目下花粉飛び散る春の頃、教室の端っこで窓の外を眺めた。
黄昏れている訳でもなければ物思いにふける訳ではない。誰かと視線を合わせるのが嫌でそっぽを向いていたら見る物がグラウンドくらいしかなくなっていた。
高校二年の春。
私の青春は、グラウンドよりも色褪せているみたいだった。
「なんでこうなっちゃったんだろうねぇ」
誰にも聞かれていないのをいいことに、廊下で独り言を落とした。
おかしい。中学時代は友達とうまくやっていたはずだ。
父親から借りパクしたギターでそこそこ人気者だった。それが、高校入学を機に田舎から出てきたら、いつの間にか一年が終わっていた。革命的に短いって、思った。
「失礼します。先生、呼び出されたので来ました」
高校に入って初めての呼び出し。何事かと本来なら緊張すべきだけど、私は今完全にアンニュイで現実を食らって呆けていた。
先生は世界史の担当教師で学年主任? だったっけ確か。三十代で彫りが深い。彼女はなし、だったはず。なんかそんな話をクラスメイトがしていた。
「確かに呼び出しました。日真ひまおうかさん」
「はるかです。桜に夏と書いてはるかって読みます。でも私は先生の名前も覚えてないので気にしてないです」
この呼びにくい名前のせいで全く覚えられないし、都会のノリって言うのも合わなかった。
青春を謳歌したい、確かに持ち合わせていた入学時の思い出が、今はもう、どこへやら。
誰かの色恋とか、流行りものとか、なんだっけ、SNSとか。気づけば私は灰色です。
「悪かったって。ええと、ちょっと確認事項があって。一応部活に入らなきゃいけないってことで……日真さん、LM部だよな」
「はい。ギターしか、私にはやれることないんで」
自分で言っていて嫌になる。
なんで私、唯一生きてて自信のある物をこんな自信なく言っちゃうんだろう。
「ええとな、活動実績がないのと、ほら、三年が引退したろ?」
「そうなんですか?」
「自分で幽霊部員を自白するな。で、LM部は日真さんしかいないのな。で、このままだとがっつり廃部になったあとの処遇なんだが、代わりにジャズ部や、これは合うか分かんないけど吹奏楽部、あとダンス――」
「嫌です。何とかしてください」
「そのために呼び出したんだ。どうする? 一応、いきなり廃部って言うのもかわいそうだから期限決めて、最低数の5人を集められたら存続っていう形にしたんだが」
「先生。私って世界史の成績イイですよね」
「悪いが世界史の成績で譲歩は出来ない」
「じゃあ私に友達がいないの知ってますか? 先輩も後輩も、ていうか同級生だって。私、まだクラスメイトで名前知らない人いるんです」
「じゃあ、ジャズ部か――」
「今さら入部して練習とか出来ないですよおこがましい。そういうの、もうグループとかできてるんですよね!」
「もっと広い視点で見ろ。あと、日真さんは面白いからすぐ友達出来るだろ。それじゃあ、まあ一旦保留で。他のメンバーの入部届渡しておくから、とりあえず一週間な」
「殺生な!」
「きょうび聞かん言葉だ。本当に女子高生かも怪しい。中身がおっさんとか?」
「全然セクハラです!」
職員室から逃げるように飛び出して、頭をかいた。
いやいやいや、無理っしょ。今更、誰かのところに混ざれない。部活参加して、中盤端っこ。終盤は幽霊がオチだ。
そんなの一生懸命にやってる人たちに失礼だし、何より私は今のままだ。
そんなの、嫌だ――
ずっと、何かしたいと思っていた。
何かしなきゃいけないと思ってた。
当たり前に青春の力がイベントを起こすと思ってた。
現実は、無駄に過ごしていく時間がただ増えるっていう、事実だけ。
窓際で、私の青春が終わっちゃう――
「て言っても、無理だよねぇ。私、馬鹿陰キャだし」
LM部、ライトミュージック系の楽器を使ってポップやロック、要はクラシック以外のポピュラー音楽全般って言う、何でも好き! にはたまらないジャンル。
が、この学校、マジで同じような吹奏楽部、ジャズ部、あとダンス部とかが軒を連ね、しかも吹奏楽部に関しては金賞常連で実態はほぼ運動部。
