「あの、もう一度言ってもらっていいっすか?」
視聴覚室でようやく四人合わせて練習を始めて一週間。夏休みも折り返しというところ。
私たちFRAMEはようやく始まったと言うのに、とある報せが、無情にも突き刺さった。
視聴覚室に現れたのは顧問の先生と、三年生の生徒会長。マジで見たことない生徒会の本当に知らないトップだ。
私、本当に放課後以外寝ているんだと思う。
各々が楽器の演奏を辞めて、突然入ってきた二人の言葉に何も返せない。
ただ轟々と鳴るエアコンの音が妙にうるさく感じた。
「生徒会長。もう一度」
「正式にLM部は休部状態から再び部として成立しましたが、予算を出す上で他の部から、よく知らない部活に予算が分配されてこちらが削られる意味が分からないと不満が上がっています」
「誰がそんなことを?」
と、和は買ったばかりのスティックをへし折りかける勢いでに握りしめる。
しかも全然殺すけど、などとゲームと現実が曖昧になってしまっている発言も続いた。
あとたぶん本気でフィジカルがあるから全然冗談では済まない。
「別に部費の分配自体はなくても構わないけれど、よく分からない部だなんて言われるほど、今のLM部は統一性や実質性を欠いているわけではないし、実績がないわけじゃない。むしろ、教育機関における部活と言う中では初心者が高校生から楽器に興味を持って始めると言うのは理に適っていると思うけれど」
栞はこういう時、本当に頼りになるし本当に怖い。正論でしっかりと殴ってくる上にそれが悪いと本当に思ってない。根っからのインファイターだ。
私や千景が草食動物な分、二匹の肉食動物がいるのは頼もしい。
「まず部費ですが、今使用している楽器メンテナンスを部員負担にするわけにはいかないと先生から言われたため盛り込みました。これは現実的に最低限必要な費用です。そして現在は、部長の日真さんや安心院さんがパソコン室を占拠しており、普段の活動でこの視聴覚室を部室とするのは疑義がある。構成している生徒の兼部も多い。実績もライブMVを制作しているだけで音楽活動としては微妙です。金賞を取っている吹奏楽部や、公演経験もあり、老人ホームへの演奏など積極的な対外活動を行うジャズ部。このジャズ部がそもそも似通っていると言う声もあり、合唱部も室内練習に視聴覚室を使いたい、と。それら既に歴史と実績のある部活に吸収される方が合理的という判断です」
生徒会長もシンプルな正論を展開し、両者一歩も退かない状態だった。
こうやって言われるとまあ……私たちって好き勝手してるよなぁ。
「まあパソコン室の件は成績優秀者の安心院さんと、編集という側面で必要だと言うのは私個人も認めています。また、私は内申点のために生徒会長になり、今は生徒の意見という名の愚痴やガキっぽい感情の受け皿になりつつ教師の操り人形であり、今話したことに私の個人的意見は介在していません。今目の前に立っているのはほぼアンドロイドみたいなものです」
何だこの生徒会長は。こんなにあっけらかんに言うことってあるのかな。
ああそうだ。もう任期が短いからどうでもいいんだきっと。
「こうなればもう、理では動かない。感情で動かす」
ここまですべてを生徒会長に押し付けていた先生がようやく口を開いた。
しかもなんか深そうなこと言ってるけど内容はまるで話してないと言うすかすかぶりだった。
だから私は大人に期待が持てない。困ったときにすごい遠いところから手を差し伸べるから握る方に努力がいる。
「あの、その感情とやらはどうしたら動くんですか?」
「ライブ配信だ」
「ら……はい?」
「既に歴史のある混成音楽部VS君たちLM部で配信ライブを行い、コメント欄の生徒にどっちが良かったかを決めてもらう。ついでに県内の2校にも限定配信を行うものとする」
「ちょっとちょっと、先生! 先生!」
「先生は確かに三十代で学年主任を任せられた先生だ。だが、ぶっちゃけ今の立場に満足はしていない。何度も転職だって考えた」
「先生の先生話は聞いてません! 無理ですよ!」
