大学を見学して、私はそれでも普通に昼間は授業で寝て、動画編集部と自分の編集とLM部の練習で精神と生活習慣がグチャグチャになっていた。
マジで何も変わらない。そりゃ、1日で何か変わってれば世話ない、か。
「どうしたの? 桜夏ちゃん。溜息なんか吐いて。昨日は栞ちゃんと大学に行ったとか聞いたけど、何かあったの?」
「夢と現実の間で悩んでいる人たちを見ると、私らって結構気楽に悩めてるんだなって思ったかな」
「それは、良かったね?」
「まあそれはそれとして、これどうしようかな」
一枚の書類をファイルから取り出した。
「なに? 随分と景気の悪そうな顔をしているわね、桜夏」
見上げるとそこには栞がいた。
表情はいつもと変わらない。昨日は一人でさっさと帰ったから心配したけど、蒸し返すとまたうるさそうだから、やめる。
私は今の今まで見ていた紙を栞に渡した。
「……部費の計上。よかったじゃない、依頼料が振り込まれて」
「いやまあそれ、何に使うよって話でさ。これもらっちゃうと今まで適当にやってた仕事に責任が出るなって思ってさぁ」
「あなたらしいわね。そうだ、この間の進路、どうするの?」
「私はあの大学を目指すよ。大学入ったらまた、変わるかもしれないし」
「そう……千景、あなたそれ」
鞄の中の何かを千景は隠したが、残念、私の方が速い。
鞄の中に手を突っ込んで、隠そうとした物をひょいッと奪い取った。何だ? 冊子かな……。
「って、これ、私たちが昨日行った大学のパンフじゃん。千景、ここに行きたかったの?」
「ああいや、それはええと、そう! 見に行ったって言ったから興味! 興味で!」
「にしては付箋張ってるな……写真科? うそ、そんなのあったんだ」
「あったっていうか、再来年に出来る新学科。説明聞いてた?」
「いや、パンフ見ながら説明聞いてたのあんただけだって。千景、行きたいんだ、やっぱ」
「いや、違うくて……私なんか、無理だから」
まただ。
またこの、私になんて無理だって。そうやっていつも、千景は自分の中に閉じこもる。
自己肯定感が低すぎるせいなんだけど、こればっかりは、低くなったのと同じ時間、そんなことないって言い続けるしかないと思う。
だけど、私がそこまで長く一緒にいられるかは、分かんない、かな。
「私がプロを目指すきっかけになった本、知ってるわよね。あれ、主人公が凄く弱いのよ。だけど、皆に助けられながら敵を倒すっていう、王道系」
横に座って、栞は頬腕を突いて話し始めた。
少し親近感が持てるような柔らかな笑みを、本の話をする時に、よくする。
「とにかく弱くて、負けちゃいけない戦いにも負けてね。どうしようもないの。でも、負けるってことは絶対に戦ってるってこと。味方も、何なら敵もそれが分かって主人公の周りにはいつも人がいた。俺つえーが流行る中で主人公が一人じゃ何も出来ないけどみんなのために頑張って、皆が手を貸す。それがカッコ良くてね。私、一人だったから境遇も相まって強烈に憧れた」
自虐っぽい話を栞がするとなんだか笑えて来る。
栞はなぜか一番自信のあるはずの本に自信がなくて、それ以外は自信いっぱいで話す。
見ているこっちも、悩んでいたって仕方がない。前を向こうって思えるくらいに。
「私もこうなりたいしこんな話を書きたいって思った。いつかもしかしたら諦めなきゃいけないかもしれない、なんだけど」
「そんなことない! 栞ちゃんの本、面白いよ!」
「ふふん、千景、あんたはそれと同じことを私らにしとるの、分かる? 私らも、千景の写真が好きなんよ」
「私には才能はないかもしれない。でも、好きだからやる。そういう、単純な話よ。だからね、千景。あなたも軽い気持ちで考えたら?」
「そーそー。あと、私らの前で次、私なんか、とか言ったら殴るから」
「んぐ……ごめん……」
栞は千景の前髪を少しだけ上げて、自分の方を向かせた。何故か間に入っちゃった私は、急な仕草にドキドキしてしまった。
「自信を持ちなさい。ほら、前髪あげてイメチェンでもしてみたら?」
「お、可愛いじゃん。いいねいいね、千景はその方が元気っ子みたいで似合ってる」
「ほ、本当? でも、栞ちゃんが、言うなら……」
え、何でこいつ私の意見フルシカトなん? え、私そんなに人望ないの? 泣いちゃいそう。
でも……すごいな、栞は。
私はたぶん、キショい顔でニヤついた。
何年かかかるかもしれないって思った自信の無さを、ほんの少しでも取り戻したんだから。
さて、編集と思った私のスマホに着信アリ。相手は……和か。
「ほいほいどしたー」
『桜夏、やったよ』
「なに? 万引き?」
『違うよ馬鹿。さっき大会の予選に優勝した。私、出れるんだよ、絶拳乱舞!』