過去にハープやら管弦楽団があったが大方吸収された過去があり、LM部も消滅寸前だった。
与えられていたのは視聴覚室だ。完全防音のありがたい場所。埃を被ったアンプと長い歴史を感じるドラムが鎮座する。私もたまにここでギターを練習して、曲を作ったり流行りの曲を弾いたりしている。
誰も聞いてくれなくて泣きそうだ。
「……ええと、楽曲編集、するか」
実績というなら取り敢えず今はネットに投稿したり音源にしたりなんだって出来る。
昨今のAI学習のせいか、性能の高いパソコンを学校が用意してくれているので、パソコン室へ。大体の期間肌寒いパソコン室は常に解放されているが、さすがにこの時間は人がほぼいない。
作曲に集中するためヘッドホンを付けながら、編集する。こういう作業は嫌いじゃない。
放課後の時間をフルに使って、私は私の世界に飛び込んで――
突然、グッとヘッドホンを外されて私は現実に叩き戻された。
何事かと横を振り向くと、デカい胸が目に入ってすぐに顔を上にやった。
赤い髪。サイドポニーくらいの位置に結っていて、丸い目は人懐っこそうで緩んだ口元も相まって人当たりが良さそう。だけどピアスバチバチでちょっと怖い。
陰キャにピアスはドラキュラに十字架と変わらない。
ていうか綺麗だなぁ。タイの色が青ってことは二年……え、同級生にこんな子いたんだ。
「あ、ごっめんね。何回か呼んだんだけどさ」
「あ、いえ、や、大丈夫、だよ?」
「今日初めて人と話した?」
「ていうか、今月?」
「え、何? 友達は?」
「いない」
「いないってことないっしょ。私、安心院和あじむなごみ。和って呼んで」
「あ、あと、日真桜夏、です」
「桜夏はさ、何やってんの?」
なんでこの人こんなさ、ぐいぐい来るの? もう呼びタメだしなんなん?
怖い。陽キャ怖い。
ああでも綺麗だな、こんなに快活で、バチバチにピアスも開けて。
私と住む世界が違うや。
ああ違う、何やってんのか、だっけ。
「ああっと、楽曲編集って言って、曲作ってる」
「そうなんだ……あのさ、動画編集って、出来る?」
頭に浮かんだクエスチョンマークがどうやらそのまま頭から出ていたらしく、和ちゃんはごめんごめん、と私の隣に座ってパソコンを起動させた。
良い匂いがした。
「これ、知ってる? ナックルダイスって言うゲームなんだけど」
映し出されたのは、キャラクターが画面両端に配置され、殴り合う2Dゲーム。
あんまりゲーム実況? 動画は見ないけど好きな配信者がこのゲームの大会に出ていて、存在は知っていた。
「格ゲー?」
「あ、そうそう、分かる? 格ゲー。私これが好きでさ、今5まで出てるんだけど2からやってるんだぁ」
「……え、クッソ前じゃない?」
「ちっちゃい頃からずっとやってるんだ。でね、SNSで動画を出したり、プロチームのトライアル? に使うやつがほしくてさ。でも、私こういうの全く分かんなくってさぁ」
SNSで使うって言うとショート動画で、トライアルは……たぶんアレだよね、デモ音源みたいな、長い試合を見やすいようにカットする感じかな。
まあ正直やったことはない。
やったことはないけど……この人、なんというか、おねだり上手というか、嫌味なく頼むのが上手い人だから断り切れない。
「まあ、やってみるって感じで良い?」
中途半端な返事だけど、一瞬で和ちゃんの顔が華やいだ。
「ぜんっぜんいい! やってくれるだけで助かる。ありがと! ああでも、邪魔しちゃってない?」
「ああうん。別にこれはいつでもできるから。じゃあとりあえず家帰ってやってみるね」
「うん! 明日の放課後、待ってるよ!」
和ちゃんと別れて、私は久しぶりに自分の胸中に何か、退屈以外のものが広がって来るようだった。
何かが始まる気がした。
そしてすぐに後悔した。
カット編集、SEの頭出し、あとBGMの選定、ああでもないこうでもない、テロップもこれで良いの分からず。
気付いたら朝になっていた。
有り得ない。
トライアル用の簡単なカットと簡単な短いSNS用動画編集で普通に夜が明けた?
