夢はきっと全部青春でできている

「ベース?」

 栞はゆっくりと、ベースコーナーに近づいて行って、ボディを軽く撫でた。

「はい。ベースは低音でルート音を支え、ドラムが刻むリズムと、ギターが奏でるメロディの橋渡しとなるバンドのまさに要です。言うなれば、バンドのノリをコントロールする司令塔。いくらギターやキーボードがコードを弾いても最も低い音、これをルート音と言いますが、ルート音を決めるのはベースです。土台であるが故に、観客は最も直感的にベースの音を理解するでしょう」
「全部その通りです。極端な言い方になるけど、曲に迫力を持たせる土台だよ。実はねぇ、栞がやるならベースかなぁとは思ってた」

 これは別にベースが空いていたと言う話じゃない。
 栞が本気でギターをやりたいって言うならギター二人か、もしくは私がベースへ転向するつもりだった。
 でも、このメンツで一番芯があって、一番ブレないのはどう考えても栞だ。
 氷――
 その冷たさは時に悪い意味で使われがちだけど、私は最初から、歳不相応な冷静さは栞の魅力だと思っていた。

「ベース……あの!」
「もちろん、すぐご準備いたします」

 さすができる店員さんは仕事の速さが違うな。
 さて……。
 私はギターコーナーを振り返った。
 うっわ、いいなぁ、やっぱギター。
 ああでも、ソフト買ったから全然お金ないし……なんで月額なんだよあのソフト。
 ていうかさ、もしお金があったら私、ギターを買うのかな。
 皆に出会えて、今もこうして栞の新しい趣味って言うか門出って言うか、挑戦に立ち会えている。
 これしかないと思って、好きなことを続けるつもりだったけど、ごめんね、1年目で自分に自信がなくてこけちゃった。

「お客様も、試奏されますか?」
「ああ、いや、大丈夫です。それより栞、どれ弾くの?」

 慌てて栞の方に寄った。
 それにたぶん、私が今お金を使うなら、ギターじゃなく、編集用のパソコン、だと思う。
 出来ることが大きくなった分、家にあるノートパソコンじゃスペックが全然足りないし。

「どれがいいとか、そういう目安ってあるの?」
「持ちやすさと見た目。まあ前者は言わずもがなだけど、楽器って高いからさ、練習続くようにモチベーションを高めるって意味でも好きな見た目のがいいと思うよ」
「定番で言うと、アニメのキャラクターが使っていたりとか、あとは有名楽曲を演奏するバンドマンが使っている物、ですかね」

 まあ、中にはアニメから始めた人間を冷笑する人もいる訳だけど、私は良いと思う。
 どうせ続くか続かないかはその人次第だし、店員さんも買ってくれれば別になんだっていいだろうし。
 この楽器店は丁度私たちの部活名にある、LM楽器に力を入れているらしく、ベースの数もまあまあある。後々いいやつ見つけた、ってことはないと思う。有名どころは揃ってるし。

「この青、素敵」
「ヤマハ、ですね。言わずと知れた世界的にも最大規模の楽器企業。国産ならではの安心感と歴史が確かな技術に裏付けされたブランドです。こちらのブルーは限定色になってます」
「ジャズべ―ス、ジャズベだね。この箸置きみたいなのが音を拾うピックアップっていうんだけど、これが独立してるから音を幅広く表現できるし、ジャズべはこのネックが細いから女性でも扱いやすいんだぁ」
「そうなんだ……これ、どうやって弾くの?」
「構えは同じ。押さえるのは、ここ、と、ここで」
「弦が太いのね」
「だからこそ、しっかりとした音を奏でてくれるよ。じゃあはい、どうぞ」

 ボン――

 あー、さすがに良い楽器だから良い音するなぁ。
 ベースの音って沁みるよねぇ。

「「beautiful」」

 私と店員さんでハモった。音もそうだがベースに会う女だな、この人は本当に。
 まあでもたぶん、栞はベースを担当してもらうことになると思うから、あとはアウトレットか……私の家にベースってあったっけ。それをとりあえず貸して……。

