夢はきっと全部青春でできている

「やっべえ遅刻した!? え、ぜんっぜん起きれなかったんだけどさぁ!」
「やめて、同じ制服ではずかしい」

 ギリギリ遅刻をかました私をわざわざ待ってくれていた栞様は溜息を吐いて項垂れていた。
 友に最大の感謝を送りながら、とりあえず、予定を確認する。
 ええと、ああよかった。最初は校内を案内してもらう感じだ。授業だったらもう終わりでした。
 まあ遅刻してる時点で大分終わっちゃいる。大丈夫かな、私は社会に出ていけるのかな。

「あ、もしかして、オープンキャンパスの学生さんですか?」

 上からお姉さんが降りてきてにっこり微笑んだ。うっわ、眩し。何? 大学生ってもう、学生っていうか大人じゃん。
 うわあ、ピアスもそうだしこの服高そうだなぁ。お化粧もしてるのかな、めっちゃ綺麗。

「そうです。本日はよろしくお願いいたします。ほら、桜夏。あなたが発起人でしょう?」
「ああそうだ。初めまして、日真桜夏です! こっちは同級生の氷見栞です。今日はよろしくお願いしまっす」
「日真さんに、氷見さん。はい、オッケーです。じゃあ、案内するね。全然緊張とかせず楽しんでくれればいいから」

 お姉さんの優しさに甘えて、校内を見て回ることに。
 敷地内には全十二棟建物があり、内三つが去年出来たばかり。
 再来年にはもう幾つか学科が出来るから建物も増える予定だと言う。
 キャンパス内にはキラキラした学生さんがいたり、私と同じ陰キャのにおいがする人がいたりと様々だった。
 高校とは違って集団行動を強制されず、自由に生きている感じがする。
 学食も三つあって、有名なパスタ屋さんが入っていたり、もう今すぐ入学したって良いと思った。
 授業は簡単な物を選んでくれたということで、倫理哲学の授業だった。
 がん治療についての話だったけど、正直私にとっては難しい話だった。
 真剣に聞いている人もいれば寝ている人、スマホを見ている人。最初に来てピッてカードかざしてどっかへ行く人。
 これが、きっと自己責任の世界なんだなぁ。

「ってな感じで、一応私からの案内は以上になります。でも今日は暇だから、行きたいところあったら案内させてもらうね。ああ、まずお昼の方がいっか。ちょっと早いけど、2限終わったら激混みするから」

 ということで、学食に案内されて私はカツカレー。栞はラーメンを注文した。
 お姉さんはコーヒーを片手にスマホをチコチコ触ってどこかと連絡とっているみたいだった。

「あ、そう言えば、今、何年生なんですか?」
「あたし? 四回生だから、もう卒業しちゃうんだよねぇ。就職も決まって単位も取れました。いえい」
「すごいなぁ。何系に就職するんですか?」
「大手企業の一般事務って感じ。いやぁ、だから二人が眩しくて仕方がないよ」
「え?」
「私の高校と、大学の四年はもう終わっちゃった。来年から社会人で生きていきなさいって放り投げられてね。楽しみな反面、ちょっと怖い。たまに思うんだよね、あれ、大学生活これでよかったのかなぁって」

 私と栞は互いに顔を見合わせた。
 私たちも今、たぶんだけど似たような状況なんだと思う。
 絶対に終わりに向かっているはずなのに、その実感がない不思議な時間。

「まあ、私は別にやりたいことなかったし、今も無いからまたこの先で見つけようかなって」
「……私は、小説家になりたいっていう夢があります。だからそのために頑張っているはずなのに、最近は、これが本当にやりたい事か、迷うことがあるんです」
「栞……」
「良いと思うよ、それで。これやりたい、あれやりたいって夢や目標決め打ちして進めるほど、たぶん人って余裕ないんだよね。迷ったらいい。迷え少女たち、そのうちお酒が飲めるようになって全部解決してくれたりするから」
「根本解決になってませんけど……」
「手厳しい子だね。でも、素敵だと思うよ。やりたいことで迷うのと、何がやりたいかで迷うのって似てるようで全然違うから。これは、お姉さんから、まだ若い君たちへのアドバイス。答えなんて見つかんないことの方が多いから、好きに迷いなさい」
「分かりました」
「さて、食べたら次は、日真さんが映像制作か。おっけ、これも私が案内するよ。何かの縁だしね」

 案内されたのは授業中のパソコン室。今は概ね課題制作の終盤を迎えて皆暇だと言うことだった。
 意外と、パソコン室自体はたぶん私たちの高校の方が性能が良さそうだし、数もウチが多い。
 お姉さんが数人の男女に何かお願いをした後、私たちを手で招いた。

