「あ、一ノ瀬さーん。良かったー。部室入る前にゲットできたぁ。知らない部室絶対入れないから先に行かれたら終わってたぁ」
部室? の前。息も絶え絶えでギリ捕まえることが出来た。
張ってよかった。一ノ瀬さんが毎日部活にくる真面目で良かった。
部活女子一ノ瀬さんは私を見つけるとまるで妖怪にでも遭遇したみたいに分かりやすく引いていた。
そりゃそうだ。逆の立場なら私はマジで知らない人のフリをする。私はそういう人点だ。
「ああごっめんね。私なんかと一緒にいるの見られたくないよね。手短にすませるね」
「いや! そうじゃなくて、ごめんなさい、何かこう、拉致されるのかなって、思っちゃって……何か用事?」
「うん! ガチで迷惑ならあれなんだけど、これ!」
包みを渡すと、不思議そうに一ノ瀬さんは受け取り、周りをキョロキョロ見ると部室の扉を開いて中から手招きした。
「入って。私が鍵係で、まだ人来てないから」
「ああじゃあお言葉に甘えて失礼しまーす」
写真部は意外にも棚と机以外何もなかった。
棚には多種多様な写真本や技術資料、あとは太いアルバムのファイルがある位かな。とにかく大人数が集まれる場所、みたいな雰囲気だ。
いいな、この文化部って感じ、落ち着く。机も白くて大きいのがいい。普段色々と机の上で機材とか写真を広げてるんだろうなって言うのが想像できる。
「開けてもいいかな」
「うん、どぞ」
丁寧に、梱包を開く一ノ瀬さん。私はその間ドキドキしながらぐるっと見渡した。
ああ、壁にも写真あるけど、これ、今の写真部の集合写真かな……撮影者は、一ノ瀬さん。
あれ……一ノ瀬さんが映ってる写真、ないな。
「わあ、カメラストラップ。これ、高かったでしょ……」
「いやいや、この間助けてもらったお礼だよ」
「そんな、もらえ――」
「ああ、ストップ。気に入ったか、そうでないかだけ聞かせて?」
「え? ええと、私にはちょっと爽やかすぎると思うけど、かわいい……好き、だよ」
「よかったぁ。じゃあもらって。もらってくれないなら捨てる」
「それはダメだよ! こんないい物なのに……私のために、選んでくれたの?」
「お世話になったからねぇ。これ見た時さ、青って言うか、空みたいだなぁって思ったんだよね。でね、一ノ瀬さんが青空の下で、カシャってカメラ撮ってる姿が想像できてさぁ、これしかないと思ったんだ!」
一ノ瀬さんは顔を赤く染めて少し視線を下げると、ストラップをカメラに付け始めた。
暫くしてカメラを構えると、「似合うかな」とはにかみながら聞いてくる。
「めっちゃいいよ! 私の目に狂いはなかったねぇ」
「ありがとう。すごくうれしい。でも、カメラストラップなんてよく知ってたね」
「あー、氷見栞さんって知ってる?」
「ああ、うん。特別進学クラスで校舎は別だけど、知ってるよ」
「え、そうなの? 偶然パソコン室で和とさ、千景に何贈るか話してたら会って、和がダルがらみしたんだよ。千景に贈る物何がいいかアイデアないかーって」
「安心院さんらしいね。というか、日真さんも知ってるはずだよ。ビブリオバトルで彼女、自分の夢の話をしてたから」
「え……うわごめん、たぶん、寝てたその時」
「ふふ。私が言っていいか分からないんだけれどね……氷見さん、ライトノベルを選んで、言ったの。私の夢はプロの小説家になることだって」
「プ……え、すごいね。ああでも、氷見さん頭良さそうだし、うん、何かなれそうな気がするわ」
だけど、千景はどこか気まずそうで、寂しそうな表情をしていた。
「皆がそうだったらいいし、ビブリオバトルってそういう意見を否定しない場所なんだけど、氷見さん、なんというか正論言うタイプだし、正確と容姿のよさとかお家の噂とか相まって、僻まれるのも多いみたいで。バトルが終わった後、誰かが氷見さんの作品を調べてクラスのグループチャットに面白がって晒したみたいなの。本自体も、たぶん昔に書いたもので本人も納得はしてないっぽくて」
「は? なんそれ」
