夢はきっと全部青春でできている

 駆け出した私たちが向かった先は、近くにあるe-Sportsカフェ。
 行われているのは、ナックルダイスの大会。賞金付きのバチバチのやつで、これに優勝すれば、ストリーマーやプロが参加する大きな大会への出場権を勝ち取る。確か大会は二回あるんだっけ?
 昨今の格ゲー人気もあってか、会場はかなり人がいた。意外と女の子も多くて、ゲームの熱って言うのを改めて感じた。
 だって、映像の中、画面の中のキャラを動かして、ここまで多くの人を熱狂させるんだから。
 そして、間違いなく主役は、既に始まっている決勝でバチバチに殴り合う、男女二人組。
 片や、プロゲーミングチームに所属するガチガチの選手で私たちと同じ高校生。すごいよね、同い年くらいでもうゲームでお金を稼ぐプロなんて。
 対するのは、我らがバンドのエンジン、和だった。

「これって……」
「そ。あいつの好きが高じた現在地点。口ではプロなんていつかなってるもので、目指すものじゃないって言ってるけど、結局和が進んでる道のゴールって、そこなんだと、思う」
「目指すものじゃない……か。私に突き刺さる言葉ね。才能がないなら、もっと早く教えてほしかった」

 汗だくの氷見さんの手を、私は気持ちぎゅっと握った。

「私ね、最高は新人賞の三次選考落ちなの」

 三次ということは、二次を超える力は間違いなくあるってことだろう。
 才能がないとは、口が裂けても言えないレベルだろう。
 そもそもプロデビューした知り合いがいるって言うなら、そこと切磋琢磨していたなら、力は間違いなくある。ただ、書きたくない物を書かされてる感が、彼女の才能の邪魔をしている。
 私は氷見さんを引き寄せて、壇上を見上げさせた。

「あんたが才能がどうこう言って見上げた相手をよく見んさい。結果はもう、出とるんじゃ」

 氷見さんはきっと、このゲームをあまり知らんから分からんじゃろうけど、入った瞬間からウチは気づいとった。
 この歓声全部が誰に送られとったんか。試合の状況がどうじゃったんか、全部。
 コンボミスはない。ただそこまでに至らない。本当に数ピクセルの距離で巧みにかわされる。
 ゴリゴリと減る体力ゲージ。精神的余裕まで、理不尽にほんのワンコンボで削り切られる。
 観客の無慈悲な歓声はどうしたって勝者に送られる。非情さを感じるのは、画面じゃなくて、和の顔を直に見ているから、だろうか。
 見上げた先の現実は、速すぎる一番星のように輝いとった。
0-3
 笑っちゃいけんのんじゃろうけど、笑うしかない位清々しい負けじゃった。
 勝った選手は当然のようによし、と自分を認める小さなガッツポーズと笑み浮かべ、対する和は天を仰いだ。
 結んでいたポニテを解いて、サイドに直し始める。
 ふうっと呼吸を整えて、MCの男女ペアがそれぞれインタビューを始めた。
 その合間に和と男子選手は握手を済ませて互いをたたえ合う。そこには確かにスポーツマンシップがあって、それだけで胸が熱くなる。

「お疲れさまでした。ええと、和選手、今大会初出場で決勝。会場も大いに盛り上がりました。今の率直なお気持ちをお聞かせください」
「めっちゃ悔しいですね。でも、格上の相手と戦えてめっちゃ嬉しいです。ありがとうございました!」

 歓声が上がる。拍手で称えられ、続いて男子選手のインタビューに移っていく。
 馬鹿が、無理すんなや。お前今……ぶち、悔しいんじゃろうに。

「あいつ、本気の時、ポニテに結わえ直すんよ。だから、まちごうても、本気じゃなかったわけじゃない。あいつ、全力で負けたんじゃ」
「それがなに? 彼女は優勝するのに十分な実力と才能に努力が見合っただけでしょ」
「でも、優勝してない。あいつは負けて、あいつの挑戦は終わったけど、あいつはまた今日も明日も、たぶんあのゲームをずっとやってる。対戦相手の使ってるキャラ、ティア? 最高ランクでクソ強いじゃって。キャラ相性も悪いけど、あいつはあのキャラが好きだからやっとる」
「プロを目指すなら中途半端ね」
「そうじゃ。じゃけどな、あれ目指せとは言わんけど、氷見さん、あんな風に一回捨てる気持ちで書いてほしいんじゃ。それがダメでも、また書ける思うんじゃ。それがたぶん、挑戦なんじゃ思う」
「あなたに何が分かるの! 結果は出てる! 私は所詮、はずみで上手くいった過去に縋ってるだけなのよ! 捨てられないことの何が悪いの!」
「そうやって! お前が逃げとんのはウチか! それとも自分かどっちじゃ!」