馬鹿な、私はいつの間にか竜宮城にでも巻き込まれたのか?
あと解像度、お前だけは許せない。何が1920×1080だ。
最初気づかず横画面でやって全部やり直しになった。
縦動画用、みたいなプリセット初めから用意してよもう!
朝からエナドリをキメて寿命を前借りしつつ、授業の大半を睡眠に消費した。
そして、あまりに速い放課後、ややドキドキしながらUSBを片手にパソコン室へ向かうと、奥からガチャガチャと何かを叩く音が聞こえた。
見ると、光るクリアボタンがいくつかついた板をバチバチと押しながらゲームをする和ちゃんの姿があった。
とても真剣。
髪はポニテに結い直されて、動く手は絶え間なくリズムを刻むようでいて、殴りつけるように力強い。
すっご、これがゲームやってる時の、本気でプレイしてる人の顔か。
一試合が終わったところで声をかけると、和ちゃんはぱあっと花が咲いたように笑った。
私が男ならうっかり好きになってしまいそうだ。
USBを渡して確認してしまう。
正直、出来が悪い。テロップの装飾もそうだし、カットも繋ぎ方が結構無理やりかも。
選定頑張ったBGMとSEのタイミングは完璧なんだけど、頭出しをもうちょい意識した方が良いかな。テロップの表示も消すの速い気がする。
全てを見終わった後、和ちゃんは飛び切りの笑顔で私の手を掴んで振った。
「いいね! ありがと! すごいなぁ、桜夏は、音楽と編集も出来ちゃうんだ」
「いや、いやいやいやごめん、あんま、納得してないって言うか……」
「へ? 私は別に嬉しいよ。だってこれさ、桜夏がいなけりゃこの世にないかんね。ありがと」
私がいなかったら、この世になかった。
いやもう、ずるいだろ……なんでこの人は、私が言われたら嬉しいことをこんな平然と、言えるんだろう。
ずっとギターしかなかった私が、どれだけギターやってても言われなかった、やれなかったことを、言ってくれるんだろう。
「え、あれ? 何? ごめん、気に障った?」
「違うけ……何でもないんじゃ、でも、止まらんくって、あ、ごめ、忘れて」
思わず口から感情と共に出て来た、私の過去。
田舎から出て来た私が唯一捨てきれなかった物。
方言これのせいで、私は馬鹿にされるのが怖くて、あんまり人と話せなかった。
「方言? いいじゃん、私にないから好きだよ」
なんで、この人が言うと嫌味に聞こえないんだろう。
スッと、納得できるんだろう。
「ああ、あんまそういうの言わない方が良い? ごめんな、ノンデリってやつらしくてさ。でも、良いと思ったことは絶対言いたいんだよね」
「いやもう……ほんまノンデリじゃね。感情爆発すると、素が出るんよね。でも、ちょっと楽になったけぇ、ありがと」
「こちらこそ。ああそうだ、お礼しないと……お金が良いかな、いくら?」
「いや、あんなものでもらえない……ああそうだ、和ちゃん、音楽興味ない? 私今、LM部の部員探してて。あと四人見つけないと廃部になっちゃうんだけど」
私が出した入部届をひったくると、和ちゃんはすぐにペンを取り出して何かを書き始めた。
すぐにそのまま私に突きつけて来る。そこには、学年クラス、そして名前が書いてあった。
めちゃめちゃ達筆な字で、とてもこの目の前のギャルが書いたとは思えない。
「よろしくね、部長」
「あ、え……よろしく」
私の青春が、ふわっと香った気がした。
黄昏れている訳でもなければ物思いにふける訳ではない。誰かと視線を合わせるのが嫌でそっぽを向いていたら見る物がグラウンドくらいしかなくなっていた。
高校二年の春。
私の青春は、グラウンドよりも色褪せているみたいだった。
「なんでこうなっちゃったんだろうねぇ」
誰にも聞かれていないのをいいことに、廊下で独り言を落とした。
おかしい。中学時代は友達とうまくやっていたはずだ。
