夢はきっと全部青春でできている

「ごめん、桜夏。大会の練習あるから、しばらく部活来れない」
「ああ、いいよいいよ。大会ってあの、スクリムしてたやつ?」
「そ。コミュニティ大会の予選。それ優勝したら、有名な格ゲープロやストリーマーが参加する大会本戦にいけんだよね」
「ああそりゃ絶対練習して。プロへの近道じゃん」
「んー、うん」
「なんだその反応は。まあいいや、がんば」
「ありがと」

 和は格ゲーの大会を控えていて、ここ最近はずっと放課後は直帰している。
 小さな大会やコミュニティ大会? オンライン大会も積極的に出ているから、最近は忙しそうだ。
 なんか、家の手伝いも重なってるみたいでなかなか会わない。
 て言うか今日が本番だっけ? あいつ何か大会の日程を教えないで終わった後に録画だけ寄こすんだよな。
 大会自体は特定したけど、近所でオフライン大会をしてるってことだけしか知らん。

「桜夏ちゃんごめんね? 成果報告会って言うのがあってその準備とか調整あって、しばらく来れそうにないの」
「ああそりゃ絶対優先して。写真、楽しみにしてる。未来のフォトグラファー」
「いや、私、写真で食べて行く気は、ないかなぁ。普通に進学するよ」
「そうなん? もったいないけどまあ、分かった。暇になったらおいでね」

 千景も立派な部活ニスト。
 私は立派なニート。
 LM部唯一の部長でありながらほぼ毎日パソコン室に通って作業をする現代の異端だ。

 ていうか、そうだったらよかった。

 私は迷ってる時間が勿体なくて、とりあえず有料ソフトのお試し版を使ってこの間のライブ映像をMV風に編集した。
 これが先生受けが良くて、実績としてもちろん認められた。
 が、これで終わらない。
 何故かLM部の私に学校の部活紹介を動画投稿サイトに上げてほしいと言う依頼を任された。
 ふざけんな。時間が全く、ねえんじゃこちとらよ。
 とは言えね、とは言えよ、この依頼を受ければ本来五人必要な部活を四人でOKかつ学年主任の先生が顧問となって部をごり押しで承認させると確約してくれた。
 大人って本当にずるいよね。
 結果として私は自分の編集+みんな忙しいから誰も編集を頼めず、徹夜地獄に突入していた。
 今ね、私まあまあ限界で、四人目を探す元気はありませんです。
 高校生の体力の上限をこんなところで知るとは思わず、パソコン室の空調で休む以外の道が、ないのです。

「いや、でも、何か……せめて、歌詞」

 皆で音を合わせたあの瞬間が楽しかった。別にインストバンドでも良かったが、私の未完成が完成するのに、歌詞は必須だと思った。
 ノートは家に忘れたのでとりあえずパソコンに感情とキーワードを叩き殴った。後で保存しとけばどうにでもなる。
 が、その横着が仇となった。

「はあああ! データ、私の数時間!」

 不覚にも女の子みたいな声を上げてしまった私は自分が女の子であることを思い出して机を叩いた。
 パソコンが突如ブルースクリーンを吐き出して、電源が落ちやがった。クッソ、返せ! 忙しい中で捻出した私の頑張りを!

「きゃっ」

 が、その音に驚いて私の百八十倍女の子みたいな声を上げたパソコン室の住民が立ち上がる。
 氷見栞その人。
 先にいるのは知ってたけど、グロッキーな私が声をかけることもなければ向こうもかけてこないだろうと高をくくっていたのが、本日第二の仇となった。
 照れ隠しみたいに赤らめた顔を服の袖で隠しながら、鬼気迫る様子で私の席までくるとマウスを奪い取った。
 マウスで殺されるかと思ったけど、そんなことはもちろんなかった。
 いくつかカチカチ操作すると、なんとびっくり、私がさっきまでの作業画面に元通り。

「戻したつもりだけど、ごめん、ここまでしか自動バックアップ取れてなかったみたい」
「ああ、いや、違う、これ全部……」
「歌詞って、こんなに少なかったっけ」
「ああ、うん、違う。私が、雑魚なだけ」
「……そ。じゃあ、これでこの間のはチャラ」

 この間……たぶん、私とちょっと言い争いになった事、かな。
 私は何も気にしてないから、何なら忘れかけてたけど、そうだそうだ。散々、私は未来を見るのが怖くて一歩踏み出せてないだけだって言われたっけ。
 いやまあ正論過ぎて何も言い返せないんだけど……。
 髪を軽くすいて立ち去ろうとする氷見さんの背中が、どうにも寂しそうに見えたって言うか、私今、ここで話しかけないと一生話さないような、変な予感がした。
 おかしな話なんだけどさ。
 ここにいないはずの和が私の背中を押して、一歩、踏み出させるような、妙な感覚に襲われて、立ち上がっていた。

「あのさ! 氷見さん、歌詞、書いてくれない、かな」
「……は?」
「書き方、ええと、ルール? とか、書いてほしい感情、入れてほしいワードはこっちでディレクションするから」
「私には、そんな寄り道してる時間はないの」

 あいっかわらず口を開けば文学的だな。雑務や用事を寄り道と言いますか。
 しかも、本筋があるからこそ、進みたい道があるからこそ出る言葉は本当に氷見さんらしい。
 だったら、私は今、いない和に全責任を押し付けて、無責任になってやる。

