「はい!? あの、今なんて?」
もう、職員室で叫ぶのが恒例行事になっていた私はあわてて口を塞いだ。
終わってる。自分もだし、この顧問も。
「いや、もうすぐ文化祭だろう? 顧問として何かできないかと模索した時、そう言えば体育館で例年音楽部がライブしていたと思って。取っといた」
「いやそんなフードコートで席取っといた、みたいに言わんでくださいよ!」
二曲目、誰かが叫べが完成し、窓際ストーリーと合わせて練習を始めた私たちは季節と時間の流れに愕然とした。え? もう文化祭の時期? うっわゲロ吐きそう。
去年、私、文化祭を風邪で休んだんだよな。学校行事に参加できないせいで陰キャ独り生活が加速したのを思い出すともう、消えてなくなってしまいたい。
いやいやそうじゃないそうじゃない。
「文化祭って、文化部が主役の祭典っすよね。吹奏楽部とかジャズ部とかいるんすよね」
「オオトリにしといたから頑張ってくれ。精力的に動画編集部を盛り上げてくれた、初代部長にして初代相談役の日真さんへの感謝の気持ちだ」
「ああこれが有難迷惑ってやつっすか」
先生に思いきり舌打ちをぶつけて、私は廊下でため息を吐いた。
すぐにチャットで連絡すると、全員が「やろう」ってことで意向が一致していた。
早すぎるなこいつら。文化祭を全力で楽しもうとしてないか? 陽キャどもめ。
私の心中は決して穏やかではなかった。
分かってるのか? 皆。私たち四人のバンドにかけられた過剰な期待が。
誰からも相手にされない陰キャ四人は今や、学校で最も有名な変な人たちになっている。
新設された動画編集部の初代部長にして廃部寸前のLM部を懸けた勝負を行い敗北するも、動画で盛り返したギターボーカル、日真桜夏。
全てのセンスが一流で、素人の域を超えた音楽の才を持ち、最近はプロゲーマーになったドラムの安心院和。
写真部として活躍を続け、学校の生徒ならば誰もが一度は見たことのある写真を撮り、パンフレットや多くの部活紹介動画の素材を撮影したキーボード、一ノ瀬千景。
特別進学クラスの才女、学年はおろか学校でも優秀な成績を安定して取り続け、プロの小説家を目指す才色兼備なベース、氷見栞。
文字にすると恐ろしい経歴の人間が何故か集まるLM部。既に噂は、広まっていて胃が痛い。
しかも廊下を歩いているだけで色々と、話しかけられるようになってしまった。
「あ、日真さん、文化祭のライブ楽しみにしてるね!」
「お、吹部とやり合ったバンドの人だ、意外とちっさいな」
「先輩、お疲れ様です。今日は編集部来ますか?」
なんて、ギリギリ名前も知らない人から全く知らない人、後輩に至るまであいさつされるようになった。
いやまあ後輩に無視されたらそれはそれできついんだけどさ。
それだけじゃない。
「ええと、三組の出し物は、じゃあたこ焼き屋で。っと、日真さんは確かバンドと編集部があるだろうから、そっちを優先で」
とか。
「日真先輩、こっちは大丈夫なんで、最終チェックだけしてもらった後はバンドの方頑張ってください」
とか。
皆が私に気を使ってくれて、私のために動いてくれている。今までにない感覚と経験に、思わず胃液が出そうになった。
あと、編集部はこれまでの学園生活にLM部の演奏を添えて学校紹介PV兼MVを作るそうだ。
マジでこれを作るのに時間を割かれたけど、冒頭一分だけ私がゴリゴリに作って、あとは後輩たちに丸投げにしてみた。
失敗するなら、失敗するで良い。それも経験だから。
しかし由々しい。
由々しいっていうか、期待に応えられる自信がありません。
だってちょっと前まで私たち、普通にどこにでもいる友達のいない四人の詰め合わせだったのに。
あれだ、動画のせいだ。クソ、もっとダサくて痛い感じにすればよかった。
自分の鬱々とした人生の一部を切り取って良い感じに編集なんてするんじゃなかった。
とまあ、悩んでも仕方がないことで悩み続けて、私は視聴覚室の扉を開けた。
既に二曲目の練習は始まっていたが、本当に悩ましいことがあってね。私たち、窓際ストーリーもまだ自信を持って演奏します! とは言えないレベルなんだ。
おかしい……ギターしか自信がなかったのに気づけばギターに自信が無くなっている。
「桜夏。何をそんな暗い表情してんだ? 文化祭決まったんだから、しゃんとしなよ」
「桜夏ちゃん、頑張ろうね」
「桜夏、先に新曲の合わせをした方が良いと思うんだけれど、どうかしら。明らかに練度が足りないから、通しでやって、その後窓際ストーリーをブラッシュアップしましょう」
