夢はきっと全部青春でできている

 夏というのは、ドラマの巣窟だと思う。何でこんなクソ暑い時期に、こんなにも色々とイベントがあるのか分からなかったけど、きっと、クソ暑い、からだと思う。夏休みがある理由と一緒だ。
 なんて、マイクロバスの車窓を眺めながら、私はクソ詰まらないことを考えていた。

「桜夏ちゃん? 大丈夫? 酔っちゃった?」
「俺はお前に酔っちまってるよ、千景」
「酔い止めあるよ?」
「ああ、うん。私が悪かった」

 甲子園球場のある兵庫県は西宮までマイクロバスに揺られること幾星霜。恐らく夏の最後のイベントになるだろうからと思ったが、我々は予定通りいけば車中泊らしい。
 お金が無いからまあ分からないではないが、華の女子高生がシャワーなしで夏、車中泊はさすがに地獄ではなかろうか。
 あと弁当がクソマズかった。たまに弁当マズい時あるけどアレって何をどうしたらああなるんだろう。絶対食材のせいじゃない。
 全てに文句を垂れていると、千景がなにやら取り出して弄ったり磨いたりしていた。

「それ、カメラ?」
「そうだよ。Niconって分かる?」
「えへへ、わかんない~」
「メーカーなんだけどね。これは一眼レフで、ほら、パシャッて一枚ずつ撮る撮影と録画が出来るから重宝してる。お手ごろだしね」
「ああそうだそうだ。写真部って、カメラ自前なの?」
「うーん、部にもレンタルあるけど最終的に皆、自分の機材を買うかなぁ。これでもさ、この間見たギターの中くらいのモデル? の値段するんだよ」
「のえ、これで!? カメラって高いんだね」
「少しいいモデルだと、この間、栞ちゃんが買ってたギターと同じ値段もするよ」
「いやいやいや、なくしたらヤバいでしょそれ」
「あーうん、死ねるかもねぇ。あ、私は一応予備と、こういうチェキが撮れるやつもあって、死なないから安心して」
「ああ、うん。そだね……千景はなんで写真始めたの?」
「あれ、言わなかったっけ。私、中学校の修学旅行とか、あとは観光客の人に、何故か写真撮ってって頼まれてさ。もうカメラによって種類違うし、スマホもあるしでずっとパシャパシャしてたんだけど。何か、みんな喜んでくれて」

 あ、その感覚は、私も知ってる。
 初めて和に動画を作った時、あいつがめちゃめちゃ喜んでくれたから、動画編集を始めた。
 頑張る和の姿を見て、プロにするまで編集するって決めたもんな。
 にしても、良い顔して話すなぁ。前は昔のこと話すの嫌そうだった気がするけど。
 変わったのか、元からこういう子で、成長したのか、そんなの全く分からない。
 だって私、全然成長してないんだから。

「でね、お年玉全部使ってカメラを買って、いろんなところに出かけたの。そのままずるずるって言ったらあれだけど、写真部に入って……すっごく、写真に収めたいものを見つけたんだ。ベストショットを一番近くで撮りたいって」
「へー、なにそれ、興味ある」
「私の憧れ」
「……うん、え、それは、何? 教えてもらえない感じ?」
「そう。秘密」
「ガチかぁ……お、兵庫来たな。うわー、もうちょい行けば故郷なの何か感慨深い」
「ああそっか。どうする? 帰らなきゃいけないって決まりないから、故郷に寄って新幹線とかで帰る?」
「いやいいよ。それより、この暑さの中、死なないように祈ってよう」

 私の悪い予感は的中した。
 甲子園は近年の気温変化に伴って、かなり後の方に日程がずれ込んでいた。夏の風物詩が、夏の終わりを告げる名勝負に化けたわけだ。
 会場はアホみたいに暑い。
 暑いのは気温だけじゃない、人が全員、熱いんだ。
 満席の応援席には本当に老若男女問わず、うちわやかちわりって言って、袋詰めの氷を持って応援している。あのハンディファン? は絶対役に立たない程度に熱い。
 向こうに目をやるとアルプス席。制服を着た生徒たちが応援に精を出していた。
 さて、私はアシスタント。邪魔にならないように手伝おうとしたが……もう、千景がいない。
 見ると、遠くの方で走っていた。いや、はやっ……!
 ちょっと待ってよ、私は根っからの陰キャ、こんな暑い中……とか言ってる場合じゃない。
 千景が走るなら私も走るだけだ。
 邪魔にならないように、決して人にぶつからないように。
 それでも絶対にドラマが起きる場所に居合わせるように、写真部は会場中の穴を埋めるように広がっていた。
 まるで影。
グラウンドで頑張る球児や観客席で声を張り上げ応援する主役たちの光が強ければ強い程、影たちは躍動するんだ。

