夢はきっと全部青春でできている

 バトルに負けた私たちに、無情にも視聴覚室の撤退と、どれかの音楽系部活への吸収という事実が告げられた。
 ぶっちゃけそんなこと、既に燃え尽きていた私たちの耳に届くはずもなく、猶予までの間、私たちは各々のやるべきことに戻った。
 たぶんだけど、どっかの部に入ってまで、私たちは学校で音楽はやらないと思う。
 元々、編集して、格ゲーして、写真を撮って、小説を書いて。
 絶対に交わるはずのなかった私たちが一緒に何かを目指せた場所がLM部だった。
 だけど、たぶん……別に部が消滅したって私たちは、一緒にいるんだと思った。
 だからバトルが終わった後、私たちは普通に打ち上げをして、普通に解散した。
 まるで明日も当たり前に集まろうぜ、そんな感じで。
 ていうか、確か和はでっかい大会があるんだったっけ。ええと、千景は写真部で野球かサッカー部の撮影がもうすぐあって、確か栞は小説が一次選考突破したから二次待ちだったっけ。
 私だけかぁ。何もやることないの。
 追い出されることだけは免れた視聴覚室で、夏休みでも練習に励む運動部の声を聞いていたら、妙に悲しくなった。
 だけど、悲しんでもいられない。ごめんな、和、ちょっとしばらく編集できない。
 この間の私たちと、合同音楽部の演奏をMV風かつバトル風に仕上げるって言う、無理難題をずっと一人で試みている。
 スタジオに入った時の感動や、オンラインライブ特有の静けさ。
 そしてこっからは、私の得意な領域。
 コメント欄のコメントを、溶け込ませる。私が普段やってるのはエンタメ動画で私の武器もそこしかない。
 だから色々盛り込んではその度に引き算していって、その度に難しいことは必要ないんだって気づく。
 あとはソフトを増やした。カットとか音声については今使っているのでいい。
 だけど、視覚効果や全体的なアニメーションとなると別ソフトが強い。どうなってんだ本当に。金ばっかりかかっていく。
 青春って高いんだよなぁ。

「うっわ、すっご。何ここアイコンタクト無し……指揮者か。そう考えるとすごいなホント。あージャズ部のこれ高校生のレベルかって。何これホント。かっけ」

 まさか自分が、動画や音源とかじゃなくて、編集者としてこういう音楽に関わるとは思わなかった。
 思わなかったし、関わってなかったら、こんな角度で音楽すごいなって思うこともなかった。
 今まで、フリーSEとかフリーBGMとか何の気なしに貼り付けて、私にとって音楽は波形やその場面を彩る飾りでしかなかった。
 だけど、今は音楽が主役で、私たち自身や技術が飾りだ。この編集、面白いや。
 まあもうちょっと何か、画角の変化がほしいところだなぁ。こればっかりは素材がなぁ。

「どう? 進んでる?」
「おっ、千景。お疲れさん。部活は?」
「終ったから手伝いに来たよ。これって、この間の……」
「そう。バトルの録画。先生からパクった」
「よかった」
「何が」
「いや、私たち、終わっちゃうのかなって。心配してて……これも、いらないかと思って」

 渡されたUSBをパソコンに繋いで中を見ると、MP4ファイルが入っていた。この間のバトルの、全く違う角度からの演奏だった。
 中には音響や照明の視点もあって、私の中のクリエイティブ脳がいたく刺激された。

「え、これ……」
「写真部のみんなが撮ってくれてたの。皆、言ってたよ、すごい良かったって。私、始めてカッコよかったって言われちゃって」

 嬉しそうに話す千景の顔を見ていると、私も素直に笑顔になった。
 本当に写真とか撮影って言うのは、いい仕事をするな。私がほしい物が全部ここにあった。

「ありがと。捗るよ」
「こちらこそ」
「え?」
「私たち、最高のワンショットのために何枚も何枚も写真を撮るの。今はデータだから、簡単に取っては消して、もしくはアーカイブにして。でも、無駄になる方が圧倒的に多いの。だから、桜夏ちゃんが私たちの撮ったものを、大切に動画にしてくれるのすごくうれしい」
「本当に、編集者冥利に尽きるね。んじゃ、せっかくだから」

