夢はきっと全部青春でできている

「っと……進路も決めないとダメじゃんか。やっとこうかな、やれることから」

 ウチの学校はテスト期間中の質問については事務的な教師が多い。

 が、進路や夢のことになるとまるで親戚のように親身になってくれる。だからテストはどうでも良いが進路だけは決めろ、とまで言う先生がいるほどだ。

 私が進路調査書を出すと、皆もファイルに入れていた調査書を出した。

 私は空白。和、栞、千景は大学へ進学、って書いていた。

 当たり前の話だけど、私たちは皆、違う進路を進む。こうやって一緒にいる時間は後、一年と少ししかない訳で。

 そう思うと、まだ一年以上あるじゃんと思う反面、皆と一緒にいない時間の方が、きっとこれから圧倒的に長いんだろうなって思う。



「あれ、千景。普通科って……写真は?」



 和の質問に、千景は苦笑した。正直私も同じことを思った。



「さすがに、これで食べて行く自信はないから一般職カナ。ここの地域課で学んだ後、民間に就職するか公務員になるか考えようかなと思ってて」

「なんだ、勿体ないな。私は好きだぞ、千景の写真」

「夢の追い方は人それぞれでしょ。好きなことを趣味程度に続ける人がいれば、就職や進学を機にすっぱりやめる人もいる。千景、あなたは趣味で続けるの?」

「それも分からない、かな。それより、桜夏ちゃんはどうするの? 楽器屋さんとか、シンガーソングライターとか?」

「え? わっからん」

「じゃあ動画編集? 最近すごく上手くなったもんね」

「有料ソフトに切り替えてから、やる気が違うよな、最近の桜夏は。私もその辺聞いときたかった。私の好きに、付き合わせてるんじゃないかって」

「いやそれは百ない」



 今まで適当な返しをしていた私はその質問だけはきっぱりと断った。

 好きに付き合うだけで、正直あの作業は続けられない。仕事か、編集が好きなのかのどちらかだ。

 和はどこか複雑そうに笑った。そうだなぁ、私たちはたまに、伝わってるだろうなって相手を信じるせいで、伝えなきゃいけないことを伝えてないことが多い。



「動画編集ってさ、配信張り付いたり、録画の選定のためにアーカイブ見たり、編集方法勉強したり、馬鹿みたいに大変なんだよ。だから和、あんたに付き合って続けてるほどお人よしじゃない」

「じゃあ、なんでやってるの?」



 思ってもない和の質問に一瞬言葉が詰まった。

 なんでって……そう言えば、好き以外に何か理由を付けなくちゃいけない時、なんて答えよう。



「最初は、頼まれたから。でも、あんたが、その……めっちゃ喜んでくれたから。ギターしかない癖にギターもやれ無くなってた私に、ギター以外の物を教えてくれたのがすっごくうれしかったから。だから今は編集が好きだし、私はあんたをプロにするのが今の夢。恥ずかしいから私の話終わり!」