 胸ぐらを掴んで引き寄せる。
 美人の顔がすぐ目の前まで来て脳が殴られたみたいにぐらついた。

「じゃったら、書くって決めたんなら笑顔で書けや! やりたいこと、書きたいこと、あんたが笑って書けるもん、書いてみいや!」

 氷見さんは立派じゃと思う。
 じゃけど、大事なもんが一個すっぽり抜け落ちとる。
 ウチらが音楽やるように、和がゲームやるように、千景が写真撮るように、表現はまるで全員違う。
 でも、少なくとも、ウチらの楽しいを感じ取って、皆拍手してくれるし、褒めてくれる。
 小説は誰かに見せる機会が少ないし読まれる機会が少ない。じゃけぇ、迷うのは仕方がない。
 成功体験も、正解も、分かるまで時間が経ちすぎる。

「ウチらはお前の一番の読者じゃ! お前の本は未完成じゃけど、痛快コメディクソおもろかったし、和も千景も適当には褒めん!」

 根本の話を、しようと思った。
 ウチの叫びは会場の熱気に消えていく。じゃけど、この思い出はきっと、消えん。
 氷見さんに何かのこれとかそんなことは思わん。これはもう、最悪な自己中心的な、厄介ファンの一意見じゃ。

「あの!」

 さっきまで恐らく和の写真を撮っていたらしい千景がやって来て、声を上げた。
伏し目がちじゃったが、確かにその目は真っ直ぐウチらを見とった。

「これ、見て。急いで撮ったから全然納得いかないけど、この画角の荒さ、未完成さが、私、好きなの」

 和の写真。荒々しいワンフレーム。恐らく最後の最後、守るか攻めるかの瀬戸際で、攻めるために前にボタンを入れると決意した時の、写真。
 こいつ、こんな顔でゲームしてたんか。普段は、プレイ動画か後姿しか知らなかった。
 いい顔じゃ。

「写真ってね、写真だけで完成じゃないの。これを例えば、額縁び入れたりとか、思い出に浸ったりとか、自分らしく完成させられる。だから、今の売れ筋を書くの、私は良いと思う。だけどせっかくなら、その中で、本当に自分が好きなものが紛れさせちゃえばいいよ。小説は写真と違うかもしれないけどさ」
「そうそう。別に異世界物でも令嬢ものでも、あんたの根幹にあるクソ面白い部分は死なんから。前言ってたたでしょ、迷ったら諦めればいいって。小説は書き続けて、好きなもん書かないでデビューするの、諦めてみんさいよ」
「うん。氷見さんの物語、私すごく好きだよ。書きたい物、書いてみてよ」

 ウチらは全員不器用じゃ。どっちも、自分の得意分野しか説明できん。
 しかも、氷見さんの頭の良さを利用して、ウチらは勝手に言うから何か勝手に感じ取ってくれって言ってるようなもん。
 ああ、クソみたいに、ウチらは勝手じゃな。
 じゃけど、氷見さんはウチらの不器用さをしっかり受け取ってくれたようじゃった。
 片目を押さえて、「馬鹿」と呟いた。
 ウチらが静かになったからか、ぞろぞろと会場を後にする観客の騒音が耳に入るようになった。
 そうだ、和。あいつって舞台袖からどこに行ったんだろ。
 キョロキョロと探していると、いた。壁に背中を預けて黄昏てる。
 そりゃまあそうか。笑ってああは言っていたけど、悔しくない訳、ないよね、そりゃ。

