恋人のやり方がわからない

 さて、なんの因果でしょうか。放課後、私は担任の先生に捕まってしまいました。それも、五十嵐くんと一緒に。
「ちょうどいい、お前らこれ進路指導室まで持ってってくれ」
 渡されたのは、ぎっしりと大学案内の入った段ボール二箱でした。
「重いから二人いるだろ」
 そりゃまあ、そうですが。
「お前ら帰宅部だしな」
 帰宅部も暇ではないのですが。
 最後の発言だけはどうにもいただけなく、私は露骨に眉間にシワを寄せて担任を睨みつけました。しかし担任は、そんなささやかな抵抗などまるで気にしていない様子で、「よろしくな」と去っていきました。ちなみに五十嵐くんはといえば、彼も彼で特に気にしていない様子で、「わかりました」と言っていました。
 さて、二人きりになってしまいました。
「……」
「……」
「……どっち持ってく?」
「俺こっち」
 そう言うと五十嵐くんは、少し多めに資料の入った箱を、ヒョイと持ち上げました。
「重くない?」
「重い」
「だよね」
「ああ……」
「……」
「……」
 本当に、喋らないな。
 喋らなくて、平気なんだな。
 私はもう一個の段ボール箱を持ち上げ、「重い」と呟いてみましたが、五十嵐くんは「だよな」とだけ言いました。そちらの方が明らかに重そうな箱を持っているでしょうに。
「……」
「……」
 私たちは二人並んで、進路指導室まで歩きました。
 私は真っ直ぐに前だけを見て歩きます。
 あの決心通り、隣だけは、見ないようにしなければ。
 そう。
 見ないようにしなきゃ。
 見ないようにしなきゃ。
 見ないようにしなきゃ。
 見ないようにしなきゃ。
 見ないように
「お前、最近俺のこと見てたよな?」
「はっ!? 見てないよ!?」
 五十嵐くんは肩をびくりと跳ねさせました。箱の中の資料が、ガタ、と揺れます。
 まずい。つい、大声が出てしまった。
「それは……気のせいじゃない……?」
「そうか……?」
「後ろの席によく大きい虫がいるから……」
「……? そうなのか……?」
 そう言うと五十嵐くんは、「そうか」呟いて前を向きました。
 いや、なんですかそれ。納得しないでください。教室で大きい虫なんか見たことありません。それは後ろの席にいるあなたの方が、よく知っていることでしょう。
 それより。
 見ていたのが、バレていた。
 バレていた……!!
 恥ずかしい。これは本当に恥ずかしい。恥ずかしさでわかりやすく顔が赤くなっていくのを感じながら、私は、さっと資料に目を落としました。どうか今の顔を見られていませんようにと、強く、強く、祈りながら……。
 私は、印字された「大学案内」の「大」の字一点を、逃げるように見つめました。高校生向けに作られた冊子の、呑気なフォント。いつもは微妙に腹立たしく見えるそれも、今だけは、なんだか救いのように思えました。顔の赤さも、不思議と落ち着いてきた気がしました。
 そうか、見ているのが、バレていたのか……。
 ……。
 そのうちに、私にある考えが浮かんできました。
 中途半端にバレているのなら、いっそ、すべてを明かしてしまう方が潔いのでは?
 あなたを見ていると、妙に落ち着きます……と。
 ……いや、これは、なんの告白ですか?
「……」
「……」
「……」
「……成瀬はさ」
「何っ!?」
「っ!」
 最悪です。また、つい大声が出てしまいました。五十嵐くんの箱から、またもやガタリと音が鳴ります。
「いや、別に、いつも何考えてんのかなって……思っただけ……」
「……」
 なんですかその質問。
 なんですかその、妙に答えにくい質問。
 反射的に見上げた先の五十嵐くんは、ただ、なんてことのない顔をしていました。
 ……。
「……別に、何も考えてないよ」
 そう返すしかなくないですか?
「……そうか」
 返ってきたのはそれだけでした。
「……」
 そうこうしているうちに、目的の進路指導室に着きました。
「これ、どこに置けばいいんだろうね」
「廊下でいいんじゃないか」
「盗まれないように中に入れた方がいいかも」
「こんなの盗む奴いねえと思うけどな」
「そうかも……」
「とりあえず部屋ん中見て決めるか」
 そう言って五十嵐くんは、段ボールを片手に持ち変えると、もう片方の手ですっとドアノブを捻りました。
 ドアには鍵がかかっていて、ガチ、とノブが止まる無情な音が響くだけでした。
「……廊下に置くか」
 そうして私たちは、部屋の前に荷物を置いて帰ることにしました。
「お前、これから帰るか?」
「うん」
「一緒に帰んね?」
「……」
 醜態を晒した相手と、まだ一緒にいなければならないのですか?
 ……。
「いいよ」
 いややっぱり、断る言葉を考える方が難しいです。
 そうして私たちは、帰宅まで一緒にすることになりました。