「これ買います」
「か、っはあ、え? ちょ、これ、買う、の?」
「ええ。私の創作脳を強く刺激された。これが良いわ」
「いやいやいや、たっかいよ? ベースなら取り敢えず家にあるか探すから」
「これにする。店員さん、これにします」
「ありがとうございます」
「お金は?」
「あるわよ」

 鞄の中から出てきたのは銀行の封筒だ。中には札が数十枚入っていて思わず目が眩む。
 輝いていないのに直視できない眩さがあった。

「え、これ、大丈夫なお金?」
「両親から生活費を送られているんだけど、全然使わないからその余り。あなたに連れてこられなくても、私から連れて行って一緒に選んでもらうつもりだったから」

 ああそうだ。この人お嬢様だった……まあそうでなくともたぶん、ずっと小説書いてて他にお金を使うこともなかったんだろうけど。
 しかし、若さからか思い切りが良いねぇ。
 私にもその思いきりと、まっすぐ進む意思があればとは、思いません。
 栞が艱難辛苦を乗り越えたからこその決断だ。素直に脱帽しよう。

「では、アンプやシールド、あとは一応スタンドやチューナー、ピック、あとは教本などをご提案させてください」
「あ、お願いします」

 店員さんは取り敢えず商品をレジ奥に下げ、戻って来たかと思ったらエレキギターの準備を始めた。物はギブソンのレスポール。
 何をしているのかと私は首を傾げたが、店員さんは笑顔でそのままギターを差し出してきた。

「準備が終わるまで、ぜひご試奏を」
「いやでも……」

 確かに、今使っている物はかなり古いから、もう一本、今度は自分の意志で持ってもいいかもしれない。
 でも、そのお金は……私が本当にやりたいことって、何なんだろう。

「では置いておきますので、ご自由にお使いください。お客様、アクセサリを選んでいきましょう。ストラップなどもないようでしたら一式そろえた方がよろしいかと思いますので」

 栞が連れていかれ、目の前に置かれたギターを私は恐る恐る手に取って、抱えた。
 ああ、どうしたってしっくりくる。これ弾くと、たぶんほしくなっちゃうんだろうなぁ。
 まあでも……編集で稼いで、楽器を買えばいいか。
 チューニングを済ませて、軽く鳴らす。うっわ、クッソイイ。木か? さすがに木がいいのか?
 テンション上がっちゃうなぁ。
 丁度、オリジナルソングの練習をしていなかったので演奏をスタートすると、どこからともなく、ドラムのビートとキーボードの伴奏が、私の曲を作っていく。
 あいつら……耳は良いな本当に。
 顔は見えない。弾いてる姿なんて見える訳もない状況で、私たちが、音楽を作る。
 わかる。弾く度に、拍子が重なる度に、笑ってんだろうなって言うのがよく分かる。
 いつもあんたたちの下支えをやってるんだから、今日くらい、この私を盛り立てなさい。
 ひとりで演奏するのもいいけど、こうやってみんなでやるのもいいなぁ。今度MVを作ってみよう。どうしよっかな、LM部のチャンネル作ろうかなぁ。
 って……編集のことばっかだなホントに。
 まあその編集も、和がプロになったらどうすればいいのかなって思うけどね。プロになったら和には担当編集が着くだろうし、そうなったら、私はどうしようかな。
 ゲーミングチームは色々と調べた。皆編集の技術が凄いし、やっぱ何年もやってるからとても見やすい。あとディレクターがいて編集者でチームを組んでしっかり組織化されてるし。
 編集する内に和の魅力が分かった。やっぱ普通に強い。
 見つけられさえすれば、あいつは絶対上に行く、と思う。
 トライアウトもちょこちょこ受けてるらしいけど、いつも結果は聞いてないし、積極的にプロになろうとしてないみたいだからなんともだけど。

