつけた。
 手がそっと離れるとそこには……この間の、路上ライブの写真が写っていた。
 私と和。笑顔って言うかもう、自分の世界に入っちゃってる部分を切り取った写真。
 良い顔をしてるな。この時って、もうグチャグチャな演奏が何とかカチッとハマった瞬間、だっけ。
 写真の裏には、青春って書いてあった。題名かな、いやはや、お恥ずかしい――
 更にもう一度机がぶん殴られる。びっくりする。私は人より心臓が小さいんだから。
 もう一度どけられた手の下にあったのは……入部届だった。もちろん、LM部の。
 え、なにこれ、にゅうぶとどけ? にゅーぶ、にゅう……さんきん……

「え、入部届!?」

 顔を上げると、千景は恥ずかしそうに笑った。

「和ちゃんに誘われて、路上ライブ、遠目から見てた。すごく……カッコよかった!」

 まっすぐに善意というか、褒められてさすがにちょっと恥ずかしかった。
 キラキラした目で見つめられて、視線を外したくなる。
 眩しすぎるよ。こういう、一歩踏み出した時の顔ってさ。

「私、今まで自分で何かしたいと思ったこと、あんまりなかった。言葉にするのも相手に伝えるのも。でもね、写真だけは、別に誰かに想いを伝えなくても、私が良いなと思ったワンフレームを誰かが良いなと思ってくれて。人がどうでもいいと思ってる事でも、写真に残せばかけがえのない思い出になったりとか」

 いいな。とっても、千景らしい。
 誰かの一生のどこかを切り取る。それが何の変哲もない日常でも、二度とない奇跡でも、等しく思い出ってアルバムに差し込める。そこに言葉はいらないから、千景にとっては自分の素を曝け出す、本当に言いたいことが出る表現方法なのかもしれない。

「桜夏ちゃんと和ちゃんすごく楽しそうで。写真と同じように言葉じゃない表現方法でみんなを楽しませてるのに、主役は音楽じゃなくて二人だった。私も、中に入りたいと思った! 力になれるか分かんないけど……私をLM部にいれてほしい」

 別に、そこまでなにか思ってくれって訳じゃなかった。
 ただ、やりたくないことをやらせたくなかっただけ。
 前は必要なら入るよって言ってた。でも今は、自分から入りたいって言ってくれた。
 断る理由、ないよね。

「ようこそ、LM部へ」

 手を差し出す私の横を、目のあたりに手を押し当てながら、氷見さんが通って行った。
 まただ……また、私は誰かとちゃんと、話せなかった。
 言葉のせいなのかな。感情的になると、暴言みたいな方言が出ちゃうから、かな。
 いや、良い。今は、新しい仲間を歓迎しよう。