 私はスマホを取っていた。丁度いいや。全員を、安心させないとね。部長として。

「あ、栞? 暇?」
『音楽教室の順番待ちだけど、何?』
「あのさ。この間のライブなんか一言で表してよ。言語化して」
『は? 何よそれ』
「ガチ、ダッシュ、ナウ」
『私たちのワンフレーム、とかかしら」
「おっけありがと。あと、別に部がなくなっても、私ら一緒だから」
『はあ? いきなりなに――』

 電話をぶち切って、次にかけたのは和だ。出るまでコールし続ける。どうせ試合中は出れないから。
 ある程度時間が経つと『はい』と出て来た。案の定回りがうっさいのを見ると、ゲーセンか。

「あんさぁ、私たちのワンフレームってタッチペンで書いて送ってくんね? 透過の仕方分かる?」
『え? わかんないけど、書いて送ればいいの?』
「そうそう。あと、部活なくなっても私ら、一緒だから」
『なにいきな――』

 こっちもぶち切りしてやって、編集をカタカタと進める。
 少ししたら、マジで上手い文字でさっき伝えた言葉が送られてきた。こいつ、タッチペンでどうやったらこんな達筆に書けるんよ。女子力ってコンテンツでも負けてるんだよなぁ、普通に。

「桜夏ちゃん、これ出来たらどうするの?」
「ん? 世界一みじめに敗北宣言するよ。これ絶対、今日とかじゃ終わらないから適当にきり上げてね~」
「はーい……あのさ、桜夏ちゃん」

 いつもは黙々と作業をしていた千景が、気付けばまっすぐと私の目を見ている。
 眼鏡の奥の瞳は揺れず、決心の色が反射したように見えた。

「なに?」
「この夏さ、忙しいとは思うんだけど、甲子園に一緒に行ってくれない?」
「こう……え、野球?」
「うん。学校側から依頼を受けて、学校案内や卒業写真、あとは部活紹介のために、勝ち進んだらいつも行ってるんだけどさ。来ない?」
「え、逆に良いん? 同じ学校ってだけの部外者だけど」
「桜夏ちゃんが今後どの道に進むか分かんないけど、きっと役に立てると思うんだよね。ううん、役に立つから私の背中を見て学んでほしい」

 大きく出たって言うか、千景ってこんなに自分の意見を言える子だったんだ。
 まあ確かに、この後どうなるか分からないし、我が校の勇姿を見届け、応援するのは義務と言う物、か。

「おっけー、じゃあお手伝いさせてもらうね」
「わかった。じゃあ、皆にも伝えておくね。写真部で有名なんだよ、桜夏ちゃん」
「え、なんで」
「熱くてギター上手いから写真映えするって。ファイルあるから今度見せるね」
「ちょっと待って……! ファイルあんの!? クッソはずかしいんですけど!?」
「まあ悪い意味じゃないから大丈夫」
「良いも悪いも酸いも甘いも関係ないって!」
「はいはい。じゃあ、私これ持ち帰って、終わったらいつものファイルで送るから」
「マジでちょっと待って! ねえ! おい馬鹿!」

 しんっじられない。
 なんで写真部に私の写真撮ったファイルがあるんだ。誰だ、私にだって肖像権くらいはあるんだぞ。
 ああもう、やだー、いつの間にか学校でフリー素材になってる。有名になりたくない。健やかで穏やかな学校生活がしたい。人と関わるのが面倒くさすぎる。
 その点、千景は上手い事やってて偉いな。私には土台無理な話でございます。
 よっと、勢いをつけて立ち上がって、視聴覚室の窓を何となく開けた。
 正味、燃え尽きちゃったなぁ。ああ、外の風が涼しい。
 運動部は今日も頑張ってるし、よし、私ももうちょい頑張るか。
 それから一週間ほどじっくり動画を作って、自分のチャンネルって言うか、作っておいたFRAMEのチャンネルで公開。先生にURLを送りつけた後、私は吹奏楽部の前にいた。
 あー、しんっど。死にたい。死のうかな死なねば死ねども死ね死ね。
 死の五段活用をしたところで、もうどうにでもなれと扉をガラッと開いた。
 思ったほどの人数はいなかったが、十数名がちらほらと、あとは……いたいた。
 私は奥で後輩にアドバイスを送ってるっぽい部長さんの前に向かった。
 すぐに彼女は気づいて、向こうも私の方へ近づいた。ふたりの距離は、一気に、縮まった。物理的に。