「……はっず」

「ああ!?」

「はいはい。それで言うと、栞は小説家が夢じゃなかったっけ?」

「ここは両親に薦められてる大学。私はどう転んでも母の会社に入ることになるから。だからせめて在学中に何か結果を出さないといけないの」



 在学中、か。栞が目指しているのは文芸作家じゃなく、ライトノベル作家、のはず。

 今なら小説投稿サイトだったり、新人賞だったりと色々手段は多い。多いからこそ、ライバルも多い。一つの賞に五〇〇作品以上応募されることだってあるらしい。

 その上、栞は売れ線の小説を書こうとすると書き切れなくなるから余計に厳しいだろう。



「皆、夢って、なんだと思う?」

「いつの間にか叶ってるもの」

「追うもの?」

「掴み取るもの」

「え、抽象的なのきたなぁ。ほら、プロゲーマーとか、写真家とか小説家とか、それってどうやってなんのさ」

「まあ大学でなるもんかって言われたら怪しいわな」

「でしょ? ぶっちゃけこれって進学以外のルートなくない? って思うんだけどさ、どうよ」



 全員。とりあえず勉強を辞めてお菓子を摘まんだり、紅茶を飲んで考えていた。

 わかんないよね。まだこんな将来決め打ちみたいなこと言われても。

 ただ、漠然と普通の生活をしている自分が一番想像できないんだよなぁ。



「栞はその分夢がしっかりしてるからいいよね」

「どうかしら。結局叶わないと何の意味もないもの。それよりも、好きな事やってる自分を想像できないのはどうかしら」

「私のこと言ってる? いやだってさあ、そんなの分かんないんだって」

「それに、プロになれるのになろうとしない人とか」

「私? だから、なる時はなるって。なりたくない訳じゃないから」

「あとは、夢にする勇気がない、とかかしら」

「あー、それは、私だね。まあ、うーん、どうなのかなぁ」



 私たちはまだ途中だ。まだ夢も何なのかもよく分かってないけど、ここにいて、色々と考えて悩んで。

 でも前だったらたぶん、そのまま何も吐き出せずに何も出来ずに終わってたと思う。

 今は、厳しい現実とか言葉をかけられてもみんなで全部割ることが出来るから良いなって。

 成り行きというか、やることがなくて始めたLM部と、やりたくて始めた動画編集。

 どうやっても噛み合わない私たちはこうやっていつの間にか、同じ道の途中にいる。

 不思議だな、普通なら、絶対私たちは出会わなかったのに。好きの先には、同じ好きを頑張ってる人がいるのかな。。



「何か、エモいなぁ」

「桜夏ってずっとキモいなぁ」

「誰がクソ陰キャじゃ表出ろや!」

「ちょっと、人のお家で発作はダメだよ桜夏ちゃん!」

「防音だから大丈夫よ……千景、それって……」



 千景は急いで鞄の蓋を閉めた。何があったのか見えないが、栞も特にそれ以上は追及しなかったので私は和にそのまま殴り掛かった。

 だけど私は、人当たりの良さも学力もゲームも現実のフィジカルも負けて何だったら勝てるんだ状態の和に返り討ちにされた。

 楽しいな。今まで勉強なんてクソだと思ってたけど、そっか、目標も何もなくてやらされてたからか。みんなで勉強したら、それだけみんなの夢や気持ちも知れて悪くないって思う。

 テストまでの間、私たちは何度も栞の家にお邪魔した。

 何せ、四人が部活もなく集まれる日は、皮肉なことにこのテスト期間位しかない。

 私は動画編。千景は写真部とLM部。和はLM部とゲーム。栞は特別進学コースのため部活が免除されているから今はLM部と、小説だ。

 この中の誰が欠けてもダメだから、私や千景は必死で勉強した。

 テスト当日、そしてテスト終了までの時間があまりにも長く感じたけど、今日、私たちは全てから解き放たれる。

 手応えはあった。

 白紙提出なんてこともなくて、しっかり全部埋めることが出来た。

 各教科ごとに返されるテストがこんなに重いと感じたことはない。

 何せ、補修やら追試をしている時間はもう、ない。ただでさえ学生の本分とやらを勉強したせいで作業が溜まってるんだからもう最悪ですよそりゃあ。

 ただ、今日の私は違う。全てから解き放たれた、解放少女である。



「ハイ注目!」



 場所は視聴覚室。全員が、テスト返却を済ませた状態で放課後に集まろうとグループチャットに投稿しておいた。

 私たちは全員クラスが違う。ぶっちゃけ学校で放課後以外私たちに接点ないし。

 既に全員集まっていて、和はいつものようにドラムを打ち鳴らし、千景はキーボードの練習。アニソンかな。ふたりでセッションしてるところを、栞が真剣に眺めていた。

 皆私が来ると手を止めて、宣言通り注目してくれた。



「結果発表と、行きましょうか!」



 全員が鞄からテストを取り出して、私たちの運命の羅針盤を高速回転させた。

 頼む……補習への舵だけは取らないでくれ!

