ある休み時間、私は消しゴムを落としてしまいました。角の取れた小汚くて丸い消しゴムです。それはどんどん転がっていき……数席先まで行って、ようやく別の生徒に拾われました。この生徒(Aくんとします)は、確かサッカー部の人だったでしょうか。Aくんは無駄のない動きですっと消しゴムを拾うと、やはり無駄のない動きで私の机にやってきて、言いました。
「これ、成瀬の?」
極めて自然体でフラット。かなり普通の高校生らしい。
そんな感じで、Aくんは、丸くて小汚い消しゴムをさっと差し出してきました。
「うん、ありがとう」
私は真似して自然体らしい笑顔を作ると、右手を出して、受け取りました。そのまま腕も、自然体らしい動きで伸ばそうとした時……私とAくんの肌と肌が、ピトリと触れました。
「ッ!」
全身がゾワリと悲鳴を上げ、消しゴムを落としそうになりました。Aくんは一瞬戸惑った様子を見せましたが、私が急いで「なんでもないよ」と笑顔を張り付けると、彼も彼でいつもの自然な笑顔に戻り、「おう」と、消しゴムを返してくれました。
そうしてAくんは、いつも属している男子グループの輪の中に入っていきました。その背中を見ながら、思いました。
やってしまった。
ちょっと触っただけであの反応は、かなり、ナシなのではないか。
人慣れしていないのが、露骨に出てしまった。
これはかなり、かなり……。
……。
いや、待て。
概ねよかったはずです。概ね。すぐにフォローしましたし、というか、Aくんがフォローしてくれましたし、全体としては、何も問題のない落とし物拾いでした。
実際Aくんは、私のことなど少しも気にしていないように、グループの中で楽しげに笑っています。
ほら、大丈夫……。
大丈夫……。
……。
私はチラリと、五十嵐くんを見ました。相変わらず窓際の席で、頬杖をつきながらぼんやりと外を眺めています。目線の向きを見るに、今は空を見ているのでしょうか。
社会の輪から外れて、何もせずに、ただぼんやりと外を見る。
そんな五十嵐くんを、私が見る。
なんか、妙に落ち着く。
……とかなんとかやっていたら、ふと五十嵐くんがこちらを見ました。
まずい!
私は咄嗟に自分の机に目線を戻しました。
すみません、何もやましい気持ちなんかないんです、本当なんです!
私は何かに向かって必死に言い訳をしました。いや言い訳というのも変です。実際、本当に、そういう気持ちはなかったわけですから!
あんな風に顔を背けるのは、あからさますぎたでしょうか。ですが、あれは、そうするしかない状況ではありませんか? じっと見続ける方が、おかしいではありませんか。そんなの、まるでこう、意識しているかのようで。
その後私は、何事もなかったかのように教科書を机に出すと、文庫本を出して、いつものように、読むフリを始めました。大丈夫、しくじってない。大丈夫だから……。
自分の身体がひどく緊張していたことに気づいたのは、授業が始まり、しばらく経ってからのことでした。何か、ものすごく大きな何かから解放されて、ようやく、どっと、疲れが押し寄せてきたのでした。
とりあえず五十嵐くんのことは、今後、見過ぎないように気をつけましょう。それだけは、強く決心しました。
「これ、成瀬の?」
極めて自然体でフラット。かなり普通の高校生らしい。
そんな感じで、Aくんは、丸くて小汚い消しゴムをさっと差し出してきました。
「うん、ありがとう」
私は真似して自然体らしい笑顔を作ると、右手を出して、受け取りました。そのまま腕も、自然体らしい動きで伸ばそうとした時……私とAくんの肌と肌が、ピトリと触れました。
「ッ!」
全身がゾワリと悲鳴を上げ、消しゴムを落としそうになりました。Aくんは一瞬戸惑った様子を見せましたが、私が急いで「なんでもないよ」と笑顔を張り付けると、彼も彼でいつもの自然な笑顔に戻り、「おう」と、消しゴムを返してくれました。
そうしてAくんは、いつも属している男子グループの輪の中に入っていきました。その背中を見ながら、思いました。
やってしまった。
ちょっと触っただけであの反応は、かなり、ナシなのではないか。
人慣れしていないのが、露骨に出てしまった。
これはかなり、かなり……。
……。
いや、待て。
概ねよかったはずです。概ね。すぐにフォローしましたし、というか、Aくんがフォローしてくれましたし、全体としては、何も問題のない落とし物拾いでした。
実際Aくんは、私のことなど少しも気にしていないように、グループの中で楽しげに笑っています。
ほら、大丈夫……。
大丈夫……。
……。
私はチラリと、五十嵐くんを見ました。相変わらず窓際の席で、頬杖をつきながらぼんやりと外を眺めています。目線の向きを見るに、今は空を見ているのでしょうか。
社会の輪から外れて、何もせずに、ただぼんやりと外を見る。
そんな五十嵐くんを、私が見る。
なんか、妙に落ち着く。
……とかなんとかやっていたら、ふと五十嵐くんがこちらを見ました。
まずい!
私は咄嗟に自分の机に目線を戻しました。
すみません、何もやましい気持ちなんかないんです、本当なんです!
私は何かに向かって必死に言い訳をしました。いや言い訳というのも変です。実際、本当に、そういう気持ちはなかったわけですから!
あんな風に顔を背けるのは、あからさますぎたでしょうか。ですが、あれは、そうするしかない状況ではありませんか? じっと見続ける方が、おかしいではありませんか。そんなの、まるでこう、意識しているかのようで。
その後私は、何事もなかったかのように教科書を机に出すと、文庫本を出して、いつものように、読むフリを始めました。大丈夫、しくじってない。大丈夫だから……。
自分の身体がひどく緊張していたことに気づいたのは、授業が始まり、しばらく経ってからのことでした。何か、ものすごく大きな何かから解放されて、ようやく、どっと、疲れが押し寄せてきたのでした。
とりあえず五十嵐くんのことは、今後、見過ぎないように気をつけましょう。それだけは、強く決心しました。