「じゃあ、書けてるの? 少しでも、進んでんの?」

 今日のパソコン室は、マウスのクリック音もタイピング音もましてやレバーレスのガチャ音もしないのに、うるっさい。
 私はマジで何も思いつかなくて静かにしてるけど、同じ時間、氷見さんのタイピング音もまるで聞こえなかった。座ってるだけ、だと思う。まあもちろん、考えたりもあるだろうけどさ。
 氷見さんは私の問いに、そっぽを向いて応えた。可愛い人だな。

「たまには息抜きも必要でしょ。ほらほら」

 私の席に座ってもらって、歌詞の書き方のある程度のルールとディレクションをすると、さすがに頭がいいからか、すぐに自分で知らないことを調べ始めて言葉の意味などは私に少し聞くだけで作業が始まった。
 どこにでもいるんだな、天才肌というか……ああいや、違うか。
 氷見さんの場合、文字での表現が、自分の世界を誰かに伝える手立てなんだ。だから、これは才能じゃない、今まで夢に向き合って来た、正統な成果。
 だけど、売れ筋の曲や流行りの曲を参考にするために色々音楽を調べて、恋愛系や人受けする歌詞を書こうとしたところで、私は何故かその指を止めていた。
 自分でも、驚いた。今の私の手は、本当に私の手なのか分からない程に。

「なに?」
「……それ、本当に書きたいもんなん?」
「本当に書きたいも何も、書いたことないから参考にしてる」
「じゃあ、書きたいもの書いてって言ったら、書ける?」
「何が言いたいの?」
「いやさ」

 ここからは、本当にただのお節介だと、思う。
 だけど、私は別にこれで嫌われてもいい。ここで私たちが終わったっていい。だけど、氷見さんがどうにも、和に出会う前の、誰かが背中を押してくれる前の私に見えて、仕方がない。
 余計なお世話だし、失礼な話、なんだけどさ。

「氷見さんが書いてた異世界転生とか悪役令嬢とか、本当に書きたい物なの?」
「急になに? あなたの歌詞を書くって言う話なんでしょ?」
「同じことだと思う。プロになるって決めた時に読んだ本、あん時私、寝てたけどその場にいたんだよね。あれって、異能バトルが武器の学園ラブコメでしょ? アニメ化してたから私も知ってる。いや、異世界物が本当に書きたいならそれでいいけどさ」
「……今の時代、異世界や悪役令嬢、あとは貴族の結婚かな。そういうのじゃないと、まず見られない。だから書いてるの。売れるために、見られるために」
「そういう努力が大事だって言うのはわかるよ。でも、書き切れないと、自分が楽しく続けられないと、そもそも完成しないんじゃない?」
「だったら! だったら……どうしろって言うのよ」

 机を叩くわけでも、私みたいにものに当たる訳でもない。
 なのに、どんな言葉よりも重く、彼女の叫びはこの部屋を揺らした。

「書くしかないの。一緒にやってた人は売れ筋を書いてデビューした。もう自分でも、何したいのかわかんないわよ!」

 誰にも言えない。言ったって無駄だって分かってるからこそ。感情のエラーを処理しきれないからこそ流れる涙。
 感受性が高いから。氷見さんは、無口で無表情なわけじゃない。むしろ、逆だ。
 感情がマイナスにもプラスにも振り切られる、とても感情豊かな人間。
 だから私は、嫌いな自分に向き合わないといけなかった。
 今の私じゃ、氷見さんに満足いく言葉をかけられない。納得する言葉、欲しい言葉を言えない。そこまで大人じゃない。
 でもそんなのたぶん、私だけじゃない。大事なのは、無理だって時にそのままにするか、誰かの手を借りられる勇気があるかどうか。
 気づいたら、栞の手を引っ張っていた。

「ちょっと、何するの!」

 時計を見る。たぶんガチでギリ間に合う。
 こんなことする柄じゃないのは重々承知しています。
 だけど、勿体ないんよ、何かずっと、言葉って言う便利なカーテンにくるまってんの。

 ちっとは、その窓際のカーテンから、窓の外でも見てみなよ。
 
 氷見さんを連れ出して、廊下を進み階段を下りる。
 あった、写真部。この前行って覚えててよかったよ。
 ノックとほぼ同時に開けて、部室の中を探る。
 成果報告会の準備中だったからか、ああまあ人がいた。
 緊張するし、こんな状況で注目を集めるのはすっごく嫌だ。
 制服の袖をぎゅっと握った。今、一瞬だけ耐えればいい。この一時だけ、勇気を出せばいい。
 見つけた。呆けた様子の千景の元までずかずか歩いて、手を取った。

「写真部の皆さん準備邪魔してごめんなさい! でも、私一人じゃ無理なんで、千景借ります! 文句あればLM部までお願いします!」

 千景、そして氷見さんを連れて私は学校を出た。
 ずっと何かを言っている氷見さんと、何も聞かずにいてくれる千景。
 関係ない、こういう時、心の整理がつかない時、人は、走り出すんだ。
 この青春に至る病が嫌いだった。この時私は素が出る。嫌いな自分の端っこが顔を出す。
 言いたいことが言えない。
 でも! 頑張って、隠すために覚えた言葉じゃ、氷見さんには絶対届かない。
 今のウチじゃ、この病気を治せる薬は処方できんから、馬鹿なウチは、人に頼むんじゃ。