父親から借りパクしたギターでそこそこ人気者だった。それが、高校入学を機に田舎から出てきたら、いつの間にか一年が終わっていた。革命的に短いって、思った。
「失礼します。先生、呼び出されたので来ました」
高校に入って初めての呼び出し。何事かと本来なら緊張すべきだけど、私は今完全にアンニュイで現実を食らって呆けていた。
先生は世界史の担当教師で学年主任? だったっけ確か。三十代で彫りが深い。彼女はなし、だったはず。なんかそんな話をクラスメイトがしていた。
「確かに呼び出しました。日真ひまおうかさん」
「はるかです。桜に夏と書いてはるかって読みます。でも私は先生の名前も覚えてないので気にしてないです」
この呼びにくい名前のせいで全く覚えられないし、都会のノリって言うのも合わなかった。
青春を謳歌したい、確かに持ち合わせていた入学時の思い出が、今はもう、どこへやら。
誰かの色恋とか、流行りものとか、なんだっけ、SNSとか。気づけば私は灰色です。
「悪かったって。ええと、ちょっと確認事項があって。一応部活に入らなきゃいけないってことで……日真さん、LM部だよな」
「はい。ギターしか、私にはやれることないんで」
自分で言っていて嫌になる。
なんで私、唯一生きてて自信のある物をこんな自信なく言っちゃうんだろう。
「ええとな、活動実績がないのと、ほら、三年が引退したろ?」
「そうなんですか?」
「自分で幽霊部員を自白するな。で、LM部は日真さんしかいないのな。で、このままだとがっつり廃部になったあとの処遇なんだが、代わりにジャズ部や、これは合うか分かんないけど吹奏楽部、あとダンス――」
「嫌です。何とかしてください」
「そのために呼び出したんだ。どうする? 一応、いきなり廃部って言うのもかわいそうだから期限決めて、最低数の5人を集められたら存続っていう形にしたんだが」
「先生。私って世界史の成績イイですよね」
「悪いが世界史の成績で譲歩は出来ない」
「じゃあ私に友達がいないの知ってますか? 先輩も後輩も、ていうか同級生だって。私、まだクラスメイトで名前知らない人いるんです」
「じゃあ、ジャズ部か――」
「今さら入部して練習とか出来ないですよおこがましい。そういうの、もうグループとかできてるんですよね!」
「もっと広い視点で見ろ。あと、日真さんは面白いからすぐ友達出来るだろ。それじゃあ、まあ一旦保留で。他のメンバーの入部届渡しておくから、とりあえず一週間な」
「殺生な!」
「きょうび聞かん言葉だ。本当に女子高生かも怪しい。中身がおっさんとか?」
「全然セクハラです!」
職員室から逃げるように飛び出して、頭をかいた。
いやいやいや、無理っしょ。今更、誰かのところに混ざれない。部活参加して、中盤端っこ。終盤は幽霊がオチだ。
そんなの一生懸命にやってる人たちに失礼だし、何より私は今のままだ。
そんなの、嫌だ――
ずっと、何かしたいと思っていた。
何かしなきゃいけないと思ってた。
当たり前に青春の力がイベントを起こすと思ってた。
現実は、無駄に過ごしていく時間がただ増えるっていう、事実だけ。
窓際で、私の青春が終わっちゃう――
「て言っても、無理だよねぇ。私、馬鹿陰キャだし」
LM部、ライトミュージック系の楽器を使ってポップやロック、要はクラシック以外のポピュラー音楽全般って言う、何でも好き! にはたまらないジャンル。
が、この学校、マジで同じような吹奏楽部、ジャズ部、あとダンス部とかが軒を連ね、しかも吹奏楽部に関しては金賞常連で実態はほぼ運動部。
過去にハープやら管弦楽団があったが大方吸収された過去があり、LM部も消滅寸前だった。
与えられていたのは視聴覚室だ。完全防音のありがたい場所。埃を被ったアンプと長い歴史を感じるドラムが鎮座する。私もたまにここでギターを練習して、曲を作ったり流行りの曲を弾いたりしている。