「もし成功すれば、私は進退を懸けても君たちを認めさせることを約束する。期限は二週間後。夏休みのほぼ終わりにゲリラ的にURLをばら撒く。場所はせっかくなのでライブ会場を借りる。それでもし滑ることになれば君たちは部活的にも学園的にも、そういうことだ」
「いやいやいや、私たちは全員陰キャで友達この四人しかいないし! なんでそんなデスゲームしないといけないんですか! そもそも私たち友達だよね!?」
「友達だろ」
「ありがとう! とにかく、全校生徒どころか他校はガチでヤバいです。私、同じクラスメイトの名前も知らないのに!」
「同じクラスくらい覚えようよ桜夏ちゃん……」
「それについては担任の先生に言っておく。自信が、ないのか。負ける前提で話しているが、日真さんが作ったLM部はそんなものなのか」
「集まったばかりなんだって――」
ボン――
ベースの音が、響いた。
この一週間、週の中でいつかある短期教室を受けた後、正式に音楽教室へ通うことにした栞の奏でる音。
やっぱり、良いベースを使ってる姿は様になる。
栞はゆっくりと息を吸うと、たった一言「やる」と言った。
私は必死に止めようとしたのに、声が出なかった。
わかってるの? 栞、あなたが言っていることが、どういうことなのか。
当の本人は真剣だし、他のふたりも完全に同調していた。現実が、空回っているような、嫌な感じがした。
だって、この中で一番歴が浅いのも、ミスや緊張で上手く弾けなくなる可能性があるのも、全部、栞が一番高いんだ。
正直、人前でミスは怖い。それも相手は金賞を取る程の吹奏楽部や他の音楽系の部活で構成された合同部。
聞いている生徒も、スマホやパソコンで見るライブだと、この間の路上ライブみたいな非日常感の魔法をかけられない。
純粋に、音楽で表現しないといけない。
わかってるの? 一番きついの、あんただよ? 栞。
だけど……どうしてって聞かれたら困るけど、反対できなかった。
栞にとっては、一世一代。その上で勇気を出して「やる」と言ったんだ。
そんな状況を前に、部長の私がこんなのでいいのか?
今、この四人の中で覚悟は決まっていないのは、私だけなんだぞ、桜夏。
ああもう、いいよ、変なスイッチを入れた責任、取らせてやる。
「やってやるよ!」
「よう言った、部長」
「うん。ちょっと、私もムカッとしちゃったし」
「決まりだな。2週間後。先生な、楽しみにしてるからな。一応三日前くらいから配信する学校からのお報せの中にURLを混ぜ続ける。音楽の先生にも頼み込んでおく」
「先生。マジ、ウチらが勝ったらアイスで」
「アイスケーキを買うと約束しよう」
先生たちを見送りながら、私たちは唐突に決まったライブに向けて夏合宿を行うことにした。
というかマジで勉強漬けの時よろしく今回は音楽漬けにしないとたぶん話にならない。
吹奏楽部って1位とか2位とかの概念がないし、金賞と銀賞にも明確な差がある。金賞とはつまり、圧倒的なんだって、聞いたことがある。
「とりあえず今日は解散。私、和の動画の弾作っとくから、皆いつから合わせ行ける?」
「私は明日から行けるよ。ゲームの大会は、入るかもしれないけど予定ではまだ先」
「私もいけるよ。あ、そうだ今から手伝うね、動画編集」
「私もいつでも。ああでも、音楽教室の時は少し抜けるかも」
「おっけ。和はとりあえず録画の選定して、良さそうな素材だけ渡してくれる? 千景はサクッと教えるから単純なカットをお願い。栞は現時点でやってほしいこと後でチャットするから、音楽教室の先生に事情話して教えてもらえるところを教えてもらって。オッケー?」
『オッケー』
はいオッケーです。
とりあえず千景を連れてパソコン室に向かおうとした廊下で、私は不意に声をかけられた。
この学校で、私に声をかける人間なんて部活の四人くらいしかいない。
このクッソ忙しい時に誰かと思ったが、本当に誰か分からない。女子生徒……ああ三年か。
ただ、千景は誰か分かるようで、私の陰にそっと隠れる。え? ガチで誰?
