夢はきっと全部青春でできている

「あの、さ、そんなにひょいひょいみられたいものじゃないと思うよ? 和」
「前に図書館で夢は小説家って言ってた人がそんなわけがない。栞を簡単に見ないで」

 なんで私が怒られて、なんで氷見さんは罰の悪い表情をしているのか分からなかった。

「何度も言わせないで。見せる気はないし、こんな大勢で囲んで……気持ち悪い」

 はい。心がもう限界です。帰ったらにゃんこの動画と大食いチャンネルを見ながら一曲弾こう。

「私さ、格ゲーがずっと好きで、ゲーセンでよく練習してたんだよね」

 和はゆっくりと、私の知らない話を始めた。
 そう言えば、私は和の何を知っていたんだろう。いつも飄々として、強引に突っ走る相棒の過去をなんで今まで聞いてなかったんだろう。
 私が……自分のことを話したくなかったから、かな。

「私のママ、シングルマザーでさ。私はお小遣い握りしめてちっちゃい頃からゲーセン行ってたんだよ。ゲーセンの人たちがみんな私に教えてくれてさ。
 まあでもゲーセンって、男の人多いし、年上の人とかもいるから、不純異性交遊だのパパ活だの好き放題言われてさ。その時に家庭版を買ってゲーセンにはたまに行くだけになったし、人が嫌いになった。好きなものを、表立って好きだって言えない辛さは、分かるつもり」

 部屋の空調が急に大きく感じた。
 好きなゲーセンに行っていただけなのに、居場所を失った。突然、心がきゅっと締め付けられた。
 思い出したくない過去が押し寄せる。

おじいちゃんみたいな喋り方だね――

「分かった」

 ハッとすると、氷見さんがパソコンを起動させて私たちの前で原文を見せてくれた。
 あらすじは、かつて魔王の腹心だった令嬢が死の間際に転生。転生先は勇者の家系だった。
 主人公は勇者を中から根絶やしにしようと目論むも、逆に勇者では扱いが難しい案件を持ち前の策謀で解決していく内に何故か好かれて行き、復讐どころではなくなっていくコメディ系悪役令嬢。
 主人公の芯の強さと意図されず好かれて魔王側で培った悪逆非道振りもで問題を解決する痛快な物語。
 まあでも誤字が気になるのと、人が多い。
 でも、よくある悪役令嬢の感じではなく、オリジナルに寄っていて独創性を感じる。
 総評すると、私はこの作品が好きです。ストーリーラインと成長、物語の軸が全て、人間関係に寄っているのが感情移入しやすい。

「主人公の自分で手を汚さないのに責任を被るの、いいね。陰キャっぽくて好み」
「構図がとても好き、かな。情景描写が丁寧で、文字で写真が出来てるみたい」
「主人公が好き! こういう性格好み」
「和あんた……無理言って見せてもらったのにそんな幼稚な……」
「でも、私たちが見ないと、幼稚な感想もこの世に生まれなかったけど?」

 ぐうの音も出ない。
 こればっかりは、和が正しい。和のこの、誰にも踏み込んだ結果、背中を押すところはずるいと思うし……私ももし、最初に会ったのがこいつだったら変わってたのかな。
 氷見さんは各々の感想を受け止めて天井を仰いだ。

「私、こんな性格だから人受けが良くないって言うのはわかってる。私はどうでもいいけど、私の書いた小説はきっと、私の代わりに誰かを笑顔にしてくれるって思ってた。でも、前に書いたものを晒されて、その時陰口聞いちゃってね。こんなのでプロになれるわけないでしょって。私は私の作品が、私以外に書かれた方が幸せだったんじゃないかって思ってしまったの」

 夢を志す人間にとってはあまりにも深く突き刺さる言葉。
 明確に、人を傷つけるためだけに放たれた悪意の矢が、心に刺さって抜けないんだ。

「ずっと忘れられないし、丁度同じ位に始めた人が書籍化デビューして焦りもあった。ネットで出会って切磋琢磨した人が先にいってどうしようもない劣等感でグチャグチャになった。私、親が会社の経営者で、この先の進路が全部決められてるの。だから時間が、ない」

 誤魔化すように制服の袖を目に当てているが、はっきりと、泣いているっていうのが分かった。
 悲しいからとかじゃないと思う。
 感情のコントロールが出来なくて、思いが吐き出されるっていう、感受性の高い人だからこその、涙。でも、悲しみよりもよっぽど濃い色をしていた。

「私には才能も時間もない。広い世界で簡単にプロになる天才って本当にいるって知って余計に、そう思った。だから、どういうつもりなのか知らないけど、これ以上関わらないで」

 パソコンの電源を落として部屋を出ていく氷見さんを、私たちは誰も追えなかった。
 誰も口を開くことが出来なかった。
 皆が何かを考える静かな時間が流れていった。

「ごめん、千景。活動記録の整理手伝うよ」
「あ、ううん。大丈夫、二人はここでまだ作業するなら、一緒にやってもいいかな」
「もちろん」

 再びキーボードの打鍵音と、写真加工や報告書を作るクリック音、あとレバーレスの打撃音みたいなものが響き渡った。
 ある程度作業が終わったところで、私はグッと立ち上がって背伸びをした。

「あー、そうだ先生に部員集めの報告しないと」
「んじゃ、私も帰ろうかな。久々にゲーセンもアリ」
「私も大体片付いたから一緒に帰ってもいい?」
「もちコース」
「あ、そう言えば、二人っていつも一緒にいるけど何部なの? 最初はジャズ部だと思ったけど」
「LM部だよ。私がギターで和は初心者ドラム。でも結構うまい。あと三人集めないと消滅しちゃうからちょいちょい交渉行ってるんだよね」
「そうなんだ。私、ピアノやってたから、ええと……キーボード、かな。なら出来るけど入ろうか?」「おーいいじゃん。ドラムとギターだけじゃ寂しいし」

 和みたいに、私はすぐに賛成できなかった。
 むしろ、全く別の言葉がすぐに口を出ていた。

「音楽、やりたいの?」
「え?」

 千景は、やりたいかと問われた時、答えに困ったように口を噤んだ。
 好きかどうか、千景の価値基準はたぶん、私と違う。千景の優しさは、どこか、ずっとずっと、怯えているみたいだから。

「好きでもない事やらせるのも、ね? 悪いし」
「別に私も他の部と比べて時間取れてないし、試して面白いなら、とかでもいいんじゃない?」
「あんたはこの後私が叩きこむんだって。編集終わったら覚悟しときなよ。ごめん千景、先に玄関で待っててくれる?」
「うん。待ってるね」

 千景を先に行かせて職員室へ。
 まだ本腰で廃部というわけにはなってないらしいけど、たぶん時間の問題だ。
 何とか一人増えたってところで最大限譲歩してくれているようだった。

「ねえ、桜夏。なんで、千景にすぐ入ってもらわなかったの?」
「言ったっしょ。やりたくない事やらせたくないし、やってって言ったらたぶん入っちゃうっしょ。しかも、辞めたい時に辞めたいとも言えないでずるずるやることほど辛いこともないしね」
「ふーん、桜夏ってさ、クソめんどくさいよね」
「うっさいバカ」