誰も聞いてくれなくて泣きそうだ。
「……ええと、楽曲編集、するか」
実績というなら取り敢えず今はネットに投稿したり音源にしたりなんだって出来る。
昨今のAI学習のせいか、性能の高いパソコンを学校が用意してくれているので、パソコン室へ。大体の期間肌寒いパソコン室は常に解放されているが、さすがにこの時間は人がほぼいない。
作曲に集中するためヘッドホンを付けながら、編集する。こういう作業は嫌いじゃない。
放課後の時間をフルに使って、私は私の世界に飛び込んで――
突然、グッとヘッドホンを外されて私は現実に叩き戻された。
何事かと横を振り向くと、デカい胸が目に入ってすぐに顔を上にやった。
赤い髪。サイドポニーくらいの位置に結っていて、丸い目は人懐っこそうで緩んだ口元も相まって人当たりが良さそう。だけどピアスバチバチでちょっと怖い。
陰キャにピアスはドラキュラに十字架と変わらない。
ていうか綺麗だなぁ。タイの色が青ってことは二年……え、同級生にこんな子いたんだ。
「あ、ごっめんね。何回か呼んだんだけどさ」
「あ、いえ、や、大丈夫、だよ?」
「今日初めて人と話した?」
「ていうか、今月?」
「え、何? 友達は?」
「いない」
「いないってことないっしょ。私、安心院和あじむなごみ。和って呼んで」
「あ、あと、日真桜夏、です」
「桜夏はさ、何やってんの?」
なんでこの人こんなさ、ぐいぐい来るの? もう呼びタメだしなんなん?
怖い。陽キャ怖い。
ああでも綺麗だな、こんなに快活で、バチバチにピアスも開けて。
私と住む世界が違うや。
ああ違う、何やってんのか、だっけ。
「ああっと、楽曲編集って言って、曲作ってる」
「そうなんだ……あのさ、動画編集って、出来る?」
頭に浮かんだクエスチョンマークがどうやらそのまま頭から出ていたらしく、和ちゃんはごめんごめん、と私の隣に座ってパソコンを起動させた。
良い匂いがした。
「これ、知ってる? ナックルダイスって言うゲームなんだけど」
映し出されたのは、キャラクターが画面両端に配置され、殴り合う2Dゲーム。
あんまりゲーム実況? 動画は見ないけど好きな配信者がこのゲームの大会に出ていて、存在は知っていた。
「格ゲー?」
「あ、そうそう、分かる? 格ゲー。私これが好きでさ、今5まで出てるんだけど2からやってるんだぁ」
「……え、クッソ前じゃない?」
「ちっちゃい頃からずっとやってるんだ。でね、SNSで動画を出したり、プロチームのトライアル? に使うやつがほしくてさ。でも、私こういうの全く分かんなくってさぁ」
SNSで使うって言うとショート動画で、トライアルは……たぶんアレだよね、デモ音源みたいな、長い試合を見やすいようにカットする感じかな。
まあ正直やったことはない。
やったことはないけど……この人、なんというか、おねだり上手というか、嫌味なく頼むのが上手い人だから断り切れない。
「まあ、やってみるって感じで良い?」
中途半端な返事だけど、一瞬で和ちゃんの顔が華やいだ。
「ぜんっぜんいい! やってくれるだけで助かる。ありがと! ああでも、邪魔しちゃってない?」
「ああうん。別にこれはいつでもできるから。じゃあとりあえず家帰ってやってみるね」
「うん! 明日の放課後、待ってるよ!」
和ちゃんと別れて、私は久しぶりに自分の胸中に何か、退屈以外のものが広がって来るようだった。
何かが始まる気がした。
そしてすぐに後悔した。
カット編集、SEの頭出し、あとBGMの選定、ああでもないこうでもない、テロップもこれで良いの分からず。
気付いたら朝になっていた。
有り得ない。
トライアル用の簡単なカットと簡単な短いSNS用動画編集で普通に夜が明けた?
