夢はきっと全部青春でできている

 二人にディレクションを手伝ってもらいながら、私は夏の陣のアーカイブを見始めた。
 ゲーム画面と、外から撮った映像。序盤は順調に攻め続けていて、得意を押し付けている。
 感情的ではなく冷静でクレバー。読み合いに勝ち、順調に勝ち星を上げていく。
 HPが削れない。試合が始まって12秒ほど、相手の攻撃を完璧にいなして防ぎ切った。リズムを取らせず、圧倒していく強さ。
 嘘でしょ、これで優勝どころか準優勝も出来ないって……プロの世界ってなんなのさ。
 とは言え、もう序盤でかなりの撮れ高だ。サムネも大体頭に浮かんだ。
 私のゲーム実況というか、動画はちょっと特殊で、プレイしている会場の雰囲気が分かるように作ってある。オフライン大会に出まくってるから今更配慮しないで良いとは思うけど、顔は映らないようにしながら空気感と臨場感を伝えられればなって感じで。
 うん、上々だね。東証二部上場、一部まで狙えそう。

「一ノ瀬先輩、ここって――」
「それはね、ここをこうやって、こう。大丈夫、覚えるまで何回でも聞いてね。私は大丈夫だから」
「ショートカットは自分で使いやすそうに。ワークスペースも整理した方が良いわね」
「あ、氷見先輩、このファイルってこうしたら見やすくなると思うんですけど」
「……いや、これは、こういう意図があるから。桜夏……日真さんは効率という点ではかなり優秀だからそのままでやってみて? でも、そういう意見は大事だから何かあれば教えてね」

 めっちゃ横から優秀なディレクター二人に後輩が羨望の眼差しを送っている様子が伺える。
 あれ? 私っていらないんじゃね? いや待って、そもそも今日まで私が教えたからそういう高度な質問が出ている訳で、マジでコピペとかセーブのショートカットから教えた子もいたからな!
 いけない。こっちに集中しなきゃ。
 ええと……準決勝の相手は、プロか。さすがにでかい大会なだけあって有名チームだ。この間戦った同級生とは別で今度は三十代。奥さんと子供もいる、いわゆるパパゲーマーだ 。格ゲー界隈は割と既婚者が多い。
 FPSと違って、ゲーマー寿命が長いし、何より経験がものを言う世界だったから。
 相手は前回、絶拳乱舞参加……あれ? 今回は呼ばれてないんだ。
 じゃあ、勝たないといけないって感じか。
 例えプロ相手でも今日の調子なら負けたとしても、いい勝負になるはず。

「え?」

 思わず声が出た。内容はBO3で、結果は、0-2で負け。しかも試合内容は最悪。
 いいところが全くない。
 いくらキャラ対策されてようと、相性が悪かろうと、和はそこまでぼっこぼこにはされない。
 しかも散々フレーム差がどうとか言ってたくせに、何も届いてない。
 この間の大会も、負けたからって会場は冷え冷えどころか大盛り上がりだった。
 和のプレイは、魅せるものが確かにあるはずなのに。
 しかもなんじゃこいつ……全然、笑ってない。楽しそうじゃないじゃない。
 ゲーム中も、ゲームが終わった後も、自信とかもうそんな段階じゃない、感情が消えてる。
 嘘じゃろおい……まともに会ってないのだって、1か月位で……は?
 何をやっとるんじゃ、和。お前は、どんな時でも笑って、レバーレスガチャガチャやっとったっていうのに、これは、なんじゃ……!

「栞! 千景!」
「……皆、ごめんなさい。分からないことは後で聞くから、ちょっと待っててね?」
「表出ましょ、言いたいことはわかってる」

 表に出てすぐ、私は二人に問うた。聞き方が悪いのは、もう許してほしい。

「なんじゃこれは。あいつ、全然笑っとらん。いつからじゃ!」
「ええと、私たちも気づいたの、この撮影の時で……バンドの練習の時は。そんなことなかったんだけど」
「何かあったのは間違いないけど、桜夏がいるから大丈夫だと思ってた。でも、あなたたちが全然会ってないって知ったのはこの試合の時なのよ」
「だったら早く言ってよ! いや違う、ごめん、私のせいだ……とにかく、何か悩んでるのは間違いないってこれ、ヤバいっしょ」
「だから手伝おうって思って……」
「いやまどろっこしいな、こんなの見れば一撃で――」
「でも見てなかった。それにあなた、あの子たちを放り出せないでしょ」
「いや、そうだけど……ああもう! クッソ、速く編集終わらせよう。こっちは大体構成出来上がったから、まあ今日と夜、ほんで明日、位には終わる。その後はあいつに会いに行くよ」