「2年生になってから特別進学クラスに上がったからそのクラスメイトはいないみたいなんだけど……それ以来図書室にも来てないんだ」
「そいつらが悪いじゃろうがどう考えても。人の夢、笑うんは許せん。じゃあ手前はよっぽど素晴らしい夢持っとんじゃろうなって! あ、ごめんごめん、声荒げた」
「……いや、みんな、日真さんみたいだったらいいのになって」
「全人類総卑屈化計画ならだれも幸せいなれないよ?」
「ふふ。何か、最近妙にその意味わからない言葉のチョイスが欲しくなってる」
「千景はそういうところ――」
「あ」
「なに?」
「千景って」
「え? うっそ、名前で呼んでた? ごめんごめん! 和のこと思い出しながら話してたからだ」
「ああ、ううん。嬉しいって話。私もじゃあ、桜夏ちゃんって呼んでいい?」
「ああもうほんといくらでもばっちこいだよ。っと、もうすぐ人来ちゃうか。じゃあまた! 私らパソコン室か視聴覚室いるから遊びに来て! 今度演奏も聞いて!」
足早に飛び出した。
いつしか、友達が増えていく。
自分からちょっと動いただけってほど動いてないけど、その友達は全部、おかしな私を受け入れてくれる人なんだと思う。
たぶん全部、あの馬鹿のせいに違いない。私の人生の道すがらで見つけてきて、引っ張り上げてきた、和の。
しかし、ずっとぬぐえない難しい問題だな。
パソコン室の手前の窓で私は窓の外、ムカつくくらい青い空を見上げた。
夢ってなんだ? 自分が憧れる青春の輪郭も掴めない私には、この空よりも遠いよ。
「プロか……」
「なに、桜夏。ギターでプロ目指す気になったの?」
「和……いや、違うけど、そう言うあんたは格ゲーでプロ目指したりしてないの?」
「んー? なん言うか、なろうと思ってなれるもんなのかな、プロって」
「なにそれ」
「気づいたらなってるものだと思っててさ。目指すものじゃないとまでは言わないけど、私は将来どうなるか全然わかんないから、狭めないために勉強してるし」
意外な答えだった。和なら笑って、私は絶対プロになれるってピースするかと思った。
だけど、こっちが思わず静かになってしまうほどに、現実的で真面目な顔をしていた。
ころころと表情が変わる。
私を見つけて、あんなにうれしそうに笑ってくれた和も、今の真面目な和も、全部和の色んな側面で、私はこいつのそういう部分が大好きだ。
「桜夏は? ギター、上手いと思うし」
「えーどうだろ。普通に働いてる自分が一番想像できないし、ギター止める将来も、動画編集止める将来も想像できないんだけど……目標は一個あるよ」
「なに?」
「あんたを私の編集でプロにする! 和強いし、世界に知られれば行けると思うし!」
真面目腐った表情をしていた和は顔をクシャっと歪めて笑う。
「私次第で草。でも、分かった。頼むわ、相棒。んで? 急にプロがどうしたのさ」
私はついさっき聞いた氷見さんの話を和に伝えた。
和は一言、私なら殺してると言い始めた。だから私はこいつの相棒なんだと思った。
ガラッとパソコン室を開くと……え、いる。
うわ氷見さんいる。きまっず。
私と和はそれぞれの席に着いた。
私も邪魔をしないように静かに編集を始める。幸い今日は、和もゲームの練習をしている。
私のマウスとキーボードの音。
氷見さんのタイピング音。
そして和のレバーレスコントローラー? だっけ。あれのガタガタ音が響いた。
よく考えればこいつ出禁で良いだろ。
でもまあ音だけなら何か作業用BGMみたいだから大丈夫でしょ。私も編集を済ませよう。
さっき言っちゃったし……私の編集で、和をプロにする。
もちろん、和の腕次第だけど、それ以上に、もっと知られれば絶対声がかかると思う。
和は私に、ギター以外の楽しいことを見つけてくれたから。
チラッと和を見ると……いない。あれ?
逆方向に首を傾けた瞬間戦慄した。あいつ……立っていやがる。氷見さんの、デスクの後ろに。
しかも、肩トントンしていやがる。え、なに? 聞こえない、何話して……違う、ヘッドホン取れ私!
