夢はきっと全部青春でできている

「終わらせた」
「いや……目、真っ赤……大丈夫……じゃないよね」

 登校した瞬間、心配してわざわざ玄関で待ってくれた千景に開口一番作業の完了を告げると余計に不安そうな表情をした。まあ実際寝てないから何とも言えない。もう、今自分の肌を触りたくない。

「和って登校してるの?」
「それが、写真部に同じクラスの子がいたから聞いたけど、本当に風邪で休んでるみたいで」
「ガチか。あいつの家、知らないんだよなぁ」

 千景とは教室が違うけど、職員室に用事があったからそのままついて来てもらった。
 用事とは言っても、動画編集部の作業量をとりあえず減らしてもらうための交渉だから胃が痛い。

「先生」
「うっわ」
「あの、女子高生にその反応はないでしょ」
「すまんすまん。編集部の件なら、この間の甲子園のMVも無事に先生方やウチの経営元がいたく気に入って、来年には本格的に作ると言う話になった」
「それはいいんすけど、私部活休みますね。友達が風邪なんでお見舞いに行きたくて」
「それは構わんぞ。最近ずっと作業詰めだったからな。オフの日を決めるのと、パソコンのメンテナンスもやっておくから。あと、報酬は部費という形で一度計上して、その後渡す」
「いやまあどうでもいいんすけど」
「どうでもよくはないだろう。日真さんは今、お金を稼ぐと言う素晴らしいことをしているんだから」
「金より今、友達が心配なんすよ。先生、ちょっと機嫌悪いんでこんな態度で申し訳ないんすけど、助けるつもりで和、安心院和のおうち教えてくれませんかね」
「今の時代個人情報の扱いがきつくてな。連絡網も消える世の中だぞ?」
「いやまあ、そうなんすけど……」
「まあ、甘いものでも食べてゆっくり休め。これ、ケーキ屋のクーポン券だ。美味しいぞ。友達も誘って、女子会? でもやってこい」
「あざす」

 ケーキ屋のクーポン券なんかもらっても、ウチら女子会なんかしないしな。
 思えば、楽器を買いに行ったりっていう明確な目的以外、皆部活とか夢のためにガチすぎて遊んだりしてこなかったな。
 勉強も栞の実家だったし……アレ、そう言えば和って……ケーキ好きとか言ってたっけ……?
 職員室を出て扉を閉めた私の頭に、何故か突拍子もない発想が浮かんだ。
 こんなこと思うような頭じゃなかったし、少し前までの私ならきっと、思っても動かなかった。
 だけど今は、違う。

「千景」
「うん? 何?」
「馬鹿なこと言ったらあんた、私を信じる?」
「……うん、信じるよ」
「おっけ。ええっと、栞の教室ってあっちだっけ。ギリ始業前に間に合いたい」

 特別進学クラスは新校舎側に増設される形で作られていて、しかも私たちが2年に上がったタイミングで竣工したせいでめちゃめちゃ迷う。何であいつは頭がいいんだ本当に。
 千景に案内されてようやくたどり着いた教室は、特進クラスの中でも上位の1組。本当に頭いいんだなぁ、ってちょっと感心すらする。
 扉をガラッと開けるけど、別に多くの視線を独り占めってことはなかった。
 勉強や談笑はもちろん、漫画を読んだりスマホで音楽を聞いたりする生徒がいる中、栞は音楽を聴きながらベースの指ならしとストレッチをしていた。
 すぐに机に寄って思い切りぶっ叩いた。

「つ……何? あなた、クラス……というか校舎別でしょう? 大体――」
「うるせえ口だな。黙らせるぞ」
「はあ? ちょ……離して、何!」

 教室の外に無理やり出して、私はケーキ屋のクーポンを栞に渡した。

「朝飯行くよ」
「はあ!? いや、もうすぐ授業始まるし、お店絶対まだ開いてないでしょ」
「はい。黙って来なって。どうせ授業多少出なくても栞なら大丈夫だから」

 まだガタガタ何か言っていたが、全部無視して栞と千景を伴って電車に乗った。
 スマホの時間を確認するともう授業は始まっていて、私たち三人は仲良く授業サボりが成立した。
 学校の授業は大切だ。貴重な睡眠時間だから。だけどまあ、たまにはこういう日があったっていい。
 電車から降りると、栞は一本学校に連絡を入れると言い、聞いたこともない優しげな声で電話をかけていた。
 持つべきものは優秀な友達だな。

「ええと、桜夏ちゃん、こっちだよ」
「え、こんな分かりにくい地図でよく分かるね」
「うん。旅慣れてるから」

 ああ、持つべきものは以下略。
 三人で歩いて向かった先は朝の商店街。ギリギリピークを過ぎたからか、朝のスカッとした時間と人混みが完全に分断されてやや静かな雰囲気は爽やかですらあった。
 商店街を抜けて住宅街に突入したところで、家屋の一角がケーキ屋さんになっている今風のオシャレな看板が見えた。Harmonieが、店名か。

「ハル……」
「ハーモニー。ドイツ語ね。まあ調和とか、あなたが音楽で使うハーモニーって意味よ」
「ああ、なるほど。良い名前じゃんねぇ」
「開店、10時みたいだよ、桜夏ちゃん」
「そろそろ説明してくれないかしら。普通に体調不良にしたからどのみち学校行けないわけだし」

 二人に詰め寄られて何から話すべきか迷った私の背中の先にある扉がガチャッと開いた。

「ごめんなさい、まだ開店前で……あら、その制服……もしかして、和のお友達?」

 出てきた女性は、あまりに……和にそっくりで、めちゃめちゃ綺麗な人だった。
 ああ、将来和が成長するとこうなるのか、と思わず想像を巡らせてしまうくらいに、似ている。
 やっぱり私の予感は的中していた。

「あ、はい。私、和ちゃんの友達の――」
「ああ待って、当てるから……あなたが桜夏ちゃんで、栞ちゃん、千景ちゃん?」
「そうです。合ってます! すごいね桜夏ちゃん」
「あの、もしかして、和さんのお母さん、ですか?」

 栞の問いに、和ママはにこっと微笑んで頷いた。
 あの狸教師……あんなまどろっこしい方法で教えるくらいなら普通に言えや。
 もし間違っていたら、私らは普通に開店前にケーキ並んで買おうとする女子高生だったぞ。
 そう、ここはたぶん和の実家だ。
 この間、栞の家で勉強した時にケーキ屋がどうとか言っていたのを思い出した。

「で? その大博打に勝ったのは良いけど……どうするの? ここまで来たなら」
「お母さん、和に、会うことってできますか?」
「ああ、うん。休ましたけど、熱は下がってるから。話すこと位出来るんじゃないかな。せっかく来たんだから入ってってよ」

 と、どこか和味を感じる話し方のお母さんに案内されて、お店の真上にあるリビングを抜け、さらに上の和の部屋の前に来た。
 いつから使っているのか分からない、少し日焼けした「なごみ」というプレートが部屋の扉には掛けられていた。

「和、お友達が来てくれたわよ。例のバンドメンバーの」
「え? 私、風邪ひいてるんだけど」

 ちょっとだけ元気がないし、どこか声も掠れている和の声が部屋の中から聞こえた。
 良かった。まだ、私の世界から、和は消えてなかった。

「せっかく学校サボってきてくれたんだから挨拶くらいしたらどうなの?」
「お母さん、大丈夫です。ここから一方的に話すんで」
「そう? じゃあ、お茶用意してくるわね。和! ちゃんとお話し、しなさいよ」

 お母さんに会釈をして、私は扉の前で一つ、息を吸った。