「ちょっと」
「え? あ、栞、どうした?」
「仲間外れに、しないでよ」

 気恥ずかしそうな表情でそっぽを向く。普段あんなに人の目を見て話す癖に、可愛いな。

「ごめんごめん。これ終わったら一回学校行こ。そこで練習すればいいよ」
「そうね。あと、夏の短期教室って言うの応募したから、だから……先で待ってて。練習して追いついて見せるから」
「え!? 行動力すっご」
「じゃないと、皆に追いつけないでしょ。私、そういうのが嫌だから」
「らっしいなぁ、本当に」
「うーい、決まった? ていうか、何か買うの?」
「ベース」
「へーいいじゃん。っぽいっぽい」
「どれにしたの?」
「あそこ。プライス見える?」
「た……え、私も、キーボード買おうかな……いつまでも借りてちゃ悪いし」
「いいよいいよ。楽器なんて使ってもらった方が良いに決まってんだから」

 これで四人揃った。
 ギターと、ほぼ初心者のドラムとジャンル未履修のキーボードと完全初心者のベース。
 いやぁ、怖いなぁ。良かった、部活で。
 これで動画にしたりとかライブハウス行けばもう、反応がなくてきっと絶望した後楽器を捨てる。
 今の私に全員を引っ張っていける自信も技術もないしね。

「桜夏」
「ん? 何?」

 和が真面目そうな顔で、私の肩を叩く。振り返ると人差し指が立っていてほっぺに突き刺さった。
 もう面倒なので適当に払ったが、用事自体はあったらしく、そのまま話し始めた。

「バンド名、何にするの?」
「え? あー、そうだそっか。LM部じゃダメなんだよね、そういや。ええっと、皆は?」

 顎に手をやって考えながら皆を見ると、何故か、ちょっとだけ笑いながら黙っていた。
 全員の視線が私に注がれて、誰も自分の意見なんか端からないみたいな顔だった。
 え? 何これ。なんで私こんな注目されてるの?

「桜夏が始めたバンドだ」
「え?」
「私たちは偶然、LM部に入ったけど、きっかけは桜夏ちゃんの演奏に惹きつけられたからだよ」
「まあ、そうね。それで合ってる」
「いやでも、皆のバンドでもあるし、どうすんの? 変なの付けたら」
「私、格ゲーやってる時、1フレームで泣くことあるし、1Fに全神経集中させる時あるんだけどさ。やってること全く違うけど、桜夏は音楽も編集も全力で向き合ってるのを見てきてんだよね。だから、変なのになってもいい。それが私たちの色になる」
「んな無茶苦茶な……」

 そういうセンスがないから栞に歌詞を任せたわけだし……どうしようかな。
 和の格ゲー、千景の写真、栞の小説、それと私の編集。
 私たちはお世辞にも同じ方向を向いているとは言えない。こんなにもバラバラな私たちを共通して言える言葉なんてあるわけがない。
 私たちに共通の言葉……いや、待って、何か、出てきそう。

「フレームだ……」
「ん?」
「フレーム。和の格ゲーってフレームが大事なんでしょ? プラスとかマイナスとかよく言ってるし」
「そうだね。技が通るかとか、反撃を喰らうとか」
「千景、カメラってフレームって言葉よく使うよね」
「うん。使うよ。ほら、指でもよくやるけど、これ案外使えるんだよ」
「栞の小説は表紙が、フレームって意味なかったっけ」
「その通りよ。現代のライトノベルは特に表紙の絵師で人気が決まることもある、なんて話もある」
「私の編集はフレームの連続だし、何より私たちは、夢のためにこう、青春を切り取る、みたいなとこあるし」
「最後まで言い切れたらカッコよかったのにな」
「だね」
「そうね」
「なんだよー、頑張って考えたのに」
「良いと思うよ。私たちのバンド名は――」

――FRAMEだ――