馬鹿な、私はいつの間にか竜宮城にでも巻き込まれたのか?
あと解像度、お前だけは許せない。何が1920×1080だ。
最初気づかず横画面でやって全部やり直しになった。
縦動画用、みたいなプリセット初めから用意してよもう!
朝からエナドリをキメて寿命を前借りしつつ、授業の大半を睡眠に消費した。
そして、あまりに速い放課後、ややドキドキしながらUSBを片手にパソコン室へ向かうと、奥からガチャガチャと何かを叩く音が聞こえた。
見ると、光るクリアボタンがいくつかついた板をバチバチと押しながらゲームをする和ちゃんの姿があった。
とても真剣。
髪はポニテに結い直されて、動く手は絶え間なくリズムを刻むようでいて、殴りつけるように力強い。
すっご、これがゲームやってる時の、本気でプレイしてる人の顔か。
一試合が終わったところで声をかけると、和ちゃんはぱあっと花が咲いたように笑った。
私が男ならうっかり好きになってしまいそうだ。
USBを渡して確認してしまう。
正直、出来が悪い。テロップの装飾もそうだし、カットも繋ぎ方が結構無理やりかも。
選定頑張ったBGMとSEのタイミングは完璧なんだけど、頭出しをもうちょい意識した方が良いかな。テロップの表示も消すの速い気がする。
全てを見終わった後、和ちゃんは飛び切りの笑顔で私の手を掴んで振った。
「いいね! ありがと! すごいなぁ、桜夏は、音楽と編集も出来ちゃうんだ」
「いや、いやいやいやごめん、あんま、納得してないって言うか……」
「へ? 私は別に嬉しいよ。だってこれさ、桜夏がいなけりゃこの世にないかんね。ありがと」
私がいなかったら、この世になかった。
いやもう、ずるいだろ……なんでこの人は、私が言われたら嬉しいことをこんな平然と、言えるんだろう。
ずっとギターしかなかった私が、どれだけギターやってても言われなかった、やれなかったことを、言ってくれるんだろう。
「え、あれ? 何? ごめん、気に障った?」
「違うけ……何でもないんじゃ、でも、止まらんくって、あ、ごめ、忘れて」
思わず口から感情と共に出て来た、私の過去。
田舎から出て来た私が唯一捨てきれなかった物。
方言これのせいで、私は馬鹿にされるのが怖くて、あんまり人と話せなかった。
「方言? いいじゃん、私にないから好きだよ」
なんで、この人が言うと嫌味に聞こえないんだろう。
スッと、納得できるんだろう。
「ああ、あんまそういうの言わない方が良い? ごめんな、ノンデリってやつらしくてさ。でも、良いと思ったことは絶対言いたいんだよね」
「いやもう……ほんまノンデリじゃね。感情爆発すると、素が出るんよね。でも、ちょっと楽になったけぇ、ありがと」
「こちらこそ。ああそうだ、お礼しないと……お金が良いかな、いくら?」
「いや、あんなものでもらえない……ああそうだ、和ちゃん、音楽興味ない? 私今、LM部の部員探してて。あと四人見つけないと廃部になっちゃうんだけど」
私が出した入部届をひったくると、和ちゃんはすぐにペンを取り出して何かを書き始めた。
すぐにそのまま私に突きつけて来る。そこには、学年クラス、そして名前が書いてあった。
めちゃめちゃ達筆な字で、とてもこの目の前のギャルが書いたとは思えない。
「よろしくね、部長」
「あ、え……よろしく」
私の青春が、ふわっと香った気がした。