「っと、ごっめ、私邪魔だよね」
「ううん。大丈夫。別に私、野球を撮ってないから」

 何を言ってんだ、こいつはって正直思ってしまった。
 試合は進み、ドラマは生まれ続けていた。
 ここは甲子園。ここから、将来の日本を背負うプロたちが生まれる場所と思うと、全く現実感がなかった。
 三振を量産するピッチャー。そのピッチャーから点を取る強打者。ヒーローを応援するベンチ。アウトだけど、ヘッドスライディングする走者。
 まるで音楽のように、何かが起きる度に声が上がる。応援に熱が入る。勝っていれば、まだまだこの回、点をとれ。
 負けていれば、頑張れと声援を送る。もちろん、応援する側がいるのは当たり前だけど、中には野球の勝ち負けっていうか、それを競う球児たちを見に来てる人だっている。
 ああ、そうことか。
 千景は野球に目を向けているように見えて、違う。野球の中の一コマを撮り続けていた。
 応援する人々、観客の一喜一憂、そして大空。関係ない物だと思えるものも、実は選手たちが見ている景色で、その一枚一枚は、きっと誰かの思い出の場面、なんだと思う。
 分かんない。熱すぎてこっちも意識が飛びそうだった。
 撮り終わる頃には、千景は汗だくになっていた。
 くしくも、首から下がるストラップは、空の青に溶け込んでいた。
 千景は眼鏡を外して、髪をかき上げたあと、ゆっくり、ふうっと息を吐いた。

「うん。よく撮れました」

 指でフレームを作って、満足そうに微笑んだ。
 試合はまだ続いている。だから千景もまだまだ撮るんだろうな。

「ほい。スポドリ」
「え、ありがとー、もう、喉からっから」

 ごきゅごきゅと喉を鳴らして美味しそうに飲み干して、千景は手の甲で口を拭う。空のペットボトルを回収すると、再びカメラを手に取った。
 いやホント、手が離せない作業だな。ストラップ買って正解だった。大活躍だし。

「ごめ、ちょっと日陰行く」
「あ、うん。熱中症には気を付けてね!」
「千景もね」

 また写真を撮り始めた千景を見送りながら、私はずっと気になっていた、応援団の方へ向かった。
 そこにいたのは、吹奏楽団。
 このクソ暑い中、楽器を持って演奏しているのはもう、たぶんそういう部活だからって下地が出来てるからだ。私には到底こんな根性は、ない。
 だってあの楽器絶対暑いじゃん。金色でピッカピカに光ってんのに陽光を反射して普通じゃない。
 案の定、目当ての人は小休憩で首筋をかちわりで冷やしていた。

「お疲れさまっす」
「ああ。LM部の……え、なんでここに?」
「ちょっと写真部の付き合いで。いやあ、熱いっすね。どっちも」
「そうね」
「伝統とか、守りたい物ってこれだったんですね」

 部長は笑いながら頷いた。

「演奏中だけ、応援中だけ、私たちも、ああやってグラウンドの選手たちが見ている夢を見ることが出来る。素敵でしょ?」
「そうっすね」

 私は心の底から同意した。
 良いな、こういうのがきっと、青春っていうんだろう。
 あとで千景にはお礼を言っておかないといけないな。

「あ!? おい一ノ瀬! お前熱中症には気を付けろって!」
「一ノ瀬さんも暑さにやられたみたいです。もう三人目でたぶん限界っす!」
「誰か担げるか? 女子抱えんの怖いんだけど!」
「ああもう……すみません、先輩。友達がピンチなんで行きますね。あの! 私まだ担ぐ元気あります!」

 夏はもう終わる。私たちの青春みたいなものは、ここから始まる