夢はきっと全部青春でできている

 先生に四人目の入部届をドヤ顔で叩きつけた私は、ついでにこの間のMVも叩きつけた。
 これは自信がある。編集は数ある素材と最初からある魅力をどう魅せるかで変わる。有料ソフトにした途端にやれることが爆発的に増えた。
 あと、単純にハウツー動画が大量にあって勉強が簡単になった。勉強動画と最近は自分の動画ばっか見てる気がする。モチベのために。

「先生はな、日真さんがやる奴だとは思っていたんだ。本当に。だからこそ、言い辛いが、テスト、大丈夫か?」
「え……?」
「一応顧問だから、各担当教員から連絡は受けている。国語の先生がね、小テストの点数がまるで彼岸に渡ってようだって、言っていたよ」
「……え、ていうかテストいつからっすか?」
「とりあえず今日から部活停止にしてるところは多いぞ。テスト期間頑張れ。そうしたら夏休みだ。日真さん、正式な部活での夏休みは初めてだろう? 楽しむために、今を頑張るんだ」
「え、この学校って赤点ありましたっけ」
「一年の記憶がないのか」
「ああはい。ないですね。私は心の中では新入生です」
「赤点は24点以下。取ったら補習と課題追加。夏は勉強漬けだな。先生も出勤したくないから出来ればやめて……おい、日真さん? おーい聞いてるか? あと進路も決めろよ、おーい」

 あ、終わったんだ。ふーん、私の青春って今ここで、薄氷みたいに壊れちゃったんだ。
 とぼとぼとした足取りで、とりあえずパソコン室に向かった。
 部活停止の影響があって、ちょこちょこ自習に使う生徒が増えているようだった。
 たぶん今頃図書室も図書館も人がいっぱいだろう。

「桜夏、こっち。取っといたぞ」

 和が奥の席で手招きしていた。さすがに今日はレバーレスのガチャ音は響かせてないみたいだ。
 それどころか、意外と参考書を開いて、横の千景、氷見さんと一緒に勉強しているようだった。

「あんた勉強……するんだ」
「あれ、桜夏ちゃん知らないの? 和ちゃんの成績、学年でも上位だよ」

 私の右で英単語を覚えていた千景が微笑む。
 そんなわけがないと、私は和に縋っていた。

「え、あんたみたいなキャラでさ、勉強できちゃったらもう、逆に何を持ち合わせてないの? 私を置いて行かないで。一緒に彼岸に渡ろうよ」
「うん? あー、私は桜夏みたいにかわいい系のファッションは似合わないよ。柄じゃないし」
「んなこと聞いてません。もう言うお前には頼らない。成績って言えば、千景は点数元々良さそうだもんね。余裕なら教えてよ」
「あーどうだろ。暗記系が苦手で、あと数学も。平均70点取れるか怪しいかなって」
「ごめんね。バカが質問しちゃいけなかったね。サングラスある? 笑顔が眩しくて」
「相変わらずだね……桜夏ちゃんはそこまで悲観的になるほどなの? 勉強」
「ん? 無理。記憶ない。出席してるだけのゴミ人間。カメを助けない浦島太郎みたいなもん」
「ちょっと、自習中は静かにしなさいよ」

 と、和を挟んで左の氷見さんが睨んできた。
 机には分厚い本数冊。内一冊に付箋を貼りながらノートに書き込んでいる。
 氷見さん、目つきがキリッとしてるだけで別にこれが平常だと分かったら怖くないな。
 あれ? て言うか……

「それ赤本じゃない? え、受験勉強してるの?」
「テスト位なら普段の授業と自習で問題ないから」

 私は氷見さんのすぐ隣の通路に移動して、正式に膝を折り、公式に三つ指を立て、豪快に額を床に擦り付けた。

「教えてください氷見さん!」
「ちょ、止め……! あなたはなんでそんな簡単に土下座するの!」
「私だってしたくないよ! でもいいよ、後頭部踏まれるくらいなら甘んじるよ!」
「しないって……ちょっと安心院さん、笑ってないで止めて!」
「え? 面白いじゃん。千景撮って撮って」
「ハイチーズ」
「ちょっと……ああもう。分かったわよ。ほら、行くわよ」

 氷見さんは、あの時私がそうしたように、私の腕を掴んでパソコン室から追い出した。
 和と千景も手早く机の物を鞄に押し込んで着いて来る。
 ああ何か、すごい、青春って感じがする。全然状況は青春どころか絶望しかないけど。

「日真さん、あなたって、どうしてたまにびっくりするくらいポンコツになるの? 前はあんなに……格好よかったのに」
「え? 何?」
「何でもないわ。ええと……みんな門限はある?」
「私は大丈夫だよ。パパは毎日遅くてママも今日は遅番だし」
「私も今日は家の手伝い無いから別にって感じかな」
「日真さんは」
「日真さんはいつも暇さんです」
「それ、今度書く小説のタイトルにするわ」
「え、そんな光栄な……あそうだ、これを機に桜夏って呼んでよ。桜に夏で」
「ほら、じゃあ行くわよ。背筋を正しなさい、桜夏」