何も理解しないまま言葉の、意味が脳みそをすり抜けていった。
明るい声。嬉しそうな声。
ああ、和、今、満面の笑みなんだろうなってことだけは想像できた。
めちゃめちゃ遅れて、現実がようやく私の中に広がっていった。
『なんだよ、褒めて、くれないのか?』
「いや、ごめん! ちが、おめでとう! すっごいじゃん!」
『急にうっさいな。陰キャは人と話さないからボリュームが壊れてるんだよ』
「てめぇ!」
『まだ、こっからだよ。私、もう迷わないから。応援席、っていうか、次の大会、私の隣に座って。顔、出ちゃうけど』
初めてだったかもしれない。
いつも、大会日程だけを聞かされていた。だけど今日は、隣に座って。
不安からなのか、最高の舞台を一緒にってエモい理由なのか分からなかった。
だけど、ずっと前を歩いていた和の隣に立てたような気がして、私は嬉しかった。
「当たり前だろ、相棒」
『オーケー。後で場所を送っておくから、明日は頼んだよ』
電話を切った。天井を見上げて息を吐いていると、視線を感じた。
千景と栞が、何か言うことはないのか? と言った瞳で見ていた。
「あの馬鹿、明日、ずっと出たかった大きい大会に出るってさ。これで勝ったら、もしかするかも」
「すごいね! ここ最近、絶好調だったもんね」
「さすがに悩みが無くなると、あの子は強いわね。私も……頑張らないと。ごめん、ちょっと先に上がるわ。次の小説のプロット書きたいから」
「桜夏ちゃん、明日は私も撮りに行くね。ふたりの勇姿」
「かっこよく取ってやって。あいつが迷いを振り切った後の初大会、だから」
「もちろん!」
栞を見送った後、私たち二人は色々と準備のためいつもより早く学校を出た。
編集部の方はまあなんかあったら遠慮しなくて電話してって言ってるから大丈夫。この間みたいに部活の公式動画、みたいな大きな案件はないし、問題はない。
私は私で、かなり久しぶりにあいつの動画のことだけ考えて臨めるんだ……。
「楽しそうだね」
「え? そう、かもね。あいつたぶん、本気でやってる人と戦う時、委縮してたんだよね。自分みたいな半端者が、戦ってもいいのかなって」
「え、そんなこと……」
「わかるよ。私はあいつの動画編集者、だから。あいつの本気を、今度こそちゃんと隣で見れるのが、楽しみ」
「……桜夏ちゃん、きっしょいね」
「ええー笑顔で言う? それ」
マジで何も変わらない。そりゃ、1日で何か変わってれば世話ない、か。
「どうしたの? 桜夏ちゃん。溜息なんか吐いて。昨日は栞ちゃんと大学に行ったとか聞いたけど、何かあったの?」
「夢と現実の間で悩んでいる人たちを見ると、私らって結構気楽に悩めてるんだなって思ったかな」
「それは、良かったね?」
「まあそれはそれとして、これどうしようかな」
一枚の書類をファイルから取り出した。
「なに? 随分と景気の悪そうな顔をしているわね、桜夏」
見上げるとそこには栞がいた。
表情はいつもと変わらない。昨日は一人でさっさと帰ったから心配したけど、蒸し返すとまたうるさそうだから、やめる。
私は今の今まで見ていた紙を栞に渡した。
「……部費の計上。よかったじゃない、依頼料が振り込まれて」
「いやまあそれ、何に使うよって話でさ。これもらっちゃうと今まで適当にやってた仕事に責任が出るなって思ってさぁ」
「あなたらしいわね。そうだ、この間の進路、どうするの?」
「私はあの大学を目指すよ。大学入ったらまた、変わるかもしれないし」
「そう……千景、あなたそれ」
鞄の中の何かを千景は隠したが、残念、私の方が速い。
鞄の中に手を突っ込んで、隠そうとした物をひょいッと奪い取った。何だ? 冊子かな……。
「って、これ、私たちが昨日行った大学のパンフじゃん。千景、ここに行きたかったの?」
「ああいや、それはええと、そう! 見に行ったって言ったから興味! 興味で!」
「にしては付箋張ってるな……写真科? うそ、そんなのあったんだ」
「あったっていうか、再来年に出来る新学科。説明聞いてた?」
「いや、パンフ見ながら説明聞いてたのあんただけだって。千景、行きたいんだ、やっぱ」
「いや、違うくて……私なんか、無理だから」
まただ。
またこの、私になんて無理だって。そうやっていつも、千景は自分の中に閉じこもる。
自己肯定感が低すぎるせいなんだけど、こればっかりは、低くなったのと同じ時間、そんなことないって言い続けるしかないと思う。
だけど、私がそこまで長く一緒にいられるかは、分かんない、かな。
「私がプロを目指すきっかけになった本、知ってるわよね。あれ、主人公が凄く弱いのよ。だけど、皆に助けられながら敵を倒すっていう、王道系」