「あなた、LM部の日真さん、よね。MV見たわ」
「それは、どうも」
何かこの人、私を見る目に敵意があると言うか。
この目はよく知ってる。
無関心って瞳を向けられ続けたからこそ分かる。
しんどいんだよなあ、この目をされると面倒でさ。
「桜夏ちゃん、吹奏楽部の、部長さん、だよ」
「ああ。私らにケチ付けてきたって言う」
「正当な意見だと思うけれど、丁度いいわ。話は聞いているかしら?」
「ああ、そっちから先に説明に言ったんすね、先生。もちろん、受けますよ」
「私たち、本気で先輩たちが積み上げて来た伝統の金賞を取りに行ってるの。何の想いもない遊びなら、練習場所も部費も足りてないから、こちらに回してくれないかしら。視聴覚室とか。別に、練習する分には構わないから」
これは私が明確に苦手な物だった。
部活を初めて突きつけられた、明確な敵意。くっそ、たいぎいなあ本当に。
しかもまあ、私たちが向こうの歴史を知らないように、向こうも私たちを全く知らない。ぶっちゃけ、本気で練習してるのに場所や機材を使う私たちを良く思わないのは、正しいと思う。
だからこの話はいは本当に不毛なんだ。
「一から、伝統を作るのが、私たちよりも偉い、証明なんでしょうか」
と、後ろにいた千景が震える声で言った。
「皆さんの方が、たぶん正しいです。でも、私、写真部と兼部してるんですけど、写真と一緒で、いろんな場面を見てもらえませんか?」
気づけば千景は、言いたいことが言えるやつになってたんじゃな。怖いじゃろうに、自分のためじゃなく、人のために生きることで自分の居場所を作っとったのに。
今は、自分じゃなくて、自分たち、ウチらのために、勇気を出してくれた。
毎回毎回、本当にウチは、頼りない部長じゃ。
私は部長の前に立って、思いっきり、頭を下げた。
「不快にさせたんじゃったらすんません! でも、ウチらだって本気だから、黙って見とってください! それでダメならもう何にも言わんから」
頭を上げると、不思議そうな顔をする先輩と目が合った。
向こうに言いたいことは聞いた。こっちの言いたいことも、言った。部を代表するみたいな形で言っちゃったけど、たぶん皆、許してくれると思う
「わかった。じゃあ、やりましょう。別にあなたたちのことが嫌いってわけじゃない。ただ、こういう勝負がしてみたかったの。頑張って。素人だらけの、LMさん」
別にそれでいい。ウチらは全員素人に毛が生えたレベルと素人の集まりだから。
アニメとか漫画みたいに、突然上手くなったりするわけでもない。ご都合主義的に何か一発逆転がある訳でもない。一番つらいのは、初心者の栞。
だけど、一番見られんのは……ウチじゃ。
「あの、桜夏ちゃん!」
「え、ん? 何?」
「ちょっと、付き合ってくれる?」
そう言われてついて行ったのは、写真部の部室だった。
私は少し入り口で待つように言われたけど、じゃあ連れてこられた意味が分からないので、そっと扉を開けて中の様子を伺った。
確か、展示会が終わって、今は何をしているか分かんないけど、相変わらず忙しく準備をしているようだった。
ホワイトボードにはカレンダーと工程表と書いた紙が貼ってあった。
本当に、全校生徒全員の青春を余すことなく切り取ってるんじゃないか? この部は。
大勢が集まっているみたい。何かの話し合いの中に千景は飛び込んでいく形だった。
絶対、嫌いなシチュエーションだろうし、ぶっちゃけこうやって人前に立つ千景を初めて見た。
本当になんでわたしはここにいるんだろうね。
「あの、皆、ごめんなさい……私、今、LM部を兼部してて……その、そっちで今度、絶対に、皆で全力で完成させたいライブが、あります」
少し、驚いた。LM部は私の周りの小さな世界の話しだった。こうやって、他の部に私たちのことが知られて行くのは、妙な感覚だった。
それに、千景からLM部の話が出るのもちょっと意外だ。千景にとって音楽は写真の次に好きなもので、まあ言ってしまえば趣味みたいなものだと思っていたのに、全力で完成させたいライブ、か。
「だから、その、お手伝い出来ない部分が増えると言うか、私の作業の分を、負担してしまうかもしれなくて、ごめんなさい」
頭を下げた。
少しいたたまれなくなった。千景にとって、誰かのために動くってことは、自分の居場所を作ることと同義。必要とされることが、千景の処世術。
だけど今、千景は自分からその居場所を、手放したんだ。
相当な勇気だったと思う。だけど、私は全く心配していなかった。
千景って、ちゃんと皆の中に居場所があるんだぜ?
