夢はきっと全部青春でできている

「だっる。マジ新学期だっる」

 視聴覚室でようやく訪れた放課後を謳歌する余裕が、私にはまったくなかった。
 ちょっともうね、身体の節々が限界だって私に叫んでるんだよね。
 私じゃなくて仕事量に言ってよー。
 この間のVS音楽部の動画がかなり評価されたらしいのと、今回写真部を手伝った経緯から、甲子園のフィルムショー? 風動画を作ることになった。正式な依頼だ。
 ていうか普通にこの間の私たちFRAME初ライブがちょっとバズって、私たちのよく考えたら奇妙な部活がローカル紙の取材を受けた、らしい。
 学校は人の夢を応援することには敏感で、これをチャンスだと見越して「動画編集部」なる物の創設を検討したとかって話を事後報告で聞かされた。
 なんだその部は。何をする部だよ一体。
 でね、別にそんなのはいいんですよ。動画編集楽しそうとか、この機にやってみようかな、とか。
 別にいいんすわ。だけどね、なんで私――

「日真先輩、これってどうやるんでしたっけ」
「日真先輩、このディレクションのプロジェクトファイルがデータと合わないって」
「ああ、はいはい。えっとね、これは、あーもうこうなったときは、コントロールZで戻して、ほい。で? ファイル? ああそれはね、ファイルの素材が移動しちゃうとこいつが馬鹿だから見つけられないって言ってるだけだから、正しいのを紐づけてあげて。メディアリンク」
「ありがとうございます!」

 なんで私、その部の責任者やってんの? え、もうマジで自分のこと何も手が回らないんですが。
 大体なに? 私って後輩いるの? いやまあ2年だから後輩いるよなそりゃ。ほんで? なんで作るかもしれないよーの部にもう十人以上集まってんの? 私がLM部の四人を集めるのにめちゃめちゃ時間かかったのに。

「日真さん、今、暇か?」
「先生、私ガチでその弄り嫌いなんですけど」
「え? ああ、偶然だ偶然」

 今回の件に一枚噛んでいるらしい我らがLM部顧問にして新設される動画編集部の顧問予定の先生は咳ばらいをひとつすると私に向き直った。

「どうかな、調子は」
「教えられる程の腕がないんで外部で講師雇ったらどうですか?」
「あくまでこの部活動は、学生が出来る範囲、学生が調べられる範囲で作れるものを作る、というのを目標としているからな。その点で言えば、君はもう十分お金を稼げるレベルだ」
 
 ガチで、ピンと来ない話だった。
 お金を稼ぐ気なんてないし、今がただ、ちょっと注目されているだけで、仕事に出来るとは到底思えなかった。
 だから私としては正直、余計な仕事を増やされたってだけなんだけど、それを曲がりなりにも後輩に言うわけにもいかないから真面目に教えている。
 それに、皆目をキラキラさせて私に聞いてくるんだもん。もう圧倒されて逃げられない。
 皆動画が好きで、動画投稿サイトはもちろん、SNS用のショート動画とか作りたいらしい。
 いやいいよ。それが健全だよ。趣味の延長。自分がやりたいことのために技術を学んだらいいよ。

「将来的に作るのどうかな? っていう相談は受けたっすけど、なんで私は今こんなに忙しいんですか?」
「良いんじゃないっすか? って言ってたから、部長に推挙しておいた。とりあえず1年生から集めたのは、今後彼らが教える側に回るために今の内という考えがあるらしい」
「いやまあそれはわかるんすけど、私、編集とLM部があるんです」
「このパソコン室は元々発達していくAIへの知見を深めるために作られた。今までお世話になったんだから、少しは返してくれ」