「ねえ、小説、書いてるの? 見せてよ」
「あなたには関係ないでしょ」
氷見さんは冷たくパソコンの電源を落としてしまう。そりゃそうだよ。
どうしよ、和を殺して私も腹を切れば許してくれるかな。
嫌だな……止めたくないな……人と関わるがただでさえ億劫なのに今はタイミング最悪だ。
「……まだ、見せられない。何も納得いってないから」
氷見さんはゆっくり立ち上がると、入口へ向かって歩いて行った。私を一瞥したけど、氷のような瞳に私は見事にカチコチに固まってしまった。息が、止まる。
ぴしゃっと扉が閉まる音でようやく息を吐くことが出来た。
「和!」
すぐに近寄って後頭部を軽く叩いた。
「あんたは良くも悪くも人に踏み込み過ぎ! って、聞いてんの!?」
和は適当に立ち上げたパソコンのメモ帳に、意味不明な速さでタイピングを始めた。
速い……寿司打のすし屋が潰れるくらい速い。本当に何でもできるの、何なんだろう。
指先の軌道を目まぐるしく追っていると、突如ピタッと止まって、私を向き直る。
「これ、どう思う?」
見ると、そこには小説の恐らく1ページ分があった。文脈と、セリフを見るに恐らく異世界令嬢もののラノベかな。1年の頃、暇すぎてこういうシリーズめちゃめちゃ読んだことあるからわかる。
あの頃私は一日二冊は本を読んでいた。
「どう思う」
「いやこのページだけじゃ――」
「桜夏にしか見えないもの、あると思うんだよね」
「……誤字多い。一ページ中でこれだけあると特に気になる。言葉遊びの可能性もあるから何とも言えないけど。あとは登場人物が多くて話し方に違いが少なくて誰が話してるか分からない。それとこれが一番気になるんだけど……楽しそうじゃない、気がする。
分かんないけど、音楽がそうなように、文字も感情が乗っちゃうんだよね。作者の。
そ れが、ない気がする。ていうかなにこれ、あんた、創作に目覚めたの?」
「私あの顔知ってるんだよね」
「あの顔って……ああ、氷見さんの?」
「これ、栞が書いてた小説」
「……え、あの一瞬で記憶したの?」
「うん」
「きっしょ」
「黙れ陰キャ」
「まあでもさ、私、小説はもうあんま読んでないし、書いたことなんか勿論ないから良し悪しはわからないよっと」
自分の席に戻って動画編集を始める。そっか、栞さん、毎日ここで書いてたんだ。
確かにノートパソコン運ぶより充電とか気にしないでいいし、ある程度静かさと室温が担保されてるから作業は捗りそうだね。
カタカタ、カチ、カチ、テレレレン――
あ? こいつ今、え? コントロールS押してパソコンシャットダウンした? え?
「なにしとんじゃわれ!」
バチバチの方言で叫んだところで、タイミング悪く千景が来ていた。はあああああぶない!
口を手で抑える間に、青春症候群に取り付かれた和が走り出していた。
こいつ、台風みたいな癖に台風と違って走り出したら進路をそらせない意思がある分、クソ性質が悪い。
しかももう見えない。運動までできるのかよ完璧超人め。
私も駆け出して、千景の肩を勢い良く掴んだ。
「な……」
「千景、ひま!?」
「ええと、写真部の活動記録を――」
「明日私が手伝うから、今、私を手伝って!」
千景の手を引いて和の後を追う。理由はそこまで難しくはない。
私一人で、和を止められないからってだけのこと。
しかも、和は滅茶苦茶すぐ傍で止まっていた。そりゃそうか。
和と違って……氷見さんはゆっくりと歩いていたんだから。
到着したはいいものの、三人で氷見さんを囲うような異常事態。
見栄えが悪すぎてこのままだと良からぬ噂を立てられた上に立てかけられてそこに寺を立て……私は今何を言っている?
