夢はきっと全部青春でできている

 夏を形容する時、私は爛漫とか燦々とか、春でも夏でも使える言葉で表す。
 何せ、夏も春も私の季節。四季の内二季が私の季節。何が言いたいかというと、夏休みです。
 いやあもう、玄関飛び出した瞬間のうだるような暑さったらありえないね。
 日光の殺人衝動を全身に受けながら私の高校生活が始まります。
 スマホに通知が入る。もう皆到着しているらしかった。
 なんで別に遅れてるわけでもない私が一番遅いのか分かんないけど、走るか。
 学校からまあまあ離れた商店街。懐かしいなここ、もう一か月前の話なのか……。
 ここで路上ライブして、私たちのLM部は本格的に始まった、気がする。

「お、きたきた。遅いぞ、桜夏」
「遅くねーわ。皆が速すぎんだって」

 和はオフショルのトップスにショートパンツ。涼しげなサンダルを履いていて、まるで夏を着ているようだ

「桜夏ちゃんおはよう。ちょっと久しぶりだね」
「千景は焼けたなぁ」

 千景は白いワンピース。日除けのために麦わら帽子を被っていたが、真っ黒に焼けてる。
 あれかな、ちょこちょこ写真がグループチャットに送られていたから日焼けするのも忘れて撮影に没頭していたのかな。
 意外と写真部ってアウトドアだよなぁ。被写体がどうしても外にあるから。

「あなた、走ってきたの? ほら、タオル貸してあげるから汗拭きなさい」

 栞は、ブラウスに網目の荒いサマージャケットと黒のジーパン。あとはキャップを被っていてめちゃめちゃストリートな感じでかっこいい。
 タオルをもらって汗を拭く私の服装はちょっと子供っぽい気がするけどまあ良い。別にナンパしに行くわけじゃないんだから。

「あっつ。中入ろ。空調、文明が生み出した神なる物の恩恵を受けないと死ぬ」
「桜夏ちゃん、変な言葉がスラスラ出て来るよね。たまに発作起こしてテンションおかしくなる時も意味不明だもん」
「そうだな。桜夏は黙ってるとそこそこかわいいんだけどなぁ」
「フォッサマグナが何だって?」
「世界史のやり過ぎね。それで? 桜夏。ここって楽器屋さんよね。何をしに来たの?」

 ああ、そうだそうだ、と私はパタパタ手で仰ぐのを辞めて栞へ向き直った。

「ようこそ、LM部へ」
「え?」
「あんたの楽器探しに来たに決まってんでしょ。ああ別に、買うとかじゃなくていいよ。何するか決めに来た感じだからフラットにね」
「お、電子ドラムセットあんじゃん。店員さーん、使っていいっすかー?」
「大丈夫ですよ。そちら新作でして、こちらのアンプに繋いでいただくか、こちらのヘッドセットで本物に近い音楽体験が出来ます。メッシュ加工してあるので打ち心地も評判いいですよ」
「あ、あの、私もこのキーボード、試したいです」
「どうぞどうぞ。そちらはシンセサイザー、色々な音やリズムを合成加工するもので、重荷音作りに最適です。演奏用でしたらその隣もおすすめですよ」

 二人もすっかり音楽人だな。こう言うところに来て、自分の使ってる楽器を見てテンション上がって試したくなるって。
 ああそうだ、私も新曲作んないとなぁ。後でMIDIキーボードとか見てみよっと。

「ええっと、栞はさ、バンドって大体どんなのか分かる?」
「ええ。一通りは。何本か映画やアニメも見たわ」
「はは、さっすが小説家志望。んっとね、私がギターと、予定ではボーカル。和がドラムで千景がキーボード」
「そう。じゃあ、空いてるのは……」
「あー、ううん。良いよ気にしないで。全部触ってやりたいの決めな」
「でも、私は一番最後に……」
「だっから、そんなの楽しくないから気にしないでって。和は器用で別にギターやらせても上手くいくだろうし、千景も別の楽器にチャレンジ自体は嫌いじゃないと思うし。ね? 栞の音楽をさがそ?」
「ぜひ私にもそのお手伝いをさせてください」

 声をかけてくれたのは、路上ライブの日に担当してくれた店員さんだ。
 良かった。私はギター以外はあんまりわからないし、たぶん試奏に店員さんが必要だろうし。

「路上ライブの時はお世話になりました」
「いえいえ。あれで音楽教室に通ってくれた子、どんどん上達していってますよ」
「お、それは、嬉しいっすね」

 店員さんは笑顔で教えてくれた後、すぐに楽器スペシャリストの顔つきに変わった。
ドラムやキーボードの説明の後、いよいよギターの説明に入った。

「ギターはバンドの花形です。四人バンドで既にギターがいるとのことでしたが、例えばお客様がボーカルに集中される間、音を支えることで演奏そのものは最も目立つポジションになります」
「だねぇ。私も別に器用じゃないから歌ってる間はどうしてもね」

