夢はきっと全部青春でできている

 トイレで一回吐いたところで、ウチは体育館裏で出番を待つためによろけながら向かった。
 着くとそこには、ウチを待つ三人の姿があった。本当に、頼もしい奴らじゃ。

「よっす」
「お疲れ」
「やっとだね、桜夏ちゃん」
「このまま来ないかと思ったわ」
「はいはい。んじゃ、柄じゃないけど一個だけ。この間の、ライブバトルとは違う。ここに敵はおらん。ウチらはウチらの音楽をやる。今日は最初からFRAMEのライブを楽しみに来てる人もいる。ウチらのこと何も知らん人もおる。でもそれが何じゃ。全員、関係なく、ウチらの好きを押し付けるぞ」
『おっけー!』

 始めてリーダーっぽいことをした気がする。ていうか、このメンツで私がリーダーっていうのが一番信じられない。
 どいつもこいつも主人公級で、主役級。全員魅力的な人たちじゃ。じゃけえ……。

「ウチをリーダーにしてくれてありがとう」
「ぶは……なんそれ、あははははは」
「おい!」
「違うよ、桜夏ちゃん。私たちを見つけてくれて、ありがとう」
「あなたって、どこまで自分に自信がないのかしら。もう頭にくるレベルね」
「え、え、え?」
「速く行くぞ、クソ陰キャ」

 リーダーに対する言葉とは思えない言葉を投げかけられながら、ウチらは舞台袖で順番を待った。
 ライブは吹奏楽部、ジャズ部、オーケストラ部が、皆が分かるような売れ筋の曲で盛り上げまくった。
 待って、ウチらよく考えたら、誰も聞いたことがないオリソンだけで来てるけど大丈夫かな。
 どうっしよ。練習のことで頭がいっぱいで忘れてたぁ……。

「んな顔すんな、桜夏。さっき言ってたろ、私たちの好きを、押し付けたらいい」
「いや、何か売れ筋の曲でも覚えた方がよかったかなって」
「滑ったら、桜夏ちゃんがMCで何とか笑いを取ってね」
「重たいなぁ……嫌だなぁ」
「大丈夫よ。私たちが人気になれば、それが皆が聞きたい売れ筋になるから」
「え、かっこよ……っと、今のがラスト、か。よっしゃ、気合い入れて、行こうか」

 頬をパンと叩いて、舞台袖から体育館の壇上に上がった。
 いつも練習している視聴覚室よりも広い。照明の光に照らされたドラム。アンプ、そしてマイクスタンドが、静かにウチらを待っていた。
 マイクの前に立つ。見下ろせる場所には、多くの生徒たち。誰もが、今この瞬間だけは、ウチらを見ている。
 ここに来れば何かが変わるかと思っていたけど、自分でもびっくりするくらい緊張がなかった。
 むしろ逆。ここがウチらが来たかった場所だって、嫌でも分からされた。
 マイクを自分に丁度いい位置に直す。
 すうっと、息を吸い込んだ。

「皆さんどうも、FRAMEです! あの、ウチ、隠してたことがあるんじゃけど、ずっと自分の方言がはずかしいと思ってました。じゃけど、このメンバーと出会って、そんなことどうでもいいって。それがウチの輝きなんだって思って、クソどうでもよくなりました。じゃけ、方言でも許してや」
「知ってるぞー!」
「かわいいよー!」

