夢はきっと全部青春でできている

 最大限、やれることはやって来た。
 全員、可能な限りの準備を済ませて、バンド用Tシャツも作った。燃えるような赤の中に四人の色を混ぜた結果、真ん中には宇宙みたいな色をした惑星が出来上がった。まあ良いよ。それっぽいよ。
 これが私たち、FRAMEだ。
 そのリーダーたる私は朝から緊張で吐いた。二度吐いて今はもう胃液しか出ない。
 和はいつも通り。
 栞は緊張で手汗が凄く、ハンカチをずっと握りしめている。
 千景もほぼ貧血状態。
 概ね全くまともな健康状態とは言えないが、それでも全員揃って、ライブスタジオにやって来た。
 うっわ、いいなぁ。この暗い感じと壁の質感。
 広いスタジオはきれいに片づけられていたけど、最低限の準備は整えられていた。
 アンプとシールド。そしていつも使っているのとは比べものにならないくらい良いドラムが静かに鎮座していた。
 念のため、というようにすぐ傍にはキーボードがスタンバイ。
 照明も今は薄く付けられてるけど、これが実際に始まった時は演奏中の私たちだって圧倒される。
 編集やってて、こういう今まで見てなかったところが目に付く。色調補正したくてたまらなくなる。

「楽しそうじゃん、桜夏」
「ん? そう? だって、ここって私がずっと、立ちたかったはずの場所だから」
「今はそうでもないってことか?」
「んっや。全員で、立ちたかった場所」
「なんか、桜夏ちゃん見てると力が抜けるなぁ」
「本当にあなたは、呆れるほど、楽観的ね」

 おかしい話だった。私は全然吐いて来てるし、緊張してる。
 こういう舞台に立つって言う意味で良いならぶっちゃけ始めてだ。だけど、皆がそう思うなら、それで演奏に集中できるなら、私は今の一瞬だけでも、ピエロになってやる。

「集まれ、メンバー。円陣組むよ」

 四人で組んだ円陣はめっちゃ狭くて、もうほぼラグビーのスクラムみたいになった。

「相手は混合音楽部。正直、音楽の造形は向こうの方がめっちゃ上です」
「格上相手か。上がるね」
「緊張しちゃうけどね」
「リーダーがしゃべってるんだから黙っていなさいよ」
「はい。格上だけど、やれることやって、精一杯、ウチらの音楽、やり切ろう!」
『おう!』

 気合入れた。さて、最初は吹奏楽団の演奏、だったな。
 相手は人数の兼ね合いで別のスタジオだから、とりあえずスマホで配信が始まるのを待った。
 人の演奏を見る分には気楽なはずだった。だけど、私は思い出した。
 このバトルにおいて、私たちは挑戦者だってことを。
 演奏が始まる。
 指揮棒が、まるで注目を促すように、ゆったりと、しかしはっきりと、空を切る――
 刹那の間に押し寄せる、音の暴力。
 圧が、全く違う。私たちのおおよそ10倍の人数が、それでも私たちより圧倒的かつ緻密に連動する、音の集合知。
 メロディを担う高音楽器が、ベースやハーモニーを支える中低音楽器の厚みを支える。
 それだけじゃない。
 彼女たちが演奏しているのは、絶対今まで弾いてなかったであろう、今風のポップ曲。フルートやクラリネットなどの木管、トランペットやユーフォの金管、さらにはティンパニーやシンバルに至る打楽器。
 多種多様な楽器が、まるで自分たちが1つの楽器であるかのように、音を吐き出した。
 真剣なまなざし。それでいて、奏者に動きを入れることで視聴者を飽きさせない構図。
 そして曲の途中……ジャズ部、そしてオーケストラ部のソロパートが連続で止めを刺しにきた。

「うんっま」
「マジさぁ、練習しなきゃよかったわ。練習したせいで、すごさがよく分かる」
「私たちより楽器も人数も多いのに、まるで一つ、みたい」
「圧巻ね」

 演奏、終了。コメント欄は何度も聞いたことがあるさすがの演奏に拍手と称賛で溢れた。
 うっわ、先行にさせてほしかったぁ。ていうか自信があるんだろうなぁ。この感動を最後まで守り抜いて逃げ抜く自信が。
 まあでも、なんだっていい。

「ウチらのやることは変わらん。向こうが伝統と正統でぶん殴って来るなら、ウチらは媚びと懇願で土下座するまでじゃ」
「いや、クソカッコ悪いな。桜夏。このライブ、切り抜け」
「ん? 切り抜き動画ってこと?」
「人生の青春を、だよ」
「ああ。きっしょ」

 さあ、私たちの番だ。
 楽器の準備も心の準備も出来ている。後はもう、記憶なくす勢いで。

 精々自分に笑って酔おうぜ――

 指揮者がいるわけじゃない、私たちのバンドは、私が始めたから、責任取って先陣を切る。

「皆さんこんにちは! 私たちはFRAMEです! フレームって言うのは、メンバーが色んな夢や目標の一部を切り取って青春を謳歌できるようにって考えて作りました! じゃあもう、MCやったことないんでこの辺で。聞いてください。私たちのオリジナル曲、窓際ストーリー!」

