夢はきっと全部青春でできている

「ううんんんんんんんん」

 唸る――力を入れたり苦しんだりするとき、又は動物が威嚇する時などに長く引いた低い声を出す事。
 私はつまりパソコン室で動物が威嚇する時などに長く引いた低い声を出している。
 今すぐやめるべきだと気づいても辞められない。
 理由は目の前に開かれた編集ソフトと、馬鹿みたいに長い八時間ほどの対戦動画の録画。
 和ちゃんが入部してくれて1週間。
 私は定期的に動画編集をすることになった。
 徹夜と授業時間を引き換えにある程度の編集能力と肌荒れが手に入りました。

 奥が深いというか面倒で、動画編集は大体三つで構成されてる。

 一つ、動画本編。目の前で動く映像と、音声の波形データ。ここをカットして大枠を完成させる。
 続いて、テロップ。よく見る字幕とか効果音の文字化。
 音声の波形データに合わせて頭を合わせ、同時に文字が出る「パッ」っていうSEや「ビシッ」とツッコミのSEを合わせる。
 更に全体の効果。
 アップにしたりとかの画角編集。後は動きそのものを司るエフェクト。
 画面を炎でメラメラさせたりする効果などがある。
 やって分かった。マジでCMとかで流し見してる動画ってバカすごい。
 そして和ちゃんが投稿した私の初作品は後の黒歴史が大確定している、と。

「ええと、一個ずつやろ。今日はカットを完璧にして、あとは明日の自分に任せよう」
「そんなに悩まなくてもいいでしょ。私は好きだよ、桜夏の編集」

 あれから、私たちは視聴覚室とパソコン室を行き来する放課後を過ごしていた。お陰で放課後は毎日やることだらけだけど、不思議と前よりこの時間が好きになっていた。
 ギターしかないと思っていたからか、新しい何かがとても新鮮で楽しかった。
 何より、私の作ったものを嬉しいと喜んでくれたあの顔が、忘れられなかった。
 鮮烈すぎて美化された思い出のせいか、少し、ムッとしてしまった。

「そんなん誰でも良いって言ってるのと変わらないよ。今の私の動画はどう見ても素人編集だし」
「んなことないでしょ。らしい感じするよ」
「いや、和ちゃんは編集わかんないでしょ」
「は? 何それ。そういうことじゃないんだけど」
「だったらどういう意味? 私はもっと和ちゃんの魅力を伝えたいから、逆にこれで満足されたくない」
「だから、そういうんじゃないんだって。編集の技法とかは分かんないし、満足っていう意味ならそりゃしてないよ」
「じゃあ何が不満か言ってよ。私だって素人だから、ここがいいとかこれはいやとかないと分かんないよ」
「いやだから、好きだって言ってるじゃん。こう、シュパッて感じでセンスある感じ。1Fに込めた私の想いをちゃんと汲み取ってくれてる」
「それ。そのなんていうか、感覚的過ぎる。1Fって0.01秒でしょ? どこかももうわかんないもん。大体、録画が長い! 勝った試合だけあればいいんじゃないの?」
「それはこのゲーム知らないからでしょ? 桜夏こそ、分かんないなら聞いてよ」
「聞いても連絡取れないことの方が多いじゃん!」
「でも返してるじゃん」
「時間かかるの! 作業止まっちゃうと一晩無駄になるの!」
「そこまで無理を頼んでない」
「はあ!? 何じゃお前、ウチがどんだけ苦労したと思っとるんじゃ! そんなこと軽く言わんでや!」
「だったら桜夏もゲームやってみなよ! ずっと勝てるわけないじゃん!」
「じゃあ編集やってみいや! ぶちむずいけぇ!」
「桜夏のバカ! デコ助! クソ陰キャ!」
「誰がデコ助じゃわれ! お前、ぶち殺……逃げんな!」

 パソコン室から走って逃げだす和の背中が見えなくなる頃、私はハッとした。
 私は和を、和は私をよく知らない。だから余計に、お互いの琴線がよく分かっていないんだ。
 むかつく相手が違うことはわかってる。
 だけど、ここで大人になれるなら私はこんな人間になってない。
 やっば、編集が重すぎる。波形を見ると今はもう気持ちが悪い。
 思わず立ち上がろうとした時、パソコン室の外でたじろぐメガネの女生徒が目に入った。
 あれ、どっかで見たことある……どこだっけ……ああそうだそうだ。