 男女問わず、悪乗りのリアクションが帰って来て、一瞬客席が笑いに包まれた。
 掴めた、かな? ありがとう名も知らない生徒たち。

「聞いてください。ウチら四人が最初に作った曲、窓際ストーリー」

 ウチら三人はドラムの和を向いた。ここぞ、とばかりに和がスティックを打ち鳴らす。
 この間とは比べ物にならない程、圧倒的にビタっと合ったスタート。
 最高の滑り出しだった。
 ドラムがリードして、暴れ倒すリズムをキーボードが支える。自己主張も忘れない。
 キーボードの努力を破壊するように、ウチはギターをかき鳴らし、歌う――
 各々が練習では出さなかったエゴを剝きだして、自分が主役だと主張する。
 互いに食い合い、互いが更に先へと突き進む。
 もう、全部ぶっ壊せと言わないばかりの半ば暴走に、ベースの低い音が叩きこまれた。
 この初心者が……!
 まるで落ち着けと窘めるような冷たいベースの衝撃が、ウチらの首を引こうとする。
 合わせ、外れて、最高潮のストーリーが、紡がれる。
 いいじゃん、皆、練習よりも、ずっといい!
 リリックがリズムに自然と調和する。実感する、自分はここで、無双出来るって。
 エフェクターを踏み込んで、一つレベルを上げる。着いて来られる奴だけ、来てみんさい。
 久しぶりに指が喜んでる。
 合わせる気はないけぇ、お前らも好きにしんさい。
 ドラムのリズムが、馬鹿みたいに強くなる。叩きゃいいってもんじゃない。これは立派な技術。
 いつもは力が抜けてないが、今日は、力強いの意味がよくわかってる。
 さすがじゃな、で? 他はどうなんじゃって。
 キーボードが一瞬テンポを緩めた瞬間、ベースが介入する。一生懸命に、食らいつく。
 ベースに合わせる形でキーボードが緩急つけて弾いていく。
 全員、自信を持って弾き切った――
 終局の時、今までに聞いたことのない拍手と歓声、そして笑顔が良く見えた。
 全員息を切らした。

「すんません、ちょっと楽しみ過ぎて、何も言葉がでりゃんので、続けて2曲目、最後の曲です。聞いてください、誰かが叫べ!」

 和が即座にスティックを打ち付けて、曲が開始。
 伴奏の中、ウチが観客を扇動するように頭の上で拍手をすると、観客が乗って拍手をしたり飛び跳ねる。
 いいね。ノリが良くて、助かるよ。
 誰かが叫べは、名前の割にポップで明るい曲。
 夢を見つけた後で現実や周りが正論だけをぶつけて来る。そんな物はわかってるから誰かに叫ばせて、自分のやりたいことをまっすぐ追い求めろって歌詞。
 聞いている側が乗りやすいリズムをドラムが奏でる。
 そしてすぐに訪れる、誰かが叫べ、のメイン。それぞれのソロパート。
 まずは、ウチ。
 任せんさい、最高に会場を仕上げて、お前らに渡しちゃる。
 ガチのチャレンジ。直近で最も練習したソロは、他三人が完全な沈黙を貫くことで主役を明確にするというもの。
 そのせいでミスがあれば目立つが、関係ない。
 未完成こそ美しいってのが、ウチら三人の共通言語じゃけえ。
 さっきのでもう完全に慣れた指でソロパートを……弾き切る。
 そして、次にバトンを渡す。
 ドラム。ずっとこのバンドのリズムを刻んでいた人間が、解き放たれたように打ち付ける。
 そうじゃ、それでええ。好きでやりたいことが明確になった今、迷わず全員を導け。
 ドラムパートが終わり、ドラムスティックが、キーボードの向けられる。
 元々、ピアノをやっていたからこその圧倒的な指弾き。
 キーボードだからできる、音色を変えて、自分の色を出していく。
 今まで誰かの影じゃった。誰かのために尽くすことで自分の居場所を作ろうとしとった。
 じゃけど、今この瞬間は、誰よりもお前が主役じゃ。
 最後はグリッサンドで締める。
 もう、完全に原曲にはないアドリブじゃけど、それでええ。
 さあ、ぶちかませ、このバンド一番の初心者――
 ベース、初っ端からミスったが、本人の顔はあまりにも冷静だった。
 そうじゃそれでいい。弾け、どうせ今集まった観客にミスがどうとかはよう分からん。
 お前が正しいと言って弾き切ったもんが正しいんじゃ。
 重低音はより遠くで響く。この中で、会場全てを支配できるのは、お前だけじゃ。
 描き切れ、文字だけで世界を作ったんじゃ、音でも同じことを、してみいや。
 ベースのソロが終わり、ネックの先がウチに向けられた。
 最後、全員で合わせる。ここじゃ、ここさえ合えば――
 ほうら、観客は皆、すげえって思うじゃろ?
 ラスト、三拍子からの静寂で……締める。
 完全にやり切ったウチは、センキューと言って汗を拭いた。
 会場が湧いてくれた。よかった、本当に、ノリのいい人たちで助かるよ。