「桜夏ちゃん、氷見さん、帰ろうか……そっとした方が、いいのかも」
「あ? なんで」

 私はふたりを手で招きながら、俯いているバカの傍に寄って思い切りタックルした。

「ごは……え、桜夏?」
「なーに、負けてんの」
「……ごめ、動画映えはするような試合じゃなかった」
「るさい。使えるかどうか決めんのは私。ナイスファイト、相棒」
「……ありがと。あれ、千景と、栞じゃん。どうしたの?」
「はいはい。それは良いの。ぼろ負けしたんしょ? 千景、あと氷見さん、私が奢るからご飯食べ行こうよ。お腹空いた。雑魚励まし会やろ」

 和は私の腕を取ると、あまりに完璧に関節をそのまま決めて来た。

「ああああああああああああああ」
「待って! 和ちゃん! 桜夏ちゃんの腕はそっちに曲がんないよ!」
「おおおおおおおおおおおおおお」
「上等だヘボ編集者。破産させてやるよ」
「桜夏ちゃん死んじゃうよ!」
「があっがあがっがががががっが」
「……ごめんなさい、今日は用事があるから、また明日学校で」
「ああああああああああああああああ」
「あ、氷見さん。今日はごめんなさい。また、明日!」
「応援ありがとね」
「離せやああああああああああ!」

 私の腕が、終わる音がした。
 意外と、Ⅾ♯の音が、した。
 
 翌日、私は腕のコンディションを確かめながらパソコン室へいつものように、あくまでも編集のために赴いていた。廊下が死ぬほど暑い。
 廊下という言葉を作った人か廊下という概念を作った人はきっと後の世界のことを考えていないんだな。ほら、こんなに廊下は私に優しくなくて廊下が憎い。
 暑さのせいで意味不明なことを考えた私は扉を開けてオアシスの中に身を投じた。
 ああもう死んだって良い。違う、私は今、ようやく生まれて来た――

「お疲れ様」
「ほあ……あ、氷見さん、お疲れ様」

 今日もパソコン室の住人だった氷見さんは、私と全く視線を合わせようとしない。
 あれ……何か怒ってるのかな……思い当たる節は……あった。
 私は慌ててパソコン室のラグに額を擦り付けた。

「悪い癖なんです! あと、全然馬鹿にしてるとかじゃなくて、感情的になったら出ちゃうんです! 方言が!」
「頭を上げて、恥ずかしいから!」

 慌てて氷見さんは私の体を起こした。
 ああ、なんでこの人、こんないい匂いなんだ。私なんて制汗剤の匂いしかしないって言うのに。

「それに、方言、言葉のアクセサリーみたいでとても素敵だと思うわ」
「え……ホント? 変じゃ……」
「無いわよ。あなたは自分のことになると何でそんな……ええと」
「言葉選ばなくて陰キャで良いよ。どうせ私は陰キャだから」
「……陰キャが、こんな素晴らしい物作るんだから、創作って面白いわよね」

 氷見さんは私にUSBを差し出してきた。なんだろこれ、としげしげ見つめていると、そのままパソコンに突き刺して、中にあるテキストファイルを呼び出した。
 表示されたのは、私の曲の、誕生の瞬間。ああ、今日この日が、私の曲の、誕生日。
 羅列される文字列は、生まれたばかりの私の曲を飾ってくれる洋服みたいなもの。
 一つ一つの意味を考える度に、氷見さんのらしさが滲んでいるようだった。

「めっちゃいいじゃん! これこれ、こういうの叫びたかったん……」

 振り向いた私の横を氷見さんの手が通って、そのまま、机に何か置かれた。
 見知った紙。まだ私の手元に三枚しかない、紙。
 書いてある文字を何度も何度も自分の中で噛み砕いた。有り得ないような、なんだこれ。夢?
 そうだこれはきっと私の中の青春が見せる夢に違いない。

「自分の世界に入るのも、癖なのかしら」
「ああ、ごめんでもこれ……」

入部届――

 手元にある記入済みの入部届と氷見さんの顔を交互に見た。
 あ、顔赤い。照れてるのか、何か思うことがあって言えないかのどっちか、かな。

「歌詞書くの、楽しかった。ありがとう……それで、よければ、私、楽器も分からないけど……少し、知りたくなった。自分に出来る事、他の道。だから、入れて、下さい」

 可愛すぎる生き物を見て私は衝動的に氷見さんに抱き着いていた。

「ようこそ! LM部へ!」