夢はきっと全部青春でできている

 私と和の二人しかいないLM部は放課後の合間で活動していた。
 活動実績云々の前に、私たちはバンドの体を成していないからだ。
 とは言え、和はリズム感もよく、テンポ感も悪くない。
 初心者向けの教本を読みながら楽しそうに音を刻んでいた。
 格ゲーだけじゃなく色々な将来を考えたいと言っていただけあって興味と飲みこみが異常だった。
 格ゲーの息抜きに丁度いいと言っていたけど、私が笑ってしまうほど楽しそうだった。
 初心者ドラムに合わせて無理やりのセッション。
 酷い演奏だけど、やっぱ私は音楽が好きだって再確認する時間だった。
 これが、私の考えていた青春だって。
 LM部がなければ桜夏と会ってなかったわけだから部は存続させたいが、如何せん、今も作業を繰り返ししている編集が終わらない。
 和のチャンネルがちょこちょこ人気が出てきて、余計にこの波を止めちゃいけないって、本気でやってるからだろうねえ。

「なあ、桜夏」
「うーん? ごめん、この間のスクリムの動画? まだ編集終んない。あんたのダメージボイス集はもうちょい」
「なにそれ聞いてないんだけど……ええと、オリジナル曲とかってやりたくないの? バンドとか組んで、自分たちの音楽を~みたいな」
「お、和さんも音楽じゃなくてバンドに興味出てきましたかっ。まあ作曲は出来るよ。ずっと作ってたし。でも私歌詞作る才能なくてさぁ。どっか本腰入れてやるか、ライブでも。インストバンドって言って、ボーカルなしでも出来るバンドあるんだよ」
「ほえー……ならよかったわ。んしょっと」
「え? 何、どこ行くの?」
「風当りに行こうぜ、相棒」
「は? 今私はあんたの実況のオに濁点着ける作業があんだけど」
「普通にはずい編集しないで……いや良いよ。任せるつったもんな。じゃあ、今日は私に任せてもらおうか、桜夏くん」

 と言われて渋々作業を中断。まあ、夜にも出来るから別にいいか。ていうか久々だなぁ、和とどこか行くの。千景のプレゼント買った時以来か。
 私は鞄からピックを取り出して眺めた。
 使えて、ないんだよなぁ、何か。
 和は到着するまで行き先を伝える気はないようで、あまりにも下らない下ネタしりとりをして到着までの暇を潰した。ちなみにオマーン国際空港が優勝した。私が勝った。
 学校からそこそこの距離を歩くと、商店街の一角にドラムセットと、あとアンプが置いてあった。近くの楽器屋の、かな。何か催しでもあるのかなぁ。
 なんて、無邪気に眺めていると、和の背中に顔をぶつけた。

「ちょっと、いきなり止まんないでよ」
「ああ、ごめんごめん。着いたから」
「着いたって……何が、どこに」
「ん? ここ。すごいっしょ、予約したらこの屋外スペースでライブしていいんだってさ。路上ライブってやつだよ」
「帰る!」
「今日は帰らせないよ」

 逃げようとした腕をしっかりと掴まれて身動きが取れない。こいっつ……力が強い。
 まずいまずいまずい、単純なフィジカルに負けて結成間もないたった二人、しかも片方初心者でライブさせられてしまう……!

「こういうのは身内ノリで気持ち良くなるからいいんじゃない! 人様にお見せ出来ないって!」
「なんそれ、私は桜夏の音楽好きだし、自分の好きなもんは人に勧めたい。まあいいじゃん。経験、経験。活動実績にもなるんじゃない?」
「いやまあそりゃそうだけどさ」

 私の不安を無視して、和はお店の店員さんと和やかに会話してドラムチェアに座った。
 サイドポニーを、ポニテに結わえ直して、ドラムスティックを器用にクルクル回して軽く叩き心地を確かめるように音を鳴らした。

「今からライブやります! ええと、バンド名とかまだないですけど、初心者ドラムとギター激うま女子のふたりでやっていきますんで演奏、聞いてってください!」

 声が通るし良い声だから道行く人も立ち止まる。
 止めろ、引き込むな!
 わあ、普通に他校の生徒とかいる。吐きそう……吐いてこようかな、一発。

「エレキギターの方がいらっしゃるってことだったんでアンプは用意したんですが、エフェクターボードとかは……」
「ああ、私一人なんで大丈夫です。すみません、初心者がご迷惑をおかけして」

 店員さんは首を振って笑顔で笑った。

「やっぱ楽しく音楽やってもらうのが一番なんで、ウチもここをレンタルスペースにしてるんです。あと、おふたりがいい具合に演奏してくれたら音楽教室に人が来たりしてくれるんで」
「あはは、商売上手ですね。じゃあまあ……」

 軽く鳴らす。チューナーが正確に、弦の音を測定する。EADGBEに合わせられた完璧な音はもう何度も聞いた。そのうち耳に沁みついて来るけど、私は不安だからチューナーを外せない。
 こういう時、絶対音感とか、その道の極められし力があれば迷わなかったのかな。