 大人は卑怯だ。こっちが、一切言い訳出来ない正論をぶつけて来る。
 しかしただでさえ編集と楽器があって授業は全て睡眠に当ててるんだ、これ以上、ディレクションなんてやってたら……無理だな。
 そんな日々がずっと続き、次第に私は和の編集が手につかなくなっていった。連絡がなくても、あっちから全く催促の連絡はなかった。
 たぶん和も、私が忙しいことを分かっていた。
 時折視聴覚室の方に顔を出しても、特に編集の件は聞かれなかったし、楽器のことを色々教えながらだったから、あんまり言葉を交わした覚えも、なかった。
 あっという間に時間が過ぎていく。家でも最近は帰った瞬間寝ている。たぶん、やっちゃいけない若さに任せた最悪な生活習慣を送っているんだと思う。
 やっべ、もてよ私の肝臓。エナドリを大量に受けきって。
 未成年がギリ溺れられるのはもうエナドリくらいしかない。
 ないからもう止めたいんだけど、後輩がなぁ。

「先輩ありがとうございます! やっぱ編集上手くて憧れちゃいます!」
「まだ半年くらいなんですよね? 俺もそれくらいになれるようにします!」
「私、歌ってみた動画とか作ってみたくって、いつか先輩の演奏も動画にしたいです!」
「ああそうだ、FRAMEの演奏見ましたよ! かっこよかったです!」
「ああ、うん。ありがと、ね」

 後輩が悪い子じゃないからこっちも下手に放り出せないんよなぁ。
 あと、上がって来る動画を確認する時、拙いカット、合ってない頭出し、単調なテロップとエフェクトが見える。
 見える度に、私は昔の自分を思い出してちょっとほっこりする。
 そう言えば、私は教えてもらったことなかったんだけど、教えてもらってたら……いや、よそう。たぶん、ブチ切れられたら動画編集辞めちまうし。
 私は責任も負いたくないし出来る限り穏便に生活したい。そのために自分を追い込んで忙しくする分には全然構わないんだけどな。
 なんて、まさかこうなるとは思わなかった状況に溜息を吐くとスマホが鳴った。
 久しぶりの通知音はメッセージではなく、着信音だった。誰かが欠けて来るなんて珍しいし、しかもかけて来た人間がもっと珍しい。

「はい、もしもし」
『今、大丈夫だったかしら』

 電話の相手は栞。今日は用事で外に出るとか言っていたような気がする。
 もうわからない。後輩10人分のスケジュールで私の頭はパンパカパンだ。

「おん。大丈夫だよー」
『随分呑気なもんね。ってことは、あの話、聞いてないの』
「もったいぶった話し方しないでよ。互いにらしくないでしょ」
『それもそうね。じゃあ、単刀直入に。和が格ゲーの大会で負けたの知ってる?』
「は? なんそれ。ていうか、何の大会?」
『結構大きいなやつ。武王夏の陣だっけ? 目指していた大きな大会と同じくらいのレベル感だと聞いたけど』
「何にも聞いてないんだけどそんなの。いや、別に何かできるわけじゃないけどさ……」

 言ってほしいことでは、正直あった。
 私は和がプロになるために動画を作って、今はあいつが輝く姿を一番近くで見たいと思ってる。
 ていうか武王夏の陣って、優勝と準優勝はこの間和が負けた、絶拳乱舞って大会へのシード権があった気がする。そんな大事な大会なら、応援にだって――

『いえると思う? 正直、私から見ても最近のあなたは何か頼める状況じゃなかったけれど』

 正論だった。栞は仲の良さに関係なく、自他共に正論をぶつけて来る。
 ああ、今は辛い。辛いけど、私はこの正論と向き合わないといけないんだ。

『千景は事前に聞いて、一応録画は取ってたらしいわよ。明日、そっちに行くから色々準備しておいて』

 電話が切られた後の、ツーツーっていう音が、ずっと私の頭をぐるぐると巡った。
 椅子に背中を落として深く溜め息を吐いた。
 髪をぐしゃぐしゃと掻き毟って、適当に机をぶん殴ろうとしたけど、止めた。皆が、作業中だ。このパソコン室も最初は私と和くらいだったのに、人が増えたな。
 なのに、なぜか私が一番傍にいてほしい人が、今、一番遠い気がする。

「何やってんだろ、私」