『アンコール! アンコール! アンコール! アンコール!』

 ああ、うっそ。もう出し切ってめっちゃ疲れたんだけど……筋トレ、しとけばよかったな。

「あー、ええっと、2曲しかないから――」

 観客にどの曲がいいかを聞こうとしたウチの横に、ゆっくりと……千景が寄っていた。
 しかも……その手には、ギターが握られている。あ? え?
 千景はウチに微笑みかけると、そのままマイクの前に立つ。ウチはゆっくりと、訳が分からないまま袖の方に退いた。

「私たちFRAMEは、それぞれ夢が何なのかよく分からなくて。それでも追ったり諦めたり、諦めきれなかったり、毎日不安を抱えてました。でも、そんな私たちをめぐり合わせてくれて、いつも困った時、大事な時に前に立って、ずっと叫んでくれたのは、リーダーであり、私の……憧れである桜夏ちゃんでした」

 人前に立つことを嫌がっていた、何時も後ろにいた千景が、今は、私の隣に……いや、私の前に、立っていた。

「皆さん、この場を借りちゃってごめんなさい。でも、この場だからこそ伝えたいんです。最後の曲は、私たちFRAMEからリーダーへの感謝の気持ちです。聞いてください、最後の曲、星を見下せ」

 ドラムがスティックを打ち、演奏が開始。
 ウチは驚きながらも邪魔にならんように、若干舞台から降りる形、階段の傍まで退いた。
 ドラムに合わせて、千景がギターを、弾く。
 うっそだろ、いつ……練習しとったん?
 そして何より驚いたのは、ボーカルは千景と……栞だ。
 ギターでリードしてはいるが、2人はあまりにもドンピシャで合わせている。
 私と弾くときよりも、このラインが完璧に、正常に機能していた。
 まるで、ウチと和のセッションを見るように二人の世界が広がっていく。
 人を惹きつけるような加速感で、曲が進んでいく。
 ギターの旋律も、歌唱も、正直微妙だった。
 ちょっとずつズレているのをドラムが全力でリズムを繰り返すことで何とかカバー。メインボーカルの栞も決してうまくはない。でも、二人で誤魔化しながら、進行していく。
 何故かめっちゃ心を打たれる。誰がどう思っても、ウチは知っとる。
 二人がここまで来るのに通ってきた道を。本当にやりたいことの裏で、ひたむきに向き合ったこの旋律を。ウチは、知っとる。
 星を見下せ、か。良いタイトルじゃん。
 迷いに迷って星が見えるところまで走って、星を見て全部どうでもよくなる。
 でもそれは星のお陰じゃない。そう思える自分の方が凄いんだ。
 だから星は頭上でも手の届く場所にある訳でもない。見下ろせる程に、手が届くっていう歌詞。
 技術はまだまだ、でも必死で、何より楽しそう。
 ウチはすぐに会場を見渡して、写真部の子を見つけた。

「ごめん、ちょっとこれ貸してくれん?」
「え、あ、どうぞ。これ、一ノ瀬先輩のですけど……」
「知っとる。結構いいやつ、じゃろ……ええっと」
「あ、貸してください。…………はい、あとはここを押すだけです」
「ガチでありがとう」

 誰も撮ってくれんからな、じゃけえ、ウチがお前を始めて、カメラに撮るんじゃ。
 ぶれっぶれでマジでこれでいいんか分からんけど、とにかくウチは自分で撮りたかった。
 曲が、間もなく終わる。
 あいつらがウチのために、自分たちだけで完成させた、夢のゴールなんて思っていたほど遠いもんでも、不可能でもないってことを叫ぶ歌。
 興奮して、手が震える。
 下手じゃけど、熱い演奏が終わった瞬間、ウチも星たちの横に並びたくなった。
 ウチはゆっくりとステージに上がった。
 やっば、なんでウチ、泣いとるんじゃろ。

「隠すなや、ってか、ウチも混ぜろや!」

 三人が苦笑して、ウチらの文化祭は幕を閉じた。