 何でこうなったのか全く分かんない。
 え、大人ってみんなこんな大変な感じで社会回して、お金稼いで。
 私のパパとママは結婚して私を育てたの? もう感謝しか湧いてこない。
 和……ウチらって、そんな何も話せないような仲じゃったか? ちょっと悲しい。
 感情がグチャグチャだ。今すぐ吐き出してしまいたいけど、ここは人が多すぎる。学校って、言いたいこと言うには狭すぎる癖に、人が多すぎると思うんだよなぁ。
 そこからは可能な限り手を動かして編集し続けた。早く動画を完成させて、あいつに見せなくちゃいけない。
 私が見たかったものと見たくなかった物。
 言葉じゃ伝え辛いっていうか、よう知らん。だから私は音楽に頼って、今は編集に頼ってる。

「桜夏。これの伝え方なんだけど――」
「可能な限り丁寧にやってあげて。別に時間かけていい。チームだから。絶対、自分がやった方が速いとか思わないで多少長くなっても返してあげて」
「了解。頑張ってみる」
「後で奢る」
「桜夏ちゃん、マニュアルの外注って箇所なんだけど」
「消せそんなもん。私は外注って言葉が嫌い。チームってことを意識させて。誰かに投げるんじゃなくて、一緒に作るって意識を持ってほしいから、外注なんて言葉使わすな。あと将来全部自分らで回せた方が良いから、サムネとか……そうだサムネ教えてあげてよ」
「う、うん。頑張る」
「後でキスしてやるよ」
「やー、うん。初めてだから、まあ、わかった」
「ちょっと!?」
「桜夏。集中しなさい」

 皆のお陰で、作業が捗る。この間までの忙しさが嘘みたいだった。
 まったく音楽活動は出来てないし、メンバーには手伝わせちゃって。挙句の果てに、一番近くにいたはずの和が何かに悩んでるのも分かんなくて。
 私は最悪なリーダーだ。だけど、皆、最悪な人間の元に集まっちゃったんだからもう、仕方ないと思ってくれ。
 皆の運が悪かった。それだけです!
 完全に開き直った私のスマホがまた珍しい着信音を鳴らした。
 名前を見て、急いで出た。

「もしもし? 和?」

 電話の相手は、少し息が荒いようで、微かな吐息だけが聞こえて何も話さない。
 私は話しを続けようか、待とうか、悩んだ。久しぶりの会話で何にも喋られなかったって言う方が正しいのかもしれない。
 迷う私が何も言えなかったからか、和が先に、口を開いた。

『ごめん、桜夏。風邪ひいて、連絡遅れたんだけどさ……』
「いや、私こそごめん。今ね、あんたの動画――」
『もう、私の動画作んなくていいよ。プロも、応援しないで良い。私は、好きにするからさ』
「…………は?」

 電話は切れた。
 言いたい事だけ言って電話を切られて、私は軽いショック状態だった。
 茫然と、何を言われたのかは頭の中で理解できていたのに、心が一切を拒絶していた。
 分かりたくなかった。意味を知りたくなかった。だってそれって……私はもう、何すれば、良いん?
 手からこぼれたスマホはそのまま床に――落ちなかった。
 千景が拾って、栞が、私の背中を叩いた。

「しっかりしなさい。何があったか、ちゃんと言って」
「桜夏ちゃん。私たちも力になれるから」
「……あいつ、風邪ひいてて、それで、もう、動画撮らないで良いって。プロの応援しないで良いって、苦しそうで、風邪、いやで、も、私じゃあ、これから……」
「落ち着きなさい。とにかくそれを終わらせて、一緒に会いに行くわよ。馬鹿は風邪ひかないっていうの、嘘だったみたいだし」
「まあ、さすがに今回は大馬鹿な気がするけど……」
「最後まで、やり遂げてから、あの馬鹿に何か言ってやりましょう」
「わかった」

 それから、抜くところは抜いてしっかりと動画を作った。作れるわけないと思ったけど、逆に何か作業している時は忘れられる。
 自室なら徹夜で作業する分にはよかった。どうせ寝ることが出来なかったし……泣いたところで、誰も見ちゃいないから。
 ああ、電話かチャットしようかなと思ったけど、風邪で辛そうだったし、和があんな切り方をしたんだからよほどのことだと思うし。
 いやもう、今は良い。目の前の作業に集中しないと、ダメだと思うから。