「ちょっとごめん、氷見さん、おい馬鹿、こっち来い!」
二人の手を引いてパソコン室に逆戻り。すぐに扉を締めてできるだけ入口から遠い席に連れて行った。ああもう、何やってんだこんな……キャラにないことを。
もう氷見さんの顔を見ることが出来ないので和の顔を睨みつけた。どういうつもりかと。
「ねえ、小説、見せてよ」
和は空気は読まない癖に、氷見さんの目だけは真っ直ぐ見つめていた。
問われた氷見さんは私の想像通り「なんで?」と静かで鋭利な刃物を思わせる視線を送った。
そりゃ、そうだよね。
部室? の前。息も絶え絶えでギリ捕まえることが出来た。
張ってよかった。一ノ瀬さんが毎日部活にくる真面目で良かった。
部活女子一ノ瀬さんは私を見つけるとまるで妖怪にでも遭遇したみたいに分かりやすく引いていた。
そりゃそうだ。逆の立場なら私はマジで知らない人のフリをする。私はそういう人点だ。
「ああごっめんね。私なんかと一緒にいるの見られたくないよね。手短にすませるね」
「いや! そうじゃなくて、ごめんなさい、何かこう、拉致されるのかなって、思っちゃって……何か用事?」
「うん! ガチで迷惑ならあれなんだけど、これ!」
包みを渡すと、不思議そうに一ノ瀬さんは受け取り、周りをキョロキョロ見ると部室の扉を開いて中から手招きした。
「入って。私が鍵係で、まだ人来てないから」
「ああじゃあお言葉に甘えて失礼しまーす」
写真部は意外にも棚と机以外何もなかった。
棚には多種多様な写真本や技術資料、あとは太いアルバムのファイルがある位かな。とにかく大人数が集まれる場所、みたいな雰囲気だ。
いいな、この文化部って感じ、落ち着く。机も白くて大きいのがいい。普段色々と机の上で機材とか写真を広げてるんだろうなって言うのが想像できる。
「開けてもいいかな」
「うん、どぞ」
丁寧に、梱包を開く一ノ瀬さん。私はその間ドキドキしながらぐるっと見渡した。
ああ、壁にも写真あるけど、これ、今の写真部の集合写真かな……撮影者は、一ノ瀬さん。
あれ……一ノ瀬さんが映ってる写真、ないな。
「わあ、カメラストラップ。これ、高かったでしょ……」
「いやいや、この間助けてもらったお礼だよ」
「そんな、もらえ――」
「ああ、ストップ。気に入ったか、そうでないかだけ聞かせて?」
「え? ええと、私にはちょっと爽やかすぎると思うけど、かわいい……好き、だよ」
「よかったぁ。じゃあもらって。もらってくれないなら捨てる」
「それはダメだよ! こんないい物なのに……私のために、選んでくれたの?」
「お世話になったからねぇ。これ見た時さ、青って言うか、空みたいだなぁって思ったんだよね。でね、一ノ瀬さんが青空の下で、カシャってカメラ撮ってる姿が想像できてさぁ、これしかないと思ったんだ!」
一ノ瀬さんは顔を赤く染めて少し視線を下げると、ストラップをカメラに付け始めた。
暫くしてカメラを構えると、「似合うかな」とはにかみながら聞いてくる。
「めっちゃいいよ! 私の目に狂いはなかったねぇ」
「ありがとう。すごくうれしい。でも、カメラストラップなんてよく知ってたね」
「あー、氷見栞さんって知ってる?」
「ああ、うん。特別進学クラスで校舎は別だけど、知ってるよ」
「え、そうなの? 偶然パソコン室で和とさ、千景に何贈るか話してたら会って、和がダルがらみしたんだよ。千景に贈る物何がいいかアイデアないかーって」
「安心院さんらしいね。というか、日真さんも知ってるはずだよ。ビブリオバトルで彼女、自分の夢の話をしてたから」
「え……うわごめん、たぶん、寝てたその時」
「ふふ。私が言っていいか分からないんだけれどね……氷見さん、ライトノベルを選んで、言ったの。私の夢はプロの小説家になることだって」
「プ……え、すごいね。ああでも、氷見さん頭良さそうだし、うん、何かなれそうな気がするわ」
だけど、千景はどこか気まずそうで、寂しそうな表情をしていた。
「皆がそうだったらいいし、ビブリオバトルってそういう意見を否定しない場所なんだけど、氷見さん、なんというか正論言うタイプだし、正確と容姿のよさとかお家の噂とか相まって、僻まれるのも多いみたいで。バトルが終わった後、誰かが氷見さんの作品を調べてクラスのグループチャットに面白がって晒したみたいなの。本自体も、たぶん昔に書いたもので本人も納得はしてないっぽくて」
