夢はきっと全部青春でできている

「あれ? 栞、あんたバリバリ書いてるんじゃなかったっけ、次のプロット」

 栞は私の言葉が聞こえているはずなのに、栞はベースを弾く手をさらには早めた。
 この旋律は、窓際ストーリーだ。上手くなってる。この間は弾けなかったところが、弾けていた。
 栞も練習している……時間があるとは思えないんだけどな。
 静かな空気を震わせて、冷たく鋭い雰囲気が、栞の周りを囲っているような、妙な感覚だった。

「止めた」

 ぼそっと、独り言のように、視聴覚室のラグに言葉を落とした。
 何のことか最初分らず、それどころか私に話しかけているのかすらわからなかった。
 少しの間たっぷりと無視してしまってハッとした。

「あ、ああ、違うのがいいよね。待ってて、二曲目も進めてるから――」
「書くのを、止めた」
「…………は?」

 音が消え去ったんじゃないかと思うほど、静かに思える一瞬。
 いいや、一生に思える空白が部屋を埋め尽くしていった。
 何のことかを考えるほどに、私の心音はベースよりはるかに低く響いた。
 栞の周りの氷が、冷気を帯びながら、広がっていくような、嫌な気分だった。

「それより、プロチームに入ったってね。おめでとう。ごめんなさい、チャットは見ていたんだけれど――」
「いっやいや! 小説家は!?」

 答える代わりに再びベースを弾いて、栞は一言「二次落ち」だと呟いた。
 一次選考は通ったが、二次選考は通過できなかったってこと、か。
 いやでも、それは今までも同じって言ったら失礼だけど、また次を目指せばいいだけの話だ。
 私はそもそも挑戦をしていないし、和だってこの間ようやく報われたんだから。

「私ね、素直に喜べなかったの。二人が夢を叶えて、先に進むのを見て、自分も頑張らなきゃって思う反面、なんで自分は上手くいかないのって。才能もない私じゃ、もう無理だって」

 栞は、喜びも悲しみも関係なく感情のリミッターが壊れると涙を流す。
 ボロボロと涙を落とした栞の感情は言うまでもなく、自分への、失望と、憎悪。
 こんなにも、心が痛い涙を私は知らない。
 友達の成功を素直に喜べない自分のことを責めているからこその涙。栞は馬鹿じゃない。頭がいいからこそ、自分がどんな状態かを理解しているんだ。

「私は皆の、友達で良いのかな、って」

 心に深く突き刺さるような音がした。
 どいつもこいつも、大馬鹿じゃ。
 ほんでもってウチはまた、何も言ってあげられん自分が嫌で、クソたいぎい自分が情けない。
 言葉が分からないとか、不器用だからとか、もうそんな言い訳で、ウチは逃げんって決めた。
 背負っていたギグバックからギターを取り出して、軽くチューニングを合わせる。
 ふっと息を吐いて自分の中で、和がスティックを何度か打ち付ける様子をイメージして、弾く!
 ウチらFRAMEの二曲目にあたる完全な新曲を、指が弾いてギターが吐き出す。
 タイトルもなければ、もちろん歌詞もない。丸投げする気で、作っていた曲。
 弾きながら私はディレクションを始める。

「ここ、夢ってなんだろうっていう疑問から、色々やってみたけどしっくりこない。自分が好きなものが分からん。やらなきゃいけないって焦りと、自分に向くものなんて永遠に見つかんないんじゃないかって恐怖を盛り込んでほしい。リリックはいつも通りセンスに任せる」
「はる……か? 何して……」
「これをやるべきだ、とか、夢を持つのは素晴らしい、とか、そんな言葉は誰かに叫ばしときゃええ。感情に任せて。もし見つかんなくても今やってることを誰にかに馬鹿にされても、自分だけは素晴らしいって思え」
「ちょっと待って、私、もう書くことは――」
「黙って歌詞考えろ! お前が勝手に才能がないじゃ、私には無理じゃっていうとるその言葉で、面白いなって思わせた人間が何人おった!」

 誰の声も聞こえず、自分の立ち位置も分からない。
 一生の暗闇に閉じ込められるって、大学で会った小説家のお姉さんも言っていた。
 私たちの音楽は、滑っても盛り上がっても、演奏している分は反応が見える。でも小説は違う。まず見つからないことがデフォで、見つかっても感想を書くかどうかはその人次第。
 分からんから、栞は自分に自信が持てないだけなんじゃ。でも、ウチは知っとる。
 お前の書いた歌詞が、文字が、どれだけの人を盛り上げたんか。

「歌詞も小説も、同じ文字じゃ! 小説が無理なら歌詞を書け! どっちも誰かの心を動かすんじゃ! それが、お前が小説の魅力に囚われた、はじめの一歩じゃないんか!」

 ウチの音楽も、栞の音楽も、千景の写真や、和のゲーム。
 どれもまったく本当に違う物で、違う大変さがある。
 じゃけど、伝えたいことを表現する手段って意味なら、全部本質は一緒なんじゃ。

「お前の文字はウチらが届けちゃるけぇ! ウチは音やら感情で、ぽいことはできる。でも、お前みたいに文字で人の心は動かせん! また書きたくなったら小説書け。小説(すきなもん)捨てるなんて二度と言うな!」

 諦めるには、その才能を見限るには、あまりに速すぎるんじゃ。
 人生は、ここから続く時間は、ウチらが今まで生きてきた時間よりはるかに長いんじゃ。
 じゃから、それをとっくに過ぎてとっくに知っとる大人は平気で言うんじゃ。
 気楽にやれって。

「書くしかないんじゃろ? じゃあ別のもんでも書き続けぇや! 小説でも歌詞でも良い! 書いて書いて、それでもダメな時に初めて、笑って筆をへし折れや!」

 伝えたいことを全部吐き出したところで、ウチは新曲を弾き終えた。
 久しぶりのオールソロ。全力で叫んで弾いて、もう汗だくでくたくただった。
 
「お前が叫ばんのなら、お前の心がほしい言葉を、ウチが代わりに叫ぶ。そうやって、誰かに叫ばしといて、その間にお前は、やりたいこと、見つけたらええんじゃ」

 ふらふらとした足取りで、この間みたいに、楽曲の入ったUSBを手渡した。
 受け取ろうとしなかったら口に中にでも直接ねじ込もうと思ったけど、栞はゆっくりと、それでもしっかりと、黙って受け取った。
 少し考える、そう短く言って、栞は視聴覚室を後にした。
 どんな答えを出すか知らないし、別に答えなんて出す必要はないと思う。
 だって私も、別に言いたいことを言っただけだから。
 にしても、言いすぎた、かな。いやもう、知らん。自分が何を言ったかなんて正直覚えてない。
 悪い癖だ。私は口が悪いし、自分が強い口調で言われても平気だから、つい、口が悪いし強い口調で言ってしまう。
 でも、誰かに合わせて言葉を変えるなんて器用な事は出来ない。
 話すのが苦手で不器用っていうのはそこから来てる。だから栞、あんたはその時点ですごいんだよ。
 こんなにも平気で誤解を生む言葉と表現だけで戦う世界に、足を踏み入れたんだから。
 私もこうしちゃいられない。
 皆にこうやって叫んだ責任はとらないとな。早く自分の夢というか進路を見つけよう。