と、皆は私の気持ちは知らず、やる気だ。逆に、ここまで楽観的に文化祭を楽しめる度胸が私にもほしい。
私の仲間は全員、何かを乗り越えて成長していった。私だけ、何かこの場で足踏みして、先のことをずっと心配しているようだった。
だけど、皆が期待してくれているし、メンバーもやる気なら、私だって本気でやろうと思う。
決意を固めたのも束の間、私たちは他にも大きな問題に直面した。
メンバーが誰一人予定が合わない。
千景は文化祭の中でも写真展という大きな展示会場の運営を任されていた。仕方ない。これは良い。文化部の祭典だもん。
和はブートキャンプと言って、ゲームハウスに泊まり込みで練習しているようだ。仕方ない。これは良い。はよ一勝上げろ。
栞は新たな作品に挑戦しているらしい。何でも、今までやってこなかったジャンルとか。仕方ない。これは良い。マジでお前は書き続けてくれ。
そう。誰もが集まれないあまりに正当な理由を持っていて、全てが「仕方がない」理由だった。
なのに、私は文化祭までの日にちをカレンダーを通してカウントダウンする度に、焦った。
「キーボード、もうちょい主張して! ドラムは単純に合ってない! こう、タイトにいける? ベース! 自信持って! ええっと、Aメロか? あえて弾く数減らしたろ、もっとうまいから弾け! あと私は歌詞が飛ぶ! ごめん!」
「おっけ。修正する」
「うん。ええと、主張っていうと、前のめりに。うん、大丈夫」
「分かった。失敗しても、弾き続けろ、だったわね」
焦りは演奏に如実に表れていた。
私だけが浮いている。もう、私が悪いのか、私が下手なのか、皆が私に合わないのかまで何も分からない。
迷い込んだ。
樹海に行ったことないけど、方位磁針もなく山で迷ったようなものだ。
日にちだけが、過ぎていく。
ただでさえ、日程が合わず、集まれる人間だけ集まって、一人ずつ指示を出す日々。
なのに手ごたえがない。上手くなる速度も自分のものにする時間も人それぞれで正しさなんて存在しない。
誰も教えてくれない。
誰か教えてほしい。
リーダーであり責任を持つべき私が、他の楽器にそこまで詳しくないせいで教えることもかなり難しい。
ギターならまだもう少しまともに教えられたし、感覚よりも言語化して教えられた。
たぶんずっと言ってるリズムキープとかもわかっちゃいない。
私は、どうしてあげたらいいのか分からない。
「ふう、良い感じ、か? どうだ、桜夏」
「んなんで……」
「え?」
「こんなんでどうやってみんなが納得できる音楽を提供できんのさ!」
言ってしまって、私は思わずハッとした。
言葉を選んでいられる余裕がない。言っちゃいけない事かどうかも、今はわからないんだ。
「おー、なんか、青春バンドっぽい」
拍手をしながら、和が茶化してくる。
思わず強い視線を送ったが、和は肩をすくめて、薄く笑った。
「あのさ、桜夏。私らって、全員を納得させるためにバンドを始めたのか?」
続くように、栞もベースを構えていた手を外して口を開く。
「そうね。私たちは私たちの好き、が結果的に皆に伝わる。楽しさをおすそ分けがテーマだと勝手に思っていたけれど、違うの?」
あまりにも、正論だった――
「違わないけど、そうじゃないじゃん」
「落ち着いて、桜夏ちゃん。皆のことを一番に思ってくれてるからだよね? 私たちもそれにこたえたいと思ってる――」
「だったら、もっとみんな集まろうよ! それがわかってるなら! 今のウチらクッソ中途半端で、こんなのが全力だって思われるのが嫌だよ!」
ぴしゃりと、空気が歪むような音がした。
言って後悔するのはわかってたけど歯止めが効かなかった。結果、私は思った通り後悔して、黙り込んでしまった。
「好きとか、夢とか、目標とか、それぞれいろんな色がある。私は、桜夏ちゃんを近くで見てそれを教わったよ。だからみんなをもうちょっと信じてみて?」
千景の言葉が分からなかったわけじゃない。
このまま練習して、派手にこけてもそれが私たちFRAMEなんだって。
分かるからこそ、私はまた適当な言葉を選べずに黙って、しまった。
すると千景は、ゆっくりとキーボードから手を離した。
「分かった。じゃあ、一度練習を休もうよ。このまま無理やりやっても、誰のためにもならない」
「だな。んじゃ、私もゲームの練習に戻るわ」
片づけを始める千景に和が同調して、既に片付け終わっていた栞は黙って部屋を出て行った。
何かが壊れたような、何かが終わったような音がしたのに、私はみんなを止められなかった。