 移動していくと、ギターコーナーに着いた。左がアコースティックギターことアコギ。
 右側はエレキギターで、このお店はエレキの方が多く置いてある。
 アコギは自分から鳴ってくれるが、エレキギターはアンプを通して初めて、本来の音になる。私はそういう手のかかる部分も結構好きだったりする。
 ちなみに弦自体は鳴るから、まあまあうっさい。

「こちらがエントリーモデル、こちらからは、初心者の方でも音の良さがわかり始めるミドルモデルで、ここから先がハイエンドモデルとなります。ああ、失礼しました、エレキ、でよろしかったですか?」
「ばっちりです。懐かしいなぁ。私も最初はスクワイアを弾いてたっけ」
「桜夏は今、何使ってるの?」
「んっとねー、古いからさすがにないけど、これかな」

 オレンジ色のギターを指さした。ストラトキャスターでたぶんアニメとか見てる人がいるなら、最初にエレキギターって聞いて想像する方、かな。ああどうだろ、レスポールの方が多いのかな。
 でも、少なくとも私にとっては思い出のギターだ。

「Fender社のストラトキャスターですね。さすがにお目が高い」
「随分、お値段するのね」
「私のはパパのお下がりだけどね。まあギター自体も最近高くなってますよね?」
「仰る通りです。どうしてもギターに使われる木材の高騰や輸入費用の高騰など様々です。ぶっちゃけて言いましょう。買うなら今です」

 ギターを見上げる栞の顔は、まるでクリスマスにショーウィンドウを眺める子供のようにキラキラしていた。
 やっぱり、宝石みたいな人だな。見る方向が違うだけで、こんなに魅力的なんだ。
 楽器屋さんに吊り下げられたどのギターよりも、良い顔をしている。

「ぜひ触ってみてください。どうぞこちらへ」

 普段はドラムに使うチェアに案内されて、栞は上品に座った。
 防犯用のブザーを取って、チューナーを使って手早く音を合わせ、シールドを本体とアンプに接続。このお店はマーシャルのアンプを使ってるみたい。
 選んだのは私と同じFenderのストラト。初楽器のドキドキが傍から見ても伝わって来る。

「結構、重いのね」
「意外とね。ええっと、膝組んで、膝の上にギターのくぼみをのっけて。はい、出来ました。あ、ピックあります?」
「もちろんです。どうぞ」

 3種類のピックから選んでって形式みたいだから、柴犬の可愛いやつをチョイス。

「はい、これ持って、ええっと、中指こうして人差し指。うっわ、指綺麗だねぇ」
「ちょっと、恥ずかしいからやめて」
「んじゃ、押さえて、上から一気にジャンって」

 カン――
 ああ、いいね。
 めちゃめちゃ初心者の頃に聞いた音だ。
 まるで缶を蹴飛ばしたみたいな音が鳴っている。
 それからジャラン、シャランと鳴らした後、デンッって音が飛び出した瞬間、私と店員さんは拍手した。

「ふう……あなた、もっと誇った方が良いわよ」
「え? 何を?」
「いや、映像見せてもらったけど、こんなに難しい物を、手足みたいに弾いて、後ろの和まで気にして演奏してたなんて」
「いやいやいや、耳の肥えたライブ会場のお客さんとかが聞いたら終わりよ? ああいう路上ライブで拍手してくれる人はそういう非日常に感動してくれるだけだから」
「……かもしれない。だけど、私にとって、あなたは初めて私の文字を音楽にしてくれた人だし、十分、ギター上手いと思うわよ」

 なんでかなぁ。何でみんな、恥ずかしいなら言わなきゃいいのに、そういう嬉しい言葉を言ってくれるんだろう。
 栞は顔を赤らめて、そっぽを向いて、なのに言ってくれる。なんで、何だろう。

 私なんかのために――

 わからない。嬉しいはずなのに、胸の中がざわつく。褒められ慣れてないから、なのかな。
 ありがとう。そんな簡単な言葉が、口から出て来なかった。

「私、ギターしかないって思ってた。だから、栞が小説しかないって言って、焦ってるの見て、すごく嫌だった。自分を見てるみたいで。きっと私、栞に言ったの、そんなことないって、思ったからというか、自分に――」

 栞は立ち上がって、私の口を指で封じた。

「いいわよ。誰に言った言葉でも、私は、救われたから」
「……あの、鉄臭い」
「え!?」
「ギター弦をしっかり押さえていらっしゃったからですね」
「嘘、ごめんなさい! ハンカチ……」
「ありがとね。ちょっとまだ褒められて自信つけられるようにはなれないけど、ありがと」
「……いつか、桜夏の演奏を誰かが聴く機会があったら、その時私は、桜夏はこんなにかっこいいんだぞ、って言うのを横で叫ぶわ」
「ちょっと、だから恥ずかしいって」
「それでしたら、お客様。こちらはいかがでしょう」

 店員さんの手が指した先にあったのは、ベースコーナーだった。