「こちらが未来の編集者の日真さん」
「あ、は、初めまして!」
「初めまして。高校生でもう動画編集やってるんだって? どこかに出てないの?」
「あ、これです」
「おー、え、バンドもしてんの!?」
「ガチじゃん。俺、軽音サークルに友達いるんだけど、このギター高いよ絶対」
「はいはい。女子高生に興奮しない。ええと、彼は、どこだっけ、映像制作会社にインターン、彼女は編集チームにいて、アニメーションを学んでゆくゆくは独立を目指してる。ええと、彼はそもそも独立だっけ? 何でも聞いて」

 何でもってそんな無茶な。
 皆が私の動画を見てああでもないこうでもないって言ってるし、ていうか何? 何か途中独立とかインターンとか言ってた? 無理無理、吐きそう聞けないよそんなの。

「皆さんは、何故専門学校ではなく、大学で映像制作を学んでいるのですか?」

 言葉を発せない私の代わりに、栞が質問してくれた。確かに気になると言うか、進路としては最初に考える選択肢、だよね。

「あー、まあすぐ働くと言うよりか、大学で学びながら自分で進路を選んでみたかったから、かな」
「あとは専門の人に、こっちはいつでも来れるから、まず大学を卒業してもいいかもしれないって言われたかな、私は。声優さんとかはそれこそ何歳まで、とかあるから別だろうけどね」
「俺は、まず専門に行って夢を叶えられるか不安だったから、とりあえず大学に行った。ぶっちゃけ今もこれを仕事にするって実感ないけどな」
「え? だって、皆さんもう……ご卒業、されるんですよね?」
「ふふ。日真さん、私たち、もうすぐ社会人だけど、全然不安で迷ってる。意外とそんなものよ」

 全員が確かに、そらそうだって笑った。
 そっか……まだ、悩んでていいんだ。
 でもそれはたぶん、時間的余裕がある人で、そういう道を選ぶことが出来る人、の話だよね。
 横の栞を見ると、顔は全く笑ってない。むしろ、自分にこの話は関係ないっていうような、どこか壁があるような、そんな顔だ。

「ていうか、日真さんはプロを目指すの?」
「え!? いや自分なんか、ガチでまだまだでそんな目指すとか、お金もらうとかの技術はなくて!」
「いや、音楽の方。これ、たぶんすごいよな」
「だねぇ。サークルの子たちに聞いてみてるんだけど、皆ギターのレベル高いって言ってるよ」
「いや、え、いや、ええっと……」
「はいはい、みんな忙しいでしょ? ごめんね、急に見学に来ちゃって。日真さん、氷見さん、質問とかは他にある?」
「あ、えっと……編集って、お金になるん、ですか?」
「会社入るかチーム入るかで変わってくるけど、たぶん最終的には作り手よりも、ディレクション業務になっていく、のかな」
「だね。会社に入る以外の自営だと、単価が低いことが多いから、私みたいにアニメーションを仕事にするか……」
「俺みたいにディレクションだな。後は講師っていうポジションもあるから、道がいっぱいあって、しかも運も大きい。最終的には自分の頑張りだろうけど」
「まあでも、日真さんの場合は音楽系MVが強いからそっちで食べていけそうだけど」
「そうか? 俺はゲーム実況動画がかなり良いと思ったぞ。学生で毎日投稿をこのクオリティはマジで根性あるし。ちょいちょい直したいとこあるけど」

 あれ、何かめちゃめちゃ褒められてない?
 うっわ、来てよかった。これだけで自己肯定感が上がる気がする。もう上がってる。
 次の授業が始まるということで、私と栞はちょっとだけ授業内容を見た。意外と制作についてはもう終わっていて、どうやってマネタイズするかっていうビジネスの話しと、制作を見せてもらった。
 すごいな。同じソフト使ってるはずなのに出来上がりも制作風景も全然違う。しかもチームビルディングとか言って、分担作業や案件の割り振り、アサイン、その辺も実戦的に行っていた。
 何度も繰り返して起こしてしまうミスを解決するためとか、起こさないためにどうするか、とか。
 実際細かいミスを重ねる人は信頼を失って仕事が来ない世界だから。
 すごいしか言えない。これが、プロの世界なのか。

「はい、ということで、現場からは以上です、と言いたいところだけど、氷見さん。もう少し付き合ってもらえる?」

 お姉さんは振り返って両手をパンと叩いた。
 所作が一々かわいい人だなって思った。

「私、ですか?」
「ああ、もちろん日真さんも。ええとね、こっちこっち」

 案内されたのは、図書館内に併設されたカフェだ。授業が始まっている兼ね合いか、人の数はまばらだった。逆に何だったらないんだよ、大学キャンパスって。
 カフェに入ってすぐ、めちゃめちゃ綺麗な人が目についた。眼鏡をかけて、文庫本を読んでいたけど、私たちを見つけると微笑んで手を振った。