「何か用かしら」
「この間は、負けました。だから敗北宣言しに来たんで、これ、どうぞ」

 私が手渡したスマホを、部長は静かに眺めた。
 じっくりと時間をかけて作ったMVが、指が当たるカチッと音と共に再生された。
 あえてイヤホンじゃなく音を乗せたのは、皆にも聞いてほしかったから。
 私たちの編集に力を入れたのはもちろんだけど、それでなくとも吹奏楽部の演奏は圧巻だった。
 これは自分の力を出し尽くしたって自慢じゃない。両者を称える、私なりの、私にしかできない最大限の賛辞。

「私、自分で喋るのが好きじゃないんすよね」
「方言のこと、かしら」
「はい」
「誰も気にしてないわよ。それに、この歌に方言は関係ない。しっかり、あなたの言いたいことが乗ってるように見える」
「だと良いんですけど」
「これ、グループチャットに載せていいかしら」
「どうぞ」

 部長さんは自分のスマホで検索して、すぐに全員に共有したらしい。音楽室の大多数が、スマホを見ると言う異様な光景に私はどこか居心地が悪くなった。
 暫くして、ほんの数分の映像を見た後で、続々と声が上がっていった。

「すっげ! 編集うんま!」
「えー、私たちこんなカッコよく演奏してたんだ」
「ていうか勝ったけどさ、FRAMEも良かったよな」
「そうそう。めっちゃ頑張ってるって言うの伝わった」

 次々と、声が上がる。
 動画を作っていて、私がこの声を聴くときは大抵文字だ。
 だから、声を聞いて、どこか胸がぎゅっとされた。ああ、やったことって全部、無駄じゃなかったんだって、分かったから。
 勝ち負けじゃ、ないんだ。私がずっと、言いたいことがあったのに、言えなかった。
 言葉に出来ないそういう気持ちを、私は音で伝えようとして、今は、動画で伝えてる。
 私たちの、あまりに短いこれまでを。

「私たちのワンフレーム、か。その積み重ねが、人生なんだろうね。ありがとう。素敵な動画だったわ。これ、もしかして、あなたが?」
「はい。負けましたけど、ぶち、カッコよかったんで」
「……丁度良かったわ。私、あなたに話したいことがあったの」
「なんすか」

 先輩は、静かに頭を下げた。
 時間が止まったみたいで、私は止めるまでにしっかり数秒かかってしまった。

「ちょ、何してるんすか!」
「ごめんなさい。あなたたちの音楽、とっても良かった。この動画を見て、音楽としては私たちの方が洗練されてたかもしれない。でも、表現という形では、完敗。だから、この勝負とは別に、LM部は存続させてもらえるよう先生にお願いしたの」
「え、いいん、ですか?」
「他の部長とも協議した結果よ。元々、私たちが勝手に新設の部に対して上がる声を納得させるために起こしたバトルだから。それに、こんな良い物見せられたら、廃部にするのが勿体なさすぎるでしょ?」
「部長さん……ありがとうございます!」
「こちらこそ。ただ、次やる時も、負けないわよ」
「次……全員に、死ぬ気で練習させます」
「ふふ、よろしくね」

 音楽室を後にした私は、バクバク鳴る心臓を取り換えたかったけど、我慢してスマホを開いた。
 やっべ、指、震えるなよ、あんだけジャカジャカ、ギターを弾いて、タイピングまでしただろって。
 早く伝えないと。私らの夏が、終わってないってことを。