「うん。じゃあ、ギター始めたいって人が出るように精一杯やります」
「楽しんで」
「なあなあ、桜夏。始める時、あのスティック打ち付けるやつやっていい?」
「当たり前でしょ。あんたはリズム隊。この曲を作ったのは私だけど、成立させんのはあんたのリズムキープ力。曲のエンジンみたいなもん。あんたらしい仕事を任せたぜ、影の指揮者」
「なにそれ、クソカッコイイ陰キャじゃん」
「いや、陰キャはかっこよくな――」

 カチカチ――

 和、人の話を聞かずに始めやがった。
 しかもいきなり合わせでミスった。初っ端のミスだけど、当の本人はミスしたことも気づいていない。
 チラッと顔を上げる。
 大丈夫、道行く人はこのオリ曲はこんなもんかって感じでミスに気づいてない。
 私の仕事は正しく弾いて、正しく届くように――
 和にもらったピックを操る指が、僅かに止まった。
 そうじゃ、ないでしょ。
 私の体は思っていたのと全く別で、前ではなく一歩下がってドラムの横に移動していた。
 そうじゃないでしょ。別に、この曲は私が作った曲で、演奏してるのは世界で私たちだけ。
 だったら、この失敗も、不完全さも、全部私たちだ。
 だから和、安心しろ、私があんたの自由な音楽を、絶対ミスになんかさせない。
 ギターを寄せて音を重ねる。
 安心って言うのが正しいか分からないけど、和のリズムが曲に乗り始めた。
 調和がとれて、私が無理やり合わせていた音が、二人の音になってさらに大きくなる。
 正解も正しい形もあった。でもそれは、私たちの好きな形じゃなかった。今日この瞬間から、この不完全さが私たちのオリジナルだ。
 ああくっそ、たまんないな、やっぱこれ。
 そんな顔で、笑うなよ、和。
 私も同じ顔、してんのかな。
 あんたを通して私を見ると、もうそこにいるのは私じゃないって思っちゃうんだ。
 いや、違うのか。和と音楽して、動画編集してる私が、本当の、私なんだ。
 窓際で完結していた。青春も進歩も何もわかんなくて、今だって夢がなにかもわかんない。
 だけどこれはわかる。
 今、ぶち、楽しい!
 ラストスパート、私と和に合わせてお客さんがリズムを取る。
 この一瞬だけは、この場で音を届ける唯一無二の、表現者(わたしたち)だ!
 一曲終った後、久しぶりのガチ演奏で汗だくになった私たちは頭を下げた。

「センキュー」

 和がそれっぽいことを言って思わず頭を下げながら笑うと、お客さんの拍手にかき消された。
 ああ、良いな、この、無作為で滅茶苦茶な、喝采のリズムって。クソ、嬉しいじゃん。
 下手でも何でも、日常に非日常を添えることはできる。
 ああ――
 楽しかったな。

「やっぱ歌があった方がお客さんも私たちもノリやすいのかな」

 スポドリを飲みながら、夕焼けの空を見上げて和はぽつりと呟いた。
 私は片づけをしつつ、背中でしっかり呟きを受け止めた。確かに、インストバンドじゃお客さんはどこでノったらいいか分からないかもしれない。
 ただ、人と話すことが苦手な私は感情を文字に起こすのが不得意なんだよなぁ。

「ああ、置いておいてもらって大丈夫ですよ? 片づけはこっちでやるんで」
「あ、本当ですか? 今日はありがとうございました」
「ああいやこちらこそ。早速女子高生が音楽教室の体験予約、いれて行きましたよ」
「え、ガチですか?」
「ガチです。また良ければ、演奏してください」

 思っても見ない言葉を受けて、悪い気がしない。
 悪い気はしないものの、私は和の頭を叩いた。

「って。何」
「急すぎる。事前に教えてよ。こっちだって心の準備ってのがある」
「陰キャってさ、そうやって準備準備っつって結局やんないじゃん。それに、言ってたら、来なかったっしょ」
「はあ!? え、マジぶっころなんですけど」
「それに、ピック、使ってほしかったからさ」
「え?」
「大事にしてくれるのは嬉しいけど、私は別にそれが壊れても怒んないし、次はふたりで選んだりできるから、使ってほしいなって」

 サイドポニーに髪を結わえ直し、和は大人びた笑みを浮かべた。
 え、何こいつホント……もう、知らない、こんな人種。
 日に焼かれ過ぎたせいで、私の中身が飛び出した。
 自分が嫌になるようなことを思いついてしまった。

「ねえ、和はなんで、私なんかと一緒にいてくれんの?」
「なんそれ」

 和はちょっと怒ったように、ドラムスティックをケースにしまって持ち上げた。


「私が、桜夏といたいからじゃダメなの?」
「……そんなことないけど」
「うーん、まあじゃあ一個。誰かのために感情的になれるところが好きだから」
「え、なんそれ」
「なんだろうね」
「あ、そうだ、私たちの演奏聞いてギター始めようかなって人がいたみたい」
「え、嬉しい」
「だよねー、めっちゃ嬉しくてさ」
「……桜夏、音楽ずっとやってきたい?」
「え、どうだろ……この先は知らんし辞める気もないけど、今は、あんたを一番の格ゲープレイヤーにしたい、けどね」
「そういうとこだよ」