もう、職員室で叫ぶのが恒例行事になっていた私はあわてて口を塞いだ。
終わってる。自分もだし、この顧問も。
「いや、もうすぐ文化祭だろう? 顧問として何かできないかと模索した時、そう言えば体育館で例年音楽部がライブしていたと思って。取っといた」
「いやそんなフードコートで席取っといた、みたいに言わんでくださいよ!」
二曲目、誰かが叫べが完成し、窓際ストーリーと合わせて練習を始めた私たちは季節と時間の流れに愕然とした。え? もう文化祭の時期? うっわゲロ吐きそう。
去年、私、文化祭を風邪で休んだんだよな。学校行事に参加できないせいで陰キャ独り生活が加速したのを思い出すともう、消えてなくなってしまいたい。
いやいやそうじゃないそうじゃない。
「文化祭って、文化部が主役の祭典っすよね。吹奏楽部とかジャズ部とかいるんすよね」
「オオトリにしといたから頑張ってくれ。精力的に動画編集部を盛り上げてくれた、初代部長にして初代相談役の日真さんへの感謝の気持ちだ」
「ああこれが有難迷惑ってやつっすか」
先生に思いきり舌打ちをぶつけて、私は廊下でため息を吐いた。
すぐにチャットで連絡すると、全員が「やろう」ってことで意向が一致していた。
早すぎるなこいつら。文化祭を全力で楽しもうとしてないか? 陽キャどもめ。
私の心中は決して穏やかではなかった。
分かってるのか? 皆。私たち四人のバンドにかけられた過剰な期待が。
誰からも相手にされない陰キャ四人は今や、学校で最も有名な変な人たちになっている。
新設された動画編集部の初代部長にして廃部寸前のLM部を懸けた勝負を行い敗北するも、動画で盛り返したギターボーカル、日真桜夏。
全てのセンスが一流で、素人の域を超えた音楽の才を持ち、最近はプロゲーマーになったドラムの安心院和。
写真部として活躍を続け、学校の生徒ならば誰もが一度は見たことのある写真を撮り、パンフレットや多くの部活紹介動画の素材を撮影したキーボード、一ノ瀬千景。
特別進学クラスの才女、学年はおろか学校でも優秀な成績を安定して取り続け、プロの小説家を目指す才色兼備なベース、氷見栞。
文字にすると恐ろしい経歴の人間が何故か集まるLM部。既に噂は、広まっていて胃が痛い。
しかも廊下を歩いているだけで色々と、話しかけられるようになってしまった。
「あ、日真さん、文化祭のライブ楽しみにしてるね!」
「お、吹部とやり合ったバンドの人だ、意外とちっさいな」
「先輩、お疲れ様です。今日は編集部来ますか?」
なんて、ギリギリ名前も知らない人から全く知らない人、後輩に至るまであいさつされるようになった。
いやまあ後輩に無視されたらそれはそれできついんだけどさ。
それだけじゃない。
「ええと、三組の出し物は、じゃあたこ焼き屋で。っと、日真さんは確かバンドと編集部があるだろうから、そっちを優先で」
とか。
「日真先輩、こっちは大丈夫なんで、最終チェックだけしてもらった後はバンドの方頑張ってください」
とか。
皆が私に気を使ってくれて、私のために動いてくれている。今までにない感覚と経験に、思わず胃液が出そうになった。
あと、編集部はこれまでの学園生活にLM部の演奏を添えて学校紹介PV兼MVを作るそうだ。
マジでこれを作るのに時間を割かれたけど、冒頭一分だけ私がゴリゴリに作って、あとは後輩たちに丸投げにしてみた。
失敗するなら、失敗するで良い。それも経験だから。
しかし由々しい。
由々しいっていうか、期待に応えられる自信がありません。
だってちょっと前まで私たち、普通にどこにでもいる友達のいない四人の詰め合わせだったのに。
あれだ、動画のせいだ。クソ、もっとダサくて痛い感じにすればよかった。
自分の鬱々とした人生の一部を切り取って良い感じに編集なんてするんじゃなかった。
とまあ、悩んでも仕方がないことで悩み続けて、私は視聴覚室の扉を開けた。
既に二曲目の練習は始まっていたが、本当に悩ましいことがあってね。私たち、窓際ストーリーもまだ自信を持って演奏します! とは言えないレベルなんだ。
おかしい……ギターしか自信がなかったのに気づけばギターに自信が無くなっている。
「桜夏。何をそんな暗い表情してんだ? 文化祭決まったんだから、しゃんとしなよ」
「桜夏ちゃん、頑張ろうね」
「桜夏、先に新曲の合わせをした方が良いと思うんだけれど、どうかしら。明らかに練度が足りないから、通しでやって、その後窓際ストーリーをブラッシュアップしましょう」