 我々試験勉強絶対防衛戦線が向かったのはドリンクバーで無限滞在可能なファミレスじゃなく、マンションだった。
 うっわ、たか。私の猫背とストレートネックがボキボキ音を立てるくらいには上にある。

「これなに? タワマン?」
「タワマンだな」
「タワマンだね」
「ちょっと、人の家の前で雁首揃えて呟かないで、恥ずかしいから」

 本日お邪魔したのは、栞のお家だ。学校からでも見える背の高いタワーマンション。
 兄弟のように二棟立っていてどっちを見ても真下からじゃ見えない。
 一階と言っていいのか分からないけど、カフェみたいなスペースがあるし、ていうかホテルのフロントみたいな人がいる。
 一つ一つ恐れながらエレベーターに乗ること23階。迎えられた部屋は、滅茶苦茶広いし綺麗。あと明るい。
 物はあんまりおいてないけど、良い匂いがする。

「スリッパはこれを使って」
「お邪魔しまーす」
「うっわ、広いなぁ。栞ここ一人暮らし?」
「そうよ」
「桜夏ちゃん、どうして私の手に掴まるの?」
「キラキラが怖い」
「訳が分からないよ」
「荷物とかは適当に置いていいわよ。皆、紅茶とかで良い?」
「あ、私も手伝うよ」
「そう? ありがとう。和、そこの借りてきた猫を元に戻してもらえるかしら」
「おーい桜夏、とりあえず座れ。それはオードトワレだ。いい匂いがして怖くないぞ」

 正気を取り戻した私は取り敢えずリビングのガラステーブルの傍に腰を下ろした。
 すぐに栞がクッションを用意してくれてその上に座って、どっと疲れた体を労わる。
 最近編集詰めだったから、こういう友達の家に来るとか……あれ? 私、友達の家に来るの初めてじゃない?

「ねえ和」
「ん?」
「友達の家に来るの初めてなんだけど手ぶらで良かったのかな」
「もう、黙ってなよクソ陰キャ」
「は!? やんのか手前!」
「あなたたちはいつも喧嘩してるのね。はい、どうぞ」
「お菓子持ってきたから、お皿借りて簡単に盛ってみたよ」
「さっすが女子力高い。あれ、この紅茶いいやつじゃん」
「あら、和、紅茶に興味あったのね」
「お母さんがケーキ作っててさ。一緒によく飲んでたんだ」
「いいわね。私は父も母も海外だから、そういうことをした記憶があまりないわ」
「へえ、すごいね。氷見さんは……あの、私も名前で呼んでいい?」
「いいわよ。で? 何?」
「やった。栞ちゃんは英語喋れたりするの?」
「あーいや。勉強中。ドイツ語はいけるわよ。向こうにも家があるから」

 え、何この空間……すごい、疎外感というか……皆、輝いてるなぁ。
 根暗陰キャの私は大人しく、参考書でも開こうかな。参考書……うーわ学校だ。

「和、数学の参考書貸してよ」
「はいよ。っと、ごめん、弁当箱転がった」
「何これ包み可愛いね」
「お母さんが選んでくれたやつ。毎日作ってくれてる」
「うっわ。私菓子パンだから羨ましいな……ああ、勉強勉強。マジ今日は寝ない」

 と、決意して数十分しか経たないうちに私は撃沈した。

「だっめだ、続かねえ、わかんねえ、やりたくねえ!」
「なんだ桜夏、ちゃんと勉強しろって」
「じゃあ教えてよこれ」
「おーん? ああこれは、この辺をイイ感じにやって、こう、ガチャッとしたら綺麗になるだろ?」
「あんた感覚的過ぎる! 天才肌が!」
「わかったわ。私が教える」
「栞――」
「失敗したらチョコを食べてもらいます」
「いやキツイって、ニキビとかできるってこの時間からは!」
「ふふ、私も黒板移すだけであんまり頭に入ってこないから、参加しちゃおうかな」
「眼鏡キャラなのに?」
「logとかサインとかコサインとかタンジェントとかいつ使うのか教えてくれたら、頑張ろうかな」

 まあさもありなんって感じだなぁ。
 私は目標や理由がないと絶対頑張れないから、頑張るか。
 集中力はきっと高いはずだから本気で勉強しますか。
 意外と集中モードに入ると私たち四人は誰かがふざけることもなくまじめに勉強を進めて、分からないことがあったら栞に聞いた。
 栞は教えるのが上手く、あとこっちが理解しているかどうかを見極めるのが上手い。
 面倒見がいいと言うか、本当は優しい人なんだよね。
 ルーズリーフを追加しようとしたところで私のカバンから、ある紙が零れ落ちた。
 進路調査書、だった。