「何々、早く言ってよ、ごめんな、おい、今から作業調整すんぞー」
「本当だよ、逆にそんなに大変なのに仕事いれちゃっててごめんね?」
「今まで仕事任せ過ぎなんだよ。ていうかライブだっけ? 何やんの?」
「えっと……キーボードを」
「あー、っぽいぽい。絶対見るからあとでグループチャットで教えといてよ」
「頑張って来な。俺らって傍から見たらパッとしない文化部だけどさ、人の応援はガチで負けねえから」
「用事それだけなら戻るけど、他になんかある?」
「あ、大丈夫、です」
「おっけー。んじゃあ、調整するのと、あとあれだ、今年の甲子園ウチらの学校出るからバス用意しとくように先生に言わねえと。サッカー部の選手権は現地集合で」
また会議が白熱した辺りで、千景は扉をがらっと開けると、胸を押さえて壁に背中を貼り付け、そのままずりずりと私の横にへたり込んだ。
本当に、変わったのかそれとも、本来はちゃんと自分で言える奴だったのかわからんけどさ。
すごい勇気だったよ。
俯いて顔を服の袖で擦る千景の頭に、私は手をポンッと置いた。
「やるじゃん」
「……別に、写真の次じゃないから」
「ん?」
「音楽も、写真と同じくらい好きだから。私が憧れた、桜夏ちゃんの音楽」
「……ん」
うだるような夏の暑さの中、蝉時雨が、私たちの青春の中を駆け巡る。
視聴覚室でようやく四人合わせて練習を始めて一週間。夏休みも折り返しというところ。
私たちFRAMEはようやく始まったと言うのに、とある報せが、無情にも突き刺さった。
視聴覚室に現れたのは顧問の先生と、三年生の生徒会長。マジで見たことない生徒会の本当に知らないトップだ。
私、本当に放課後以外寝ているんだと思う。
各々が楽器の演奏を辞めて、突然入ってきた二人の言葉に何も返せない。
ただ轟々と鳴るエアコンの音が妙にうるさく感じた。
「生徒会長。もう一度」
「正式にLM部は休部状態から再び部として成立しましたが、予算を出す上で他の部から、よく知らない部活に予算が分配されてこちらが削られる意味が分からないと不満が上がっています」
「誰がそんなことを?」
と、和は買ったばかりのスティックをへし折りかける勢いでに握りしめる。
しかも全然殺すけど、などとゲームと現実が曖昧になってしまっている発言も続いた。
あとたぶん本気でフィジカルがあるから全然冗談では済まない。
「別に部費の分配自体はなくても構わないけれど、よく分からない部だなんて言われるほど、今のLM部は統一性や実質性を欠いているわけではないし、実績がないわけじゃない。むしろ、教育機関における部活と言う中では初心者が高校生から楽器に興味を持って始めると言うのは理に適っていると思うけれど」
栞はこういう時、本当に頼りになるし本当に怖い。正論でしっかりと殴ってくる上にそれが悪いと本当に思ってない。根っからのインファイターだ。
私や千景が草食動物な分、二匹の肉食動物がいるのは頼もしい。
「まず部費ですが、今使用している楽器メンテナンスを部員負担にするわけにはいかないと先生から言われたため盛り込みました。これは現実的に最低限必要な費用です。そして現在は、部長の日真さんや安心院さんがパソコン室を占拠しており、普段の活動でこの視聴覚室を部室とするのは疑義がある。構成している生徒の兼部も多い。実績もライブMVを制作しているだけで音楽活動としては微妙です。金賞を取っている吹奏楽部や、公演経験もあり、老人ホームへの演奏など積極的な対外活動を行うジャズ部。このジャズ部がそもそも似通っていると言う声もあり、合唱部も室内練習に視聴覚室を使いたい、と。それら既に歴史と実績のある部活に吸収される方が合理的という判断です」