横に座って、栞は頬腕を突いて話し始めた。
少し親近感が持てるような柔らかな笑みを、本の話をする時に、よくする。
「とにかく弱くて、負けちゃいけない戦いにも負けてね。どうしようもないの。でも、負けるってことは絶対に戦ってるってこと。味方も、何なら敵もそれが分かって主人公の周りにはいつも人がいた。俺つえーが流行る中で主人公が一人じゃ何も出来ないけどみんなのために頑張って、皆が手を貸す。それがカッコ良くてね。私、一人だったから境遇も相まって強烈に憧れた」
自虐っぽい話を栞がするとなんだか笑えて来る。
栞はなぜか一番自信のあるはずの本に自信がなくて、それ以外は自信いっぱいで話す。
見ているこっちも、悩んでいたって仕方がない。前を向こうって思えるくらいに。
「私もこうなりたいしこんな話を書きたいって思った。いつかもしかしたら諦めなきゃいけないかもしれない、なんだけど」
「そんなことない! 栞ちゃんの本、面白いよ!」
「ふふん、千景、あんたはそれと同じことを私らにしとるの、分かる? 私らも、千景の写真が好きなんよ」
「私には才能はないかもしれない。でも、好きだからやる。そういう、単純な話よ。だからね、千景。あなたも軽い気持ちで考えたら?」
「そーそー。あと、私らの前で次、私なんか、とか言ったら殴るから」
「んぐ……ごめん……」
栞は千景の前髪を少しだけ上げて、自分の方を向かせた。何故か間に入っちゃった私は、急な仕草にドキドキしてしまった。
「自信を持ちなさい。ほら、前髪あげてイメチェンでもしてみたら?」
「お、可愛いじゃん。いいねいいね、千景はその方が元気っ子みたいで似合ってる」
「ほ、本当? でも、栞ちゃんが、言うなら……」
え、何でこいつ私の意見フルシカトなん? え、私そんなに人望ないの? 泣いちゃいそう。
でも……すごいな、栞は。
私はたぶん、キショい顔でニヤついた。
何年かかかるかもしれないって思った自信の無さを、ほんの少しでも取り戻したんだから。
さて、編集と思った私のスマホに着信アリ。相手は……和か。
「ほいほいどしたー」
『桜夏、やったよ』
「なに? 万引き?」
『違うよ馬鹿。さっき大会の予選に優勝した。私、出れるんだよ、絶拳乱舞!』
何も理解しないまま言葉の、意味が脳みそをすり抜けていった。
明るい声。嬉しそうな声。
ああ、和、今、満面の笑みなんだろうなってことだけは想像できた。
めちゃめちゃ遅れて、現実がようやく私の中に広がっていった。
『なんだよ、褒めて、くれないのか?』
「いや、ごめん! ちが、おめでとう! すっごいじゃん!」
『急にうっさいな。陰キャは人と話さないからボリュームが壊れてるんだよ』
「てめぇ!」
『まだ、こっからだよ。私、もう迷わないから。応援席、っていうか、次の大会、私の隣に座って。顔、出ちゃうけど』
初めてだったかもしれない。
いつも、大会日程だけを聞かされていた。だけど今日は、隣に座って。
不安からなのか、最高の舞台を一緒にってエモい理由なのか分からなかった。
だけど、ずっと前を歩いていた和の隣に立てたような気がして、私は嬉しかった。
「当たり前だろ、相棒」
『オーケー。後で場所を送っておくから、明日は頼んだよ』
電話を切った。天井を見上げて息を吐いていると、視線を感じた。
千景と栞が、何か言うことはないのか? と言った瞳で見ていた。
「あの馬鹿、明日、ずっと出たかった大きい大会に出るってさ。これで勝ったら、もしかするかも」
「すごいね! ここ最近、絶好調だったもんね」
「さすがに悩みが無くなると、あの子は強いわね。私も……頑張らないと。ごめん、ちょっと先に上がるわ。次の小説のプロット書きたいから」
「桜夏ちゃん、明日は私も撮りに行くね。ふたりの勇姿」
「かっこよく取ってやって。あいつが迷いを振り切った後の初大会、だから」
「もちろん!」
栞を見送った後、私たち二人は色々と準備のためいつもより早く学校を出た。
編集部の方はまあなんかあったら遠慮しなくて電話してって言ってるから大丈夫。この間みたいに部活の公式動画、みたいな大きな案件はないし、問題はない。
私は私で、かなり久しぶりにあいつの動画のことだけ考えて臨めるんだ……。
「楽しそうだね」
「え? そう、かもね。あいつたぶん、本気でやってる人と戦う時、委縮してたんだよね。自分みたいな半端者が、戦ってもいいのかなって」
「え、そんなこと……」
「わかるよ。私はあいつの動画編集者、だから。あいつの本気を、今度こそちゃんと隣で見れるのが、楽しみ」
「……桜夏ちゃん、きっしょいね」
「ええー笑顔で言う? それ」