「は? なんそれ」
「2年生になってから特別進学クラスに上がったからそのクラスメイトはいないみたいなんだけど……それ以来図書室にも来てないんだ」
「そいつらが悪いじゃろうがどう考えても。人の夢、笑うんは許せん。じゃあ手前はよっぽど素晴らしい夢持っとんじゃろうなって! あ、ごめんごめん、声荒げた」
「……いや、みんな、日真さんみたいだったらいいのになって」
「全人類総卑屈化計画ならだれも幸せいなれないよ?」
「ふふ。何か、最近妙にその意味わからない言葉のチョイスが欲しくなってる」
「千景はそういうところ――」
「あ」
「なに?」
「千景って」
「え? うっそ、名前で呼んでた? ごめんごめん! 和のこと思い出しながら話してたからだ」
「ああ、ううん。嬉しいって話。私もじゃあ、桜夏ちゃんって呼んでいい?」
「ああもうほんといくらでもばっちこいだよ。っと、もうすぐ人来ちゃうか。じゃあまた! 私らパソコン室か視聴覚室いるから遊びに来て! 今度演奏も聞いて!」
足早に飛び出した。
いつしか、友達が増えていく。
自分からちょっと動いただけってほど動いてないけど、その友達は全部、おかしな私を受け入れてくれる人なんだと思う。
たぶん全部、あの馬鹿のせいに違いない。私の人生の道すがらで見つけてきて、引っ張り上げてきた、和の。
しかし、ずっとぬぐえない難しい問題だな。
パソコン室の手前の窓で私は窓の外、ムカつくくらい青い空を見上げた。
夢ってなんだ? 自分が憧れる青春の輪郭も掴めない私には、この空よりも遠いよ。
「プロか……」
「なに、桜夏。ギターでプロ目指す気になったの?」
「和……いや、違うけど、そう言うあんたは格ゲーでプロ目指したりしてないの?」
「んー? なん言うか、なろうと思ってなれるもんなのかな、プロって」
「なにそれ」
「気づいたらなってるものだと思っててさ。目指すものじゃないとまでは言わないけど、私は将来どうなるか全然わかんないから、狭めないために勉強してるし」
意外な答えだった。和なら笑って、私は絶対プロになれるってピースするかと思った。
だけど、こっちが思わず静かになってしまうほどに、現実的で真面目な顔をしていた。
ころころと表情が変わる。
私を見つけて、あんなにうれしそうに笑ってくれた和も、今の真面目な和も、全部和の色んな側面で、私はこいつのそういう部分が大好きだ。
「桜夏は? ギター、上手いと思うし」
「えーどうだろ。普通に働いてる自分が一番想像できないし、ギター止める将来も、動画編集止める将来も想像できないんだけど……目標は一個あるよ」
「なに?」
「あんたを私の編集でプロにする! 和強いし、世界に知られれば行けると思うし!」
真面目腐った表情をしていた和は顔をクシャっと歪めて笑う。
「私次第で草。でも、分かった。頼むわ、相棒。んで? 急にプロがどうしたのさ」
私はついさっき聞いた氷見さんの話を和に伝えた。
和は一言、私なら殺してると言い始めた。だから私はこいつの相棒なんだと思った。
ガラッとパソコン室を開くと……え、いる。
うわ氷見さんいる。きまっず。
私と和はそれぞれの席に着いた。
私も邪魔をしないように静かに編集を始める。幸い今日は、和もゲームの練習をしている。
私のマウスとキーボードの音。
氷見さんのタイピング音。
そして和のレバーレスコントローラー? だっけ。あれのガタガタ音が響いた。
よく考えればこいつ出禁で良いだろ。
でもまあ音だけなら何か作業用BGMみたいだから大丈夫でしょ。私も編集を済ませよう。
さっき言っちゃったし……私の編集で、和をプロにする。
もちろん、和の腕次第だけど、それ以上に、もっと知られれば絶対声がかかると思う。
和は私に、ギター以外の楽しいことを見つけてくれたから。
チラッと和を見ると……いない。あれ?
逆方向に首を傾けた瞬間戦慄した。あいつ……立っていやがる。氷見さんの、デスクの後ろに。
しかも、肩トントンしていやがる。え、なに? 聞こえない、何話して……違う、ヘッドホン取れ私!