生徒会長もシンプルな正論を展開し、両者一歩も退かない状態だった。
こうやって言われるとまあ……私たちって好き勝手してるよなぁ。
「まあパソコン室の件は成績優秀者の安心院さんと、編集という側面で必要だと言うのは私個人も認めています。また、私は内申点のために生徒会長になり、今は生徒の意見という名の愚痴やガキっぽい感情の受け皿になりつつ教師の操り人形であり、今話したことに私の個人的意見は介在していません。今目の前に立っているのはほぼアンドロイドみたいなものです」
何だこの生徒会長は。こんなにあっけらかんに言うことってあるのかな。
ああそうだ。もう任期が短いからどうでもいいんだきっと。
「こうなればもう、理では動かない。感情で動かす」
ここまですべてを生徒会長に押し付けていた先生がようやく口を開いた。
しかもなんか深そうなこと言ってるけど内容はまるで話してないと言うすかすかぶりだった。
だから私は大人に期待が持てない。困ったときにすごい遠いところから手を差し伸べるから握る方に努力がいる。
「あの、その感情とやらはどうしたら動くんですか?」
「ライブ配信だ」
「ら……はい?」
「既に歴史のある混成音楽部VS君たちLM部で配信ライブを行い、コメント欄の生徒にどっちが良かったかを決めてもらう。ついでに県内の2校にも限定配信を行うものとする」
「ちょっとちょっと、先生! 先生!」
「先生は確かに三十代で学年主任を任せられた先生だ。だが、ぶっちゃけ今の立場に満足はしていない。何度も転職だって考えた」
「先生の先生話は聞いてません! 無理ですよ!」
「もし成功すれば、私は進退を懸けても君たちを認めさせることを約束する。期限は二週間後。夏休みのほぼ終わりにゲリラ的にURLをばら撒く。場所はせっかくなのでライブ会場を借りる。それでもし滑ることになれば君たちは部活的にも学園的にも、そういうことだ」
「いやいやいや、私たちは全員陰キャで友達この四人しかいないし! なんでそんなデスゲームしないといけないんですか! そもそも私たち友達だよね!?」
「友達だろ」
「ありがとう! とにかく、全校生徒どころか他校はガチでヤバいです。私、同じクラスメイトの名前も知らないのに!」
「同じクラスくらい覚えようよ桜夏ちゃん……」
「それについては担任の先生に言っておく。自信が、ないのか。負ける前提で話しているが、日真さんが作ったLM部はそんなものなのか」
「集まったばかりなんだって――」
ボン――
ベースの音が、響いた。
この一週間、週の中でいつかある短期教室を受けた後、正式に音楽教室へ通うことにした栞の奏でる音。
やっぱり、良いベースを使ってる姿は様になる。
栞はゆっくりと息を吸うと、たった一言「やる」と言った。
私は必死に止めようとしたのに、声が出なかった。
わかってるの? 栞、あなたが言っていることが、どういうことなのか。
当の本人は真剣だし、他のふたりも完全に同調していた。現実が、空回っているような、嫌な感じがした。
だって、この中で一番歴が浅いのも、ミスや緊張で上手く弾けなくなる可能性があるのも、全部、栞が一番高いんだ。
正直、人前でミスは怖い。それも相手は金賞を取る程の吹奏楽部や他の音楽系の部活で構成された合同部。
聞いている生徒も、スマホやパソコンで見るライブだと、この間の路上ライブみたいな非日常感の魔法をかけられない。
純粋に、音楽で表現しないといけない。
わかってるの? 一番きついの、あんただよ? 栞。
だけど……どうしてって聞かれたら困るけど、反対できなかった。
栞にとっては、一世一代。その上で勇気を出して「やる」と言ったんだ。
そんな状況を前に、部長の私がこんなのでいいのか?