「ごめんね、急に呼び出して」
「ううん。私にできることがあるか分からないけれど……ええと……あなたが、氷見さん?」
「そうですけど……」
「ごめんね、急に。彼女は、恋愛系のラノベを書いてる私の同期生だよ」
「え、それって……」
「プロの小説家、だよ」
「ちょっと、あんまり言わないで。まだ駆け出しもいいところだよ」

 私は栞の背中を叩いて座らせ、私とお姉さんは一個隣の席に座った。ここからは別に、私は必要ないから。
 うっわ、チョコパフェめっちゃ美味しそう。頼んじゃおう。

「あの、私……小説家になりたくて、ずっと、書いてるんです。だけど、異世界とか、チートとか苦手で」
「あ、わかるわかる。私も異世界物に飽きちゃってさ。高校三年から? 今までずっと書いて、やっと去年、一冊目を出したんだよね」
「……私、プロになる自信がないんです」
「私もないよ。今も全部嘘じゃないのかって思ってる。でも、実際に刷られて、本屋さんに置いてあるのを見てようやく実感した」
「私も、そうなりたいです」
「どうしても、小説家なの? ライトノベル作家とか、文芸本とか、恋愛小説家とか、どれがいいとか、ある?」
「ライトノベル、です。私が……救われたから。楽しいなって唯一、思えた。興味を覚えた物だった。私、勉強できたので簡単に私も書けると思ったんです。でも、人の気持ちがわからなくて……私より文章力が低いのに本が出てる人を見ると、嫌なのにイライラしたりして」
「ふふ、あるよね、そういうの。私も、仲良しでやってた子が先にデビューしてさ。酷いよね、ずっと一緒とか言ってた癖に、作家は作家のコミュニティがあるらしくてさ。もうパタッと断絶」
「私も、ライバル、みたいな人がいて。先に行っちゃって……でも、悔しくて、私の方から……」
「うんうん。創作ってどうしても自分の世界を見てくれよ、って叫ぶ声が大きい方が勝つから。その我の強さは大切だと思うな。でもね、小説家になった後、何を書きたいかを考えてほしいかな」

 小説家のお姉さんはコーヒーカップを口に持って行って一度会話を切った。
 栞はゆっくりと、でも、はっきり瞳を揺らして困惑したような表情をした。

「なんでそんなこと言うんですか……私は、時間がなくって……早く結果を出したいんです」
「色んな理由があると思う。だから漫然と、成功がこれって決めちゃうとそれ以外が全部辛くなっちゃう。でもね、デビューした後、どういう作家になりたいかとか、あなたが書く道を志したきっかけを、忘れなかったら大丈夫」
「……分からないんです。最近、バンドを組んで、すごく楽しいんです。小説書いてる時よりも……でも、夢なのは嘘ではなくて…………すみません、ありがとうございました」

 栞は急に立ち上がる。私はさっきから全然パフェが減ってないことを思い出して、慌てて口に放り込んだ。
 ただ、小説家のお姉さんは、栞の腕を掴んだ。

「言葉にしなくていいよ。その気持ちをちゃんと大切にしてあげて。やりたいことがいっぱいあることは、悪い事じゃないから」
「……ありがとう、ございます。桜夏、先帰ってる。ゆっくり食べて」
「あ、ちょ……!」

 立ち上がろうとする私の腕を、お姉さんが引いて留めた。

「まあ、一人が良い時ってあるじゃない?」
「いや、そうかもしれないっすけど……」
「ごめん、余計な事言っちゃった、みたいだね、私」
「そんなことないよ。きっと伝わってるよ。ね、日真さん」

 ね、と聞かれてわかる程、たぶん私は栞のことをよく知らないのかもしれない。
 パフェを口に運びながら、窓の外に見える木々に目を向けた。

「あいつ……焦ってて。家庭の事情で進路とか全部決まってるから、最後のチャンス、みたいです」
「しょうがないよね。公募の期間が2か月、発表に3か月位で合計半年はかかるのよね。だから複数のタイトルに応募するのは当たり前。そのうち投稿サイトで人気が出て拾われることもあるかも。後は彼女が苦しんでたみたいに、流行りものを書く、とか。まあそれでも、圧倒的多数は落ちるのが現実」
「そうなんだ。大変な世界なんだね」
「うん。それに、もし見つけられなかったら、相手の顔も反応も分からない、一生の虚無の中に閉じ込められて、明かりや出口を自分で探すのが一番、苦しかったりする」
「……クソみたいっすよね、夢とか現実とか。やりたいこと見つけるのに苦労して、形にするのにもっと苦労するとか」
「たはー。日真さんはもう少し早く後輩だったら一緒にお酒飲みに行きたいね」
「恐縮っす」