「図書室の、人!」
「日真さん、だよね。確か……小川糸、住野よる、あと森博嗣。借りる本の趣味が良いから覚えてて。久しぶりだね」

 え、覚えててくれて感動。
 心がすさんでいる今、私はちょっと優しい言葉をかけられるとちょろくなる自信がある。
 ちなみに私が借りた本は偶然主人公が死ぬ作品で当時心はグチャグチャになっていた。
 感動と同時に第二の問題がこの世にバースデイした。
 あっちは覚えてくれているのに、私は黒髪メガネのザ文学女子みたいな彼女の名前が分からない。
 どうする? 50音順から総当たりでぶち当たるか?
 いや、リスクが高すぎる。ここはよくある名前から佐藤か鈴木を決め打ちするしか……

「覚えてないかな。図書委員の、一ノ瀬千景だよ。て言っても、委員活動は1年の頃だったから、今は違うんだけどね」
「あ、ああそうだそうだ! アレだよね、私が教室でご飯食べると丁度クラスの仲良しグループが一緒に食べれないから気を利かせて爆速で食べて図書館に通ってた時の! 何かあれ、ビブリオバトル? してた!」

 思い出したと同時に心の傷を抉られてそれどころではなくなった。
 なんであの、女子って机引っ付けてみんなでご飯食べるの? しかもなんで、机貸してよ、私の使っていいからさ、みたいな交渉でもなく一人椅子だけとかにするの? すごい悪者みたいになって気まずかった。
 LM部に入ってからは誰もいない視聴覚室が私のオアシスだったけど、それまでは図書室によく通ってたっけ。
 喋るのがほとほと苦手な私にとって本だけが友達だった。
 本は勝手に知識と物語を放り込んできてくれて、私が話す必要がないから。
 心の中ではカフカと文通してたしアサウラ先生にはサインをもらっていた。
 閑話休題。
 彼女は確か、ビブリオバトルとかいう、好きな本をお題に沿って紹介するみたいな文化的で崇高なものに出ていた気がする。

「覚えててくれたの?」
「うん。読んだもん。なんだっけ、還りの会で言ってやるとか」
「ありがとう、嬉しい」
「ああごめんごめん、中入って。一ノ瀬さんも放課暇すぎ委員会?」
「ふふ、相変わらず言葉選びが面白いね。ええと、私は、写真部の画像を加工しようかなって」

 見た目で判断した私を殺してください。
 私よりも余程陽キャでしっかりと部活で活動をしている立派な方でした。

「さっき飛び出していった人、安心院さん、だよね」
「あ、うんそう。知ってるの?」
「怖そうなギャルって噂だけ。いつもパソコン室に入り浸ってゲームしてるとかって。あとはゲームセンターで良くない噂があるとか。その……ごめんなさい、聞く気はなかったんだけど」
「あはは、お恥ずかしい」

 照れながら顔を隠してそのまま倒れそうになって腹筋でギリギリ耐える。
 ああそうだ、と私は和と喧嘩した理由を一ノ瀬さんに話した。
 個人的にデコは広くないことを強調しつつ、どちらが悪いか第三者の意見を聞こうと思った。
 こういう時、自分が正しいと思い込むのは絶対によくないから。
 一ノ瀬さんは聞き上手で、静かに、でも真剣に話を聞いてくれた。
 不思議な人だな。ほぼ初対面なのに、こんな親身に聞いてくれることなんて、ないと思う。

「ええと……そう、だね。たぶん、お互いともお互いを大事に思ってるから、かな」
「え、なんで? あれで? ガキみたいに去り際デコ助って言われたんですけど」
「うーん、どうしても当事者だから……じゃあ、相手の気持ちになってみない?」
「相手って言うと、和の?」
「うん。安心院さんのゲーム、確かゲームセンターでも稼働してたはずだから、やってみない?」
「あーああ。あー、ああうんそっか。それじゃあ行こうか」
「今から?」
「一ノ瀬さん写真部だよね。予定あるよね」
「ううん、一緒に行きたいな。良い?」
「もちコース。こっちこそありがと」