今、この四人の中で覚悟は決まっていないのは、私だけなんだぞ、桜夏。
ああもう、いいよ、変なスイッチを入れた責任、取らせてやる。
「やってやるよ!」
「よう言った、部長」
「うん。ちょっと、私もムカッとしちゃったし」
「決まりだな。2週間後。先生な、楽しみにしてるからな。一応三日前くらいから配信する学校からのお報せの中にURLを混ぜ続ける。音楽の先生にも頼み込んでおく」
「先生。マジ、ウチらが勝ったらアイスで」
「アイスケーキを買うと約束しよう」
先生たちを見送りながら、私たちは唐突に決まったライブに向けて夏合宿を行うことにした。
というかマジで勉強漬けの時よろしく今回は音楽漬けにしないとたぶん話にならない。
吹奏楽部って1位とか2位とかの概念がないし、金賞と銀賞にも明確な差がある。金賞とはつまり、圧倒的なんだって、聞いたことがある。
「とりあえず今日は解散。私、和の動画の弾作っとくから、皆いつから合わせ行ける?」
「私は明日から行けるよ。ゲームの大会は、入るかもしれないけど予定ではまだ先」
「私もいけるよ。あ、そうだ今から手伝うね、動画編集」
「私もいつでも。ああでも、音楽教室の時は少し抜けるかも」
「おっけ。和はとりあえず録画の選定して、良さそうな素材だけ渡してくれる? 千景はサクッと教えるから単純なカットをお願い。栞は現時点でやってほしいこと後でチャットするから、音楽教室の先生に事情話して教えてもらえるところを教えてもらって。オッケー?」
『オッケー』
はいオッケーです。
とりあえず千景を連れてパソコン室に向かおうとした廊下で、私は不意に声をかけられた。
この学校で、私に声をかける人間なんて部活の四人くらいしかいない。
このクッソ忙しい時に誰かと思ったが、本当に誰か分からない。女子生徒……ああ三年か。
ただ、千景は誰か分かるようで、私の陰にそっと隠れる。え? ガチで誰?
「あなた、LM部の日真さん、よね。MV見たわ」
「それは、どうも」
何かこの人、私を見る目に敵意があると言うか。
この目はよく知ってる。
無関心って瞳を向けられ続けたからこそ分かる。
しんどいんだよなあ、この目をされると面倒でさ。
「桜夏ちゃん、吹奏楽部の、部長さん、だよ」
「ああ。私らにケチ付けてきたって言う」
「正当な意見だと思うけれど、丁度いいわ。話は聞いているかしら?」
「ああ、そっちから先に説明に言ったんすね、先生。もちろん、受けますよ」
「私たち、本気で先輩たちが積み上げて来た伝統の金賞を取りに行ってるの。何の想いもない遊びなら、練習場所も部費も足りてないから、こちらに回してくれないかしら。視聴覚室とか。別に、練習する分には構わないから」
これは私が明確に苦手な物だった。
部活を初めて突きつけられた、明確な敵意。くっそ、たいぎいなあ本当に。
しかもまあ、私たちが向こうの歴史を知らないように、向こうも私たちを全く知らない。ぶっちゃけ、本気で練習してるのに場所や機材を使う私たちを良く思わないのは、正しいと思う。
だからこの話はいは本当に不毛なんだ。
「一から、伝統を作るのが、私たちよりも偉い、証明なんでしょうか」
と、後ろにいた千景が震える声で言った。
「皆さんの方が、たぶん正しいです。でも、私、写真部と兼部してるんですけど、写真と一緒で、いろんな場面を見てもらえませんか?」
気づけば千景は、言いたいことが言えるやつになってたんじゃな。怖いじゃろうに、自分のためじゃなく、人のために生きることで自分の居場所を作っとったのに。
今は、自分じゃなくて、自分たち、ウチらのために、勇気を出してくれた。
毎回毎回、本当にウチは、頼りない部長じゃ。
私は部長の前に立って、思いっきり、頭を下げた。
「不快にさせたんじゃったらすんません! でも、ウチらだって本気だから、黙って見とってください! それでダメならもう何にも言わんから」