と、皆は私の気持ちは知らず、やる気だ。逆に、ここまで楽観的に文化祭を楽しめる度胸が私にもほしい。
私の仲間は全員、何かを乗り越えて成長していった。私だけ、何かこの場で足踏みして、先のことをずっと心配しているようだった。
だけど、皆が期待してくれているし、メンバーもやる気なら、私だって本気でやろうと思う。
決意を固めたのも束の間、私たちは他にも大きな問題に直面した。
メンバーが誰一人予定が合わない。
千景は文化祭の中でも写真展という大きな展示会場の運営を任されていた。仕方ない。これは良い。文化部の祭典だもん。
和はブートキャンプと言って、ゲームハウスに泊まり込みで練習しているようだ。仕方ない。これは良い。はよ一勝上げろ。
栞は新たな作品に挑戦しているらしい。何でも、今までやってこなかったジャンルとか。仕方ない。これは良い。マジでお前は書き続けてくれ。
そう。誰もが集まれないあまりに正当な理由を持っていて、全てが「仕方がない」理由だった。
なのに、私は文化祭までの日にちをカレンダーを通してカウントダウンする度に、焦った。
「キーボード、もうちょい主張して! ドラムは単純に合ってない! こう、タイトにいける? ベース! 自信持って! ええっと、Aメロか? あえて弾く数減らしたろ、もっとうまいから弾け! あと私は歌詞が飛ぶ! ごめん!」
「おっけ。修正する」
「うん。ええと、主張っていうと、前のめりに。うん、大丈夫」
「分かった。失敗しても、弾き続けろ、だったわね」
焦りは演奏に如実に表れていた。
私だけが浮いている。もう、私が悪いのか、私が下手なのか、皆が私に合わないのかまで何も分からない。
迷い込んだ。
樹海に行ったことないけど、方位磁針もなく山で迷ったようなものだ。
日にちだけが、過ぎていく。
ただでさえ、日程が合わず、集まれる人間だけ集まって、一人ずつ指示を出す日々。
なのに手ごたえがない。上手くなる速度も自分のものにする時間も人それぞれで正しさなんて存在しない。
誰も教えてくれない。
誰か教えてほしい。
リーダーであり責任を持つべき私が、他の楽器にそこまで詳しくないせいで教えることもかなり難しい。
ギターならまだもう少しまともに教えられたし、感覚よりも言語化して教えられた。
たぶんずっと言ってるリズムキープとかもわかっちゃいない。
私は、どうしてあげたらいいのか分からない。
「ふう、良い感じ、か? どうだ、桜夏」
「んなんで……」
「え?」
「こんなんでどうやってみんなが納得できる音楽を提供できんのさ!」
言ってしまって、私は思わずハッとした。
言葉を選んでいられる余裕がない。言っちゃいけない事かどうかも、今はわからないんだ。
「おー、なんか、青春バンドっぽい」
拍手をしながら、和が茶化してくる。
思わず強い視線を送ったが、和は肩をすくめて、薄く笑った。
「あのさ、桜夏。私らって、全員を納得させるためにバンドを始めたのか?」
続くように、栞もベースを構えていた手を外して口を開く。
「そうね。私たちは私たちの好き、が結果的に皆に伝わる。楽しさをおすそ分けがテーマだと勝手に思っていたけれど、違うの?」
あまりにも、正論だった――
「違わないけど、そうじゃないじゃん」
「落ち着いて、桜夏ちゃん。皆のことを一番に思ってくれてるからだよね? 私たちもそれにこたえたいと思ってる――」
「だったら、もっとみんな集まろうよ! それがわかってるなら! 今のウチらクッソ中途半端で、こんなのが全力だって思われるのが嫌だよ!」
ぴしゃりと、空気が歪むような音がした。
言って後悔するのはわかってたけど歯止めが効かなかった。結果、私は思った通り後悔して、黙り込んでしまった。
「好きとか、夢とか、目標とか、それぞれいろんな色がある。私は、桜夏ちゃんを近くで見てそれを教わったよ。だからみんなをもうちょっと信じてみて?」
千景の言葉が分からなかったわけじゃない。
このまま練習して、派手にこけてもそれが私たちFRAMEなんだって。
分かるからこそ、私はまた適当な言葉を選べずに黙って、しまった。
すると千景は、ゆっくりとキーボードから手を離した。
「分かった。じゃあ、一度練習を休もうよ。このまま無理やりやっても、誰のためにもならない」
「だな。んじゃ、私もゲームの練習に戻るわ」
片づけを始める千景に和が同調して、既に片付け終わっていた栞は黙って部屋を出て行った。
何かが壊れたような、何かが終わったような音がしたのに、私はみんなを止められなかった。
