恋人のやり方がわからない

「五十嵐くんは、いつも何考えてるの?」
 私はローファーに履き替えながら、ほんの少しだけ勇気を出して言いました。一つはせめてもの高校生らしい雑談として。一つは自分が聞かれたのだから相手にも聞いておくのが筋だろうと思ったため。一つは、純粋に気になったため。
「なんだろうな……」
 五十嵐くんは宙を向いて……そのまま、停止してしまいました。え、止まっちゃった……?
「……あんま考えたことなかったな。俺普段、何考えてんだろうな」
 だからそれを聞いているのですよ。
「よくわかんねえ」
「そっか……」
 まあでも私も答えられなかったわけですし、お互い様ですか。
 私は社交的配慮として、「へへ、ごめんね、変なこと聞いちゃった」と笑って誤魔化そうとしました。ですがそもそもこの質問を先にしてきたのは五十嵐くんの方だったわけで、私がそう言うのも変だと思い、結局は黙ってしまいました。
 二人並んで、昇降口を出ます。
「成瀬ってさ」
 五十嵐くんが、急に口を開きました。
「意外といろんな顔するんだな」
「……」
「なんか、思ってたのと違った」
 それは……悪口でしょうか。
「なんか、かわいい」
 それは……なんだ???
「……どうも?」
 私は困惑しながら、首を傾げることしかできませんでした。しばらくしてから、「あ! かわいいとは、男子式のからかいコミュニケーションだったか!」と思い至りましたが、ツッコミを入れるにはもう時間が経ちすぎていました。私だって、ツッコミに鮮度があることくらいは知っているのです。
 ……。
 なんだか、さっきの反応で、妙に本気めいてしまった。
 私は誤魔化すために精一杯頭を働かせ、「五十嵐くんは、どんなものが好きなの?」と必死に無難な質問を作り出しました。しかし五十嵐くんが返してきたのは、「俺は……何が好きなんだろ、特に思いつかねえな……」という、なんとも返答に困るもので……。
「じゃあさ、漫画とかアニメとか、あんまり見ない感じ?」
 私は再び必死に、それらしい質問を返しました。すると五十嵐くんは、「そうだな……」と少し宙を見たのち、
「あ、でも家になんかバスケットゴールがあって、よくボール投げて遊んでたりはするな」
 と言ってきました。なんだ、あるではないですか、好きなこと!
「なんか庭にあってさ。無心になれて、いいもんだよ」
 それはだいぶ好きではありませんか!
 しかし私が「五十嵐くんってバスケやってたの?」と聞くと、「ない。なんか親が勝手に買ってただけ」と返され、私には、普通の高校生らしい会話がわからなくなってしまいました。
 いや違う。
 多分この人、だいぶ変だ。
 私が「そうなんだ」と言うと、五十嵐くんは「ああ」と返し、再び私たちは無言になりました。
 また、無言……。
 ……。
 無言。
 だと思っていたのですが、
 五十嵐くんは突然「あのさ」と言うと、
 無理しなくて大丈夫だからな」
 と、続けてきました。
「……無理?」
「いやなんか、頑張って会話しようとしてんのかなって……」
「……そう見えた?」
「見えた……なんか、子供に気ぃ遣ってる親戚みたいだった」
「……」
 なるほど、私の中身など、それなりにお見通しということですか。
 ……あるいは、私がそんなにわかりやすいか。
「あのさ」
 五十嵐くんは続けます。
「俺、会話って二人で成立させるものだと思ってて……」
「……」
「片方だけが会話の責任取るの、どうかと思ってるから……」
「……」
「だから、無理しなくて大丈夫だからな」
「……」
 ……優しい。
 けれど、急になんの話ですか?
「ふふっ……」
「……?」
「五十嵐くん、面白い……」
「え……??」
 私は妙に可笑しくなってしまい、声を出して笑ってしまいました。五十嵐くんは一瞬、心外そうに小さく顔を歪めましたが、しかしすぐにふっと口元を緩め、「お前、そういう笑い方するんだな」と言いました。
「するよ!」
 私が返すと、五十嵐くんは、
「意外だった」
 と、小さく笑いました。
 そういう五十嵐くんこそ、意外と笑うじゃないですか!
 その後私たちは、すっと急に無言になり、無言のまま、帰りました。さっきまでの笑いは? わかりません。急に消えました。別れのT字路に着くまで、本当にずっと無言でした。
 それでも、気分は軽い。
 気まずくなかった。
 五十嵐くんが、無理するなって、言ってくれたからかな。
 さっきはあんな風に笑ってしまいましたが……あれはかなり、効きました。私は五十嵐くんの言葉を許可証のように抱え、今日のあれこれを思い出しました。許可証があるなら、見ていたのがバレたことも、指摘されて大声が出たことも、さっきの妙な会話も、妙な笑いも、きっと大丈夫……。
 ……。
 いや、許可証があったからといって、今日のあれこれは普通に恥ずかしい。
 明日も、五十嵐くんのことは見ないようにしましょう。私は再び、そう、決心しました。