夢はきっと全部青春でできている

 練習を休もうと決まってから、私は一体どうしたらいいか分からず、時間だけがあまりに無駄に過ぎていった。
 笑える。笑うしかないって言う方が正しいのか。
 この「時間だけが過ぎていった」っていう表現をよく本で読んだけど、まさかこんなにもゴミみたいな気分になるってことは教えてくれなかった。
 つくづく私は空気も読めないし行間も読めないんだな。
 焦燥感が募る一方で、動画編集すら手が回らない。集中が、出来ない。
 人生で初めて、自分以外のことが心配で、私は悩んでいた。
 嫌われてないかとか、言いすぎたかな、とかじゃない。
 皆がせっかく味わうはずだった、文化祭っていう晴れ舞台を私のせいで壊したかなっていう心配。
 今までは自分一人が悩めばよかった。
 自分一人が傷つけばよかった。
 たぶんこれからは、人を心配する状況が増えるんだろうなって、思った。

「ダーメだ、何も出来ん」

 私は椅子から立ち上がって、手早く着替えた。編集のし過ぎで運動不足を危惧し、買うだけ買ったランニングウェアに袖を通す。
 編集の忙しさでごまかしてきたこともごまかせない。あとは体を動かすしかない。
 玄関にどたどた向かうと、丁度パパと鉢合わせた。

「こんな時間にどこ行くんだ?」
「あー、走って来る。あてもなく」
「……アイス買ってるから、帰ったら食べな。遅くなるなよ」
「あい」

 軽く準備運動をして「よし」と、気合を入れた。
 こんな時はもう、走るしかないんだと思う。よく青春を歌う曲も走ってるし。
 青春って言う郷に勝手に入って勝手な真似事をしようじゃないか。
 何も考えられなくなればいい。
 考える余裕を物理的になくしてしまえばいい。
 走れ、走れ、走れ。突き動かされるように、後ろから迫って来る現実から逃げおおせるように。
 思わず、笑った。何やってんのか考える余裕もないはずなのに、今の自分があまりにあほらしくて、笑いながら、走り続けた。
 街灯が消え、コンクリートが消え失せて、逆に山への道が見えて、それでも私は足を止めなかった。
 あてもなく、ただただ、足の限界を迎えるその時まで、走り切った。
 マップアプリなしじゃ帰れないような場所まで走り抜くと、クソ、真っ暗だった。

「あー、マジで、はあ、はあ、何、おえ……やってんだろ」

 胃液を吐き出しそうになって適当な場所にへたり込んだ。
 ああ、休んだら絶対立てないって分かってるけど、人体っていうのはいつだって心について来ない。無理、休もう。
 息も絶え絶えで、からだを投げ出す。
 考えていたごちゃごちゃしたものが、私の心に追いついて来る。もやもやとぐちゃぐちゃがすぐにまた 胸の中を広がった。
 額に滲んだ汗を拭った時に、偶然私は、空を見た。