頭を上げると、不思議そうな顔をする先輩と目が合った。
向こうに言いたいことは聞いた。こっちの言いたいことも、言った。部を代表するみたいな形で言っちゃったけど、たぶん皆、許してくれると思う
「わかった。じゃあ、やりましょう。別にあなたたちのことが嫌いってわけじゃない。ただ、こういう勝負がしてみたかったの。頑張って。素人だらけの、LMさん」
別にそれでいい。ウチらは全員素人に毛が生えたレベルと素人の集まりだから。
アニメとか漫画みたいに、突然上手くなったりするわけでもない。ご都合主義的に何か一発逆転がある訳でもない。一番つらいのは、初心者の栞。
だけど、一番見られんのは……ウチじゃ。
「あの、桜夏ちゃん!」
「え、ん? 何?」
「ちょっと、付き合ってくれる?」
そう言われてついて行ったのは、写真部の部室だった。
私は少し入り口で待つように言われたけど、じゃあ連れてこられた意味が分からないので、そっと扉を開けて中の様子を伺った。
確か、展示会が終わって、今は何をしているか分かんないけど、相変わらず忙しく準備をしているようだった。
ホワイトボードにはカレンダーと工程表と書いた紙が貼ってあった。
本当に、全校生徒全員の青春を余すことなく切り取ってるんじゃないか? この部は。
大勢が集まっているみたい。何かの話し合いの中に千景は飛び込んでいく形だった。
絶対、嫌いなシチュエーションだろうし、ぶっちゃけこうやって人前に立つ千景を初めて見た。
本当になんでわたしはここにいるんだろうね。
「あの、皆、ごめんなさい……私、今、LM部を兼部してて……その、そっちで今度、絶対に、皆で全力で完成させたいライブが、あります」
少し、驚いた。LM部は私の周りの小さな世界の話しだった。こうやって、他の部に私たちのことが知られて行くのは、妙な感覚だった。
それに、千景からLM部の話が出るのもちょっと意外だ。千景にとって音楽は写真の次に好きなもので、まあ言ってしまえば趣味みたいなものだと思っていたのに、全力で完成させたいライブ、か。
「だから、その、お手伝い出来ない部分が増えると言うか、私の作業の分を、負担してしまうかもしれなくて、ごめんなさい」
頭を下げた。
少しいたたまれなくなった。千景にとって、誰かのために動くってことは、自分の居場所を作ることと同義。必要とされることが、千景の処世術。
だけど今、千景は自分からその居場所を、手放したんだ。
相当な勇気だったと思う。だけど、私は全く心配していなかった。
千景って、ちゃんと皆の中に居場所があるんだぜ?
「何々、早く言ってよ、ごめんな、おい、今から作業調整すんぞー」
「本当だよ、逆にそんなに大変なのに仕事いれちゃっててごめんね?」
「今まで仕事任せ過ぎなんだよ。ていうかライブだっけ? 何やんの?」
「えっと……キーボードを」
「あー、っぽいぽい。絶対見るからあとでグループチャットで教えといてよ」
「頑張って来な。俺らって傍から見たらパッとしない文化部だけどさ、人の応援はガチで負けねえから」
「用事それだけなら戻るけど、他になんかある?」
「あ、大丈夫、です」
「おっけー。んじゃあ、調整するのと、あとあれだ、今年の甲子園ウチらの学校出るからバス用意しとくように先生に言わねえと。サッカー部の選手権は現地集合で」
また会議が白熱した辺りで、千景は扉をがらっと開けると、胸を押さえて壁に背中を貼り付け、そのままずりずりと私の横にへたり込んだ。
本当に、変わったのかそれとも、本来はちゃんと自分で言える奴だったのかわからんけどさ。
すごい勇気だったよ。
俯いて顔を服の袖で擦る千景の頭に、私は手をポンッと置いた。
「やるじゃん」
「……別に、写真の次じゃないから」
「ん?」
「音楽も、写真と同じくらい好きだから。私が憧れた、桜夏ちゃんの音楽」
「……ん」
うだるような夏の暑さの中、蝉時雨が、私たちの青春の中を駆け巡る。