 結果――



「お? お、お、おーん、おお! 赤点回避! っしゃセーフ!」



 良かった。全員テストの点数は悪くない。

 千景は平均75点。かなり好成績だと思う。和は何とトップ10入りを果たしていてこいつの頭は一体どうなっているんだと思ってしまう。

 そして栞。なんと英語、国語、そして数学の三教科百点を取り、特別進学クラス2位。特別進学クラスはb別枠で順位付けされている。

 まあでも基本的に一般クラスより点数が良いので恐らく順位がそのまま学年の順位とみていいから学年2位か。

 さすがとしか言えない。

 かくいう私は――



「理科と数学と英語が赤点ギリギリ。国語は80点で……社会100? ちょっと待って、日本史と世界史から出た混合だったのに……あなた、どんな頭をしてるの?」

「昔っから歴史は好きでさぁ。ほらぁ、陰キャの私でも歴史って態度変えないじゃん?」

「桜夏ちゃんも和ちゃんも、やっぱり音楽脳? で勉強できるのかな」

「あのー、和さんと違って私赤点ギリギリで平均点は終わってるんだけど」

「それはさ、桜夏が頑張って私の編集してくれてたからでしょ?」



 いつも人を小ばかにしてくるくせに、甘やかしてくる時はとことん甘やかしてくる。

 しかも、私が言われて嬉しい言葉を、こんな簡単に……私は恥ずかしくて言えないってのに。



「大方、編集で徹夜して授業は全部眠ってたのかしら」

「え?」

「……え? あなた、良く赤点じゃなかったわね」

「これは良くない成功体験だね。ちゃんと赤点取った方が良かったかも?」

「千景まで! はいはい、どうせ私は編集しか能がないですよ」



 その編集も、テスト期間中はさすがに全く触れなかった。いやもう、忙しさ百二十倍でさすがにって感じだった。



「でもねぇ、一週間かな、空いちゃったから再生数馬鹿みたいに下がっちゃって。ああ、和のせいじゃないよ。私が用意しておかなきゃいけなかったのに」



 三人は互いに視線を交錯させて、私になんていうか迷っているようだった。



「編集ってホントに難しい。何時に出すかまでのディレクションやタグ付け、サムネからそもそもどういう映像を選定するか。

 後は流行りのエフェクト盛り込み、画面の拡大、引き、そんでもって、あんまり最後まで見ない人が多いから、離脱率を見て大体何分の動画にしようかな、とか」



 だからこそ結果が出たらクソ嬉しい。

 いずれ数万回再生されたりあうる動画を作れたらいいなとも思う。

 それに、私は私を始めて褒めてくれた和を、編集と出会わせてくれた愛すべき馬鹿がプロになるための助けになりたいんだから。



「ほれ、見てみなよ桜夏。桜夏の最新動画、コメント着いてるよ」

「ああ、本当だぁ。ええと、生き甲斐、だって」

「後は、久々に投稿ありがとう、ですって」

「それは全部和への感想だよ」



 私たち編集者は、演者の魅力を最大限引き出して、面白いところを見つけて切り抜いて。

 動画のスタイリスト、とまで言ったらカッコつけてるかもしれないけど、イメージはそれに近いかも。

 でも、どれだけよく作っても忘れちゃいけないことがある。演者がいないと、私たちの編集技術は使うことが出来ないってことを。



「でも、桜夏は編集してくんなきゃ、私はこうやって私を見つけてくれる人に出会ってないし、この人たちも私を見つけてない」

「へ?」

「確かに私に言ったのかもしれないけど、桜夏に言ってるのかもしれない。それにね、言ってなくてもさ」


 和は私のすぐ前まで来て、にっこり微笑んだ。美少女が、少し上から笑顔を落とす。


「編集してくれてありがとう。桜夏」

「お前……はずいからやめえや」

「顔真っ赤だよ? 桜夏ちゃん」

「感情が高ぶると方言が出るんだったっけ?」

「うるさいんじゃお前らはもう!」