「うっわ、ぶち綺麗じゃな……そっか、この辺、街灯無いから」

 見上げた先の空に向かって指でフレームを作った。
 星は私が囲った空っていう限られた世界で煌々と輝いていた。
 誰が一番とか関係ない、自分らしい光をただ放っているようで、私のグチャグチャが波のように押し流されていった。
 ああ、さいっこうに、今、青春してる気がする。
 あの星たちは目標や夢に例えられることが良くある。手を伸ばしても届かない場所にあるから、きっとみんな、星に夢や目標を見る。
 恥ずかしながら空に手を伸ばした。ギュッと掴んでも、実際に掴めるわけじゃないけど、手の中にあるって錯覚できる、そんな絶妙な距離。
 あの星にも夢や目標があるなら、一体星はそれらを何に例えるんだろう。
 だってこいつら、誰が一番とか関係なく、自分らしく考えていやがるんだから。
 あまりにくだらないことを考えて、全部がどうでもよくなったし、やることもなかった私は曲を書き殴った。
 誰も私が作る曲に文句を言わないから今まで何か言う機会はなかったけど、私はしっとりとした曲が好きじゃない。
 別に聞く分には好きだけど、自分で作って演奏しようとは思わない。
 テンポが速くて勢いのある曲が好きだ。
 だって、私は今、しっとり落ち着いてる時間が勿体ないと思ってしまうから。
 そんな物はどうせ後でいくらでも作れる。今は、今しかない時間を描きたいんだ。
 時間が過ぎる中で、とりあえずAIに助けてもらいながらある程度完成した。後でギターを演奏しつつ音源を作って形にするけど、今はこれで良い。
 ああ、楽しいし……どうでもいい。
 ウチらが、勝手に始めて、勝手に演奏して、お前らが勝手に盛りあがれ。
 期待に応える努力はする。
 でも、ウチらの目的は、ただみんなで集まって、楽しい時間を過ごしながら自分たちの夢を見つけていく場所でしかない。
 いずれ皆、バンドを辞めるだろうけど、このバンドがあったお陰で、皆が変わって行けたらそれでいい。
 そうだよ。下手でも、ウチらが楽しそうにやってたから、皆拍手してくれたんだ。
 電池ほぼ切れかけのスマホをつけて、グループチャットに「明日集合」っていうのと、出来たばっかの曲を送った。曲はどうでもいい。メモ代わりだった。
 既読がすぐに三つついて、返事になってない適当なスタンプが送られてきた。
 はあ、めっちゃ憂鬱だけど、この空の広さに比べたらマジで全部どうでもいいちっさいことだな。
 それよりも問題が一つありまして。

「どうやって……帰ろうかな」

 マジで充電が切れる手前で、パパに連絡したらその後無事に迎えに来てくれました。
 帰りに微炭酸のジュースを買ってもらった。パパは何も言わなかったけど、ラジオで適当に流れて来た曲を歌っていた。何か味がある良い感じだったから、ウチも一緒になって歌った。
 今しかできない星空ダッシュを終えて、ウチは別に何か変わったわけじゃないけど、少なくとも明日皆に会う決断は出来た。
 どうにでもなれ、と帰ってすぐシャワーを浴びたら疲労のせいで泥のように眠ってしまった。
 翌日、歩くのがマジでムリってくらい筋肉痛だったけど、這いながら学校に行き、放課後は視聴覚室へ。
 集合ってだけ送ったのは良いけど、皆教室が違うから集まれるかどうかは謎だった。
 一抹の不安を抱えつつも扉を開くと、ウチ以外が揃って、それぞれ練習をしていた。
 誰も何も言わない。ウチも何も言わない。
 だけど、ギグバックからギターを取り出してチューニングを済ませつつ、いつもの位置に着いた。
 誰かが示し合わしたわけじゃなく、丁度いいタイミングで和がスティックを打ち付ける。
 今までにない完璧なタイミングで、曲がスタート。一曲目、窓際ストーリー、二曲目、誰かが叫べ。練習とは言え、ほとんどノーミスで完璧な演奏が、終わった。
 全員の微かに荒い呼吸が交じり合って溶け消えていく。
 誰もがウチの言葉を待ってるみたいで、視線は感じないが、心でビシビシ感じる。

「ウチ、謝らんから」
「ふはっ、別に、桜夏は悪いことしてないだろ」
「うん。私たちが言いたいのは、もっと遠慮せずに言ってってこと。言いすぎとか、言葉強いとか、気にしないで」
「あなたの方言勢いまくしたてには慣れてるから、素直な気持ちをぶつけてきて。我慢する方が、私たちは悲しいし、ぶち、たいぎい?」
「うっわ、変な発音腹立つ。ちゃんと言えよ……はあ、おっけ。残り時間少ないから、死ぬ気でやんぞ。本気でやらんにゃ、楽しめんじゃろ」

 ギリギリ形になったとは言え、そろそろ伝えるか。
 ある程度全員が自分の演奏するパートを覚え始めたところで手をパンと叩いた。

「はい、皆さん、お知らせです。2曲目の誰かが叫べ、は全員にソロパートがあります」
「ガチ? やった」
「え、キーボードのソロ? あるの?」
「やってくれるわね、桜夏」