「ねえ、小説、書いてるの? 見せてよ」
「あなたには関係ないでしょ」
氷見さんは冷たくパソコンの電源を落としてしまう。そりゃそうだよ。
どうしよ、和を殺して私も腹を切れば許してくれるかな。
嫌だな……止めたくないな……人と関わるがただでさえ億劫なのに今はタイミング最悪だ。
「……まだ、見せられない。何も納得いってないから」
氷見さんはゆっくり立ち上がると、入口へ向かって歩いて行った。私を一瞥したけど、氷のような瞳に私は見事にカチコチに固まってしまった。息が、止まる。
ぴしゃっと扉が閉まる音でようやく息を吐くことが出来た。
「和!」
すぐに近寄って後頭部を軽く叩いた。
「あんたは良くも悪くも人に踏み込み過ぎ! って、聞いてんの!?」
和は適当に立ち上げたパソコンのメモ帳に、意味不明な速さでタイピングを始めた。
速い……寿司打のすし屋が潰れるくらい速い。本当に何でもできるの、何なんだろう。
指先の軌道を目まぐるしく追っていると、突如ピタッと止まって、私を向き直る。
「これ、どう思う?」
見ると、そこには小説の恐らく1ページ分があった。文脈と、セリフを見るに恐らく異世界令嬢もののラノベかな。1年の頃、暇すぎてこういうシリーズめちゃめちゃ読んだことあるからわかる。
あの頃私は一日二冊は本を読んでいた。
「どう思う」
「いやこのページだけじゃ――」
「桜夏にしか見えないもの、あると思うんだよね」
「……誤字多い。一ページ中でこれだけあると特に気になる。言葉遊びの可能性もあるから何とも言えないけど。あとは登場人物が多くて話し方に違いが少なくて誰が話してるか分からない。それとこれが一番気になるんだけど……楽しそうじゃない、気がする。
分かんないけど、音楽がそうなように、文字も感情が乗っちゃうんだよね。作者の。
そ れが、ない気がする。ていうかなにこれ、あんた、創作に目覚めたの?」
「私あの顔知ってるんだよね」
「あの顔って……ああ、氷見さんの?」
「これ、栞が書いてた小説」
「……え、あの一瞬で記憶したの?」
「うん」
「きっしょ」
「黙れ陰キャ」
「まあでもさ、私、小説はもうあんま読んでないし、書いたことなんか勿論ないから良し悪しはわからないよっと」
自分の席に戻って動画編集を始める。そっか、栞さん、毎日ここで書いてたんだ。
確かにノートパソコン運ぶより充電とか気にしないでいいし、ある程度静かさと室温が担保されてるから作業は捗りそうだね。
カタカタ、カチ、カチ、テレレレン――
あ? こいつ今、え? コントロールS押してパソコンシャットダウンした? え?
「なにしとんじゃわれ!」
バチバチの方言で叫んだところで、タイミング悪く千景が来ていた。はあああああぶない!
口を手で抑える間に、青春症候群に取り付かれた和が走り出していた。
こいつ、台風みたいな癖に台風と違って走り出したら進路をそらせない意思がある分、クソ性質が悪い。
しかももう見えない。運動までできるのかよ完璧超人め。
私も駆け出して、千景の肩を勢い良く掴んだ。
「な……」
「千景、ひま!?」
「ええと、写真部の活動記録を――」
「明日私が手伝うから、今、私を手伝って!」
千景の手を引いて和の後を追う。理由はそこまで難しくはない。
私一人で、和を止められないからってだけのこと。
しかも、和は滅茶苦茶すぐ傍で止まっていた。そりゃそうか。
和と違って……氷見さんはゆっくりと歩いていたんだから。
到着したはいいものの、三人で氷見さんを囲うような異常事態。
見栄えが悪すぎてこのままだと良からぬ噂を立てられた上に立てかけられてそこに寺を立て……私は今何を言っている?
「ちょっとごめん、氷見さん、おい馬鹿、こっち来い!」
二人の手を引いてパソコン室に逆戻り。すぐに扉を締めてできるだけ入口から遠い席に連れて行った。ああもう、何やってんだこんな……キャラにないことを。
もう氷見さんの顔を見ることが出来ないので和の顔を睨みつけた。どういうつもりかと。
「ねえ、小説、見せてよ」
和は空気は読まない癖に、氷見さんの目だけは真っ直ぐ見つめていた。
問われた氷見さんは私の想像通り「なんで?」と静かで鋭利な刃物を思わせる視線を送った。
そりゃ、そうだよね。