 前列の二人がドラムとキーボードを向き、和がにやっと笑う。
 宙でスティックを、打ち付ける。
 まず、全員のタイミングは……合った。
 好調な滑り出し、さて、歌詞を飛ばすなよ、私!
 窓際ストーリーは、窓際で本を読むとか、寝とるとか、とにかく十代の青春が窓際で終わる陰キャがそこから飛び出して夢を追う物語を歌詞にして書いてもらった。
 私は陰キャだ。一緒につるんでるみんなを友達だって胸を張って言うことも最初は出来なかった。
 だからこれを聞いた人を応援する気は全くない。
 メッセージ性も何もない。ただ、皆が一様に持ってそうな悩みを笑ってやれよと言ってやる。
 とにかく成功も失敗も知らんから――

「夢も希望も窓の外にはない!」

 夢や現実、目標は窓の外にも窓際にもない。自分の心に窓を通して、見ないと分からない。
 序盤は、歌いきれた。
 だけど、単純な演奏だけになった瞬間、四人がそれぞれ合わなくなる。
 分かるよ、ボーカルに合わせるのと、自分の演奏に集中する時のスイッチが難しいの。
 だけど落ち着けお前ら。悔しくないんか、よく分からん部活だって言われて!
 続いて、ベースが全く違う音を出し始める。ミスはミスでもこれ、楽譜の読み間違え。
 くっそ、修正……
 焦る私の背後で、キーボードの旋律が響く。
 目だけを向けると、汗をかいた千景が、私に笑いかけていた。
 大丈夫、落ち着いてって嗜めるように。余裕なわけがないのに、余裕を演出している。
 そうだ、落ち着け。ウチらは数が少ない。誤魔化すリカバリーにだって限界がある。
 だったら――ウチが今、一番合わせられるやつから、チューンする。
 バックステップ気味に後ろに下がり、ドラムの横で無理やり合わせる。
 強い演奏は必要ない。アイコンタクト、ただそれだけで、和は全部理解してくれる。
 だよな? 相棒。
 ドラムが持ち直し、私との完璧なセッションが機能。調和と力強さが戻って来た。
 そうだ、ウチが合わせる。お前はもう、好きに、弾いてろ。
 歌詞パートが始まる。
 夢を見つけても勇気が出せない、あの頃のウチとダブるような歌詞。きっと栞は、わざわざ歌い手のウチを想って書いてくれたんだろう。

「ご都合主義な救世主も、腕を引いて連れてくれる人も、誰かがきっと変えてくれるって、そんな明日は全然来なくて!」

 そう。
 漫画やアニメみたいに、自分が何もしてないのにご都合主義な展開はあり得ない。
 自分の好きな事、やりたい事、やった事、なんだっていい。動いたきっかけのご褒美が、今の私たちの現在位置。
 強く弾きながら、体をそのまま横にスライドさせる。
 たどたどしく、弱々しくなるベースの横で私は声を張り上げる。
 栞! ちゃんと聞け! 今、馬鹿みたいにお前の横で全力で歌っとるんはなんや!
 お前が書いた、お前の文字じゃ! 全員を動かそうと歌っとるウチの口から出とるもんは、お前が作った物語じゃ。
 作家のプライドが、ベーシストとしての栞を覚醒させる。
 そうじゃ、それでええ。下手でもなんでもいいから全力で弾け。
 あの時もっとこうすればなんて、後悔は――

「後しか出来ない後悔で!」

 終盤になる。全員が、主役。続けろ、終わらせるな、むしろ終わりたくないって思え。
 ドラムのビートに力が籠る。こいつ、この土壇場で、やり合おうってか?
 さも、このバンドは、この演奏は自分の物だって言いたげな演奏に、私も張り合う。
 悪いな、千景、栞、今ここで曲が全部ぶっ壊れても、こいつにだけは、負けたくないんじゃ。
 今、私たちに調整役は存在しない。
 ベースの絆創膏が千切れて、僅かに栞の演奏が弱る。
 私は大きくエフェクターを踏んでギターソロでカバーに入る。
 誰も入ってこないと思ったけど、キーボードが着いて来た。やるじゃんか。
 最後の最後、あとはもう、好きにせえ。
 ぶつけ合う。ウチらの音楽、やりたかったこと、これを最後には、絶対にさせんって。
 ラスト――
 最高の終幕。
 音が消え、全員の息継ぎだけがステージを埋める。
 汗だくの中、瞼の上の汗を指で拭ってコメント欄を見る。
 
 ――味があったなぁ。
 ――めっちゃミスってたけどノれた
 ――歌詞良かった!
 ――アンコール
 ――アンコール!
 ――88888
 ――アンコール!

 これだけ見ると、私たちはたぶん、演奏じゃ負けた。ただ偶然、学生の青春ってやつに刺さったのと、下手で応援したくなるって言う、集団心理の結果。
 偶然にも、盛り上がってくれた。
 だけど、それでいい。

「ええよ! じゃけどウチら一曲しかないから、ガチのアンコールになるよ。じゃあもう一回! 窓際ストーリー!」

 二度目で緊張も抜けた私たちは、この日初めて、最初のオリジナル曲、窓際ストーリーを完成させた。
 後のアンケート結果で、吹奏楽部62%、ウチらLM部は38%――
 負けた。
 だけど誰も、下を向いていなかった。