 誰かが叫べは、全員にソロパートを作るっていう私なりの挑戦的な新曲だ。
 今までは通しということでソロパートを無くして合わせていたけど、今日からはマジで言い訳も誤魔化しもないソロパートの練習だ。
 ぶっちゃけ言うと、形になってるのはウチのギターと和のドラム。キーボードはガチでほんっと前のめりにやれば行ける。これはもう心の問題。
 ベースさすがに音楽教室と毎日の練習成果もあってかなり上手くなったけど、単純な技術が足りてない。
 でもいい。今回は勝負でもなんでもない。栞が納得いくまで練習に付き合おう。

「そうだ、桜夏。この間の曲なんだけど、ディレクションはある?」
「前……ああ、あれね。いやマジで、星を見上げながら書いただけでさ。一応ギターで録り直すつもりだけど文化祭には絶対間に合わんからいいよ」
「書きたいから、教えて」
「おーん……じゃあ一個だけ。星に夢とか目標とかを例えて、手に届かないとか零れるように流れてくとか言うじゃん。でも星の位置って、きっとほかの星を見下ろすような位置にあって、夢も目標も絶対手が届く。だから、星を見下せるくらい気楽に考えろ、かな」
「わかった。他に何かあるかしら?」
「あー、栞、一緒に歌うのはどう?」
「私が?」
「いやずっと思ってたんだよね。自分で書いた歌詞だからさ、歌いたいかなって。そうだ、とりあえず窓際ストーリーを一緒に歌ってみようよ」
「いや、遠慮して――」
「ほら、ウチばっかに歌わせてないでさ。ベースが歌うとかよくある話だし。さすがに歌詞は、覚えとるよな?」

 ということで、栞のボーカル込みで合わせてみた。
 本人が嫌がったのがよく分かった。
 あの、めちゃめちゃ音痴だった。
 いや、音痴っていうか、聞けないレベルじゃないっていうか、演奏の方が上手い。
 カラオケレベルの歌唱力だった。
 でも、不思議と嫌じゃなかった。下手でも、自分の言葉を自分で届けようとしている顔をしていたから。
 1パート終えて、とりあえず終了。
 顔を真っ赤にした栞はウチをしっかりとにらみつけた。

「いや、別に下手じゃない、よ」
「あなたねぇ、それが嘘だって分からない程の付き合いの浅さじゃないわよ。もういい、こんなバンド辞めてやる」
「待って待って。大丈夫じゃって。そんな、いきなりベースも上手くなんなかったでしょ? 練習しまくって何とかって感じじゃん。ね? 別に文化祭で歌わないし、文化祭自体もあと一か月……はないけどウチも手伝うからさ」
「良いわよ。音楽教室の先生に教わるから。でも、この曲のタイトルは私が決める。いいわね」
「どうぞどうぞ。文化祭が終わるまでには完成させようよ」
「ねえ、桜夏ちゃん」

 栞を宥めた後、ウチは逃げるように千景の方へ寄った。危ない、栞を泣かせると普通に胸が痛いから。

「何々、どした。キーボードはぶっちゃけウチあんま分からんけど」
「桜夏ちゃん、これ渡そうと思って」

 貰ったのは、和が優勝を決めた瞬間、抱き合うウチらの写真。
 まだ、そこまで時間が経っていないのにもうかなり前のことに思える。良い写真だった。
 相変わらず千景は、切り取る部分が上手いな。このアングル、どうやって撮ったんじゃろ。

「すっげいい。和、ほらこれ!」
「ん? あ、この間の……ちょっとはずいけど、良い写真だな」
「でね、桜夏ちゃん。私も我儘、言っていいかな」
「え、何? 何でも言いなよ」
「うん。じゃあ、その時になったら、言うね」
「え? 絶対ウチ忘れるんじゃけど……」
「えへへ、じゃあ、楽しみにしてて。忘れさせないから」

 え、何? ウチ今口説かれてる? うわ、男だったら全然コロッとやられちゃってる。
 皆ビジュいいもんな……ウチも、ちょっとおしゃれとかしてみようかな。これを機に。
 下らないことを考えながら、ウチらはいつも以上に楽しく、練習した。