恋人のやり方がわからない

「ねぇ悠介くん、今日は二人で一緒に勉強するやつやってみない?」
 お茶を持ってきた悠介くんに、私はそう言ってみました。
「勉強するやつ……」
「そう。二人でおんなじテーブルで、数学広げて、一緒に問題集進めるの……」
「いいけど……その……」
「ん?」
「数学なのか」
「あっ」
「まあいいけど……」
「いや別に数学じゃなくても、教科はなんでもよくて、でも漫画とかアニメとかだと数学やってるイメージが強かったから……」
 私が急いでそう言うと、悠介くんはふっと笑い、「知らなかった」と言いました。そうして今日は、私の向かい側に座りました。
「やろうぜ、数学」
「うん……」
 そうして私たちはノートと問題集をテーブルに並べました。私は付箋をつけていたページを開くと、チラリと悠介くんの方を見ました。
 あ、悠介くん、付箋とかつけないタイプなんだ……。
 ……。
 いや、今は集中しなければ。
 私はノートを開いて問題に手をつけました。部屋の中には、時計の針がカチカチと動く音と、シャーペンがサラサラと滑る音だけが響きます。それと、時折ページをめくる音も。
 ……。
 ……。
 ……悠介くん、筆圧強いんだな。
 ……いや、何を見ているんだ。
 ……。
 ……。
 悠介くん、睫毛長い……。
 いや。
 ……。
 ……。
 悠介くん、唇……いや!
「なぁ、お前、集中してる?」
「えっ!」
 余計なことを考えたのが、見抜かれた!?
「あー、その……」
 誤魔化そうとすると、悠介くんは、
「俺、集中できなくて……」
 と言って、「すまん」となぜか謝ってきました。
 ……え。
「悠介くん、集中できてなかったの……?」
「悪い……」
「いや、全然いいよ……俺も集中できなかったし……」
 私がそう言うと悠介くんは、「そうなのか?」と小さく目を見開き、それから少しだけ目を逸らすと、「やっぱそっち行っていいか……?」と、ほんのり顔を赤くさせました。
 そんな顔をされて、断れるわけがない……。
 いや、普通に嬉しいけれども……。
「……いいよ」
 私が言うと、悠介くんはそろそろと歩いてきて、私の横にそっと座りました。
 いつもの、これ……。
 どちらからともなく手を出すと、そろりと指先同士で触れて、いつものように絡ませました。
 キスしたい……。
 突然、そんな欲が湧いてきました。
 いや、突然じゃない。
 ずっと、思っていた……。
 でも、言っていいのだろうか。
 悠介くんは、いいよと言ってくれるだろうか……。
「……律?」
「あっ……」
 ハッとしました。私はじっと、悠介くんの顔を見続けていました。悠介くんは、不思議そうに私の顔を見返していました。
「どうかしたか……?」
「ごめん、なんでもない……」
 私は俯きました。
 言いたい。
 けど、言えない。
 あんなに恥ずかしかった告白はできたのに、「キスしたい」の一言が、言えないなんて。
「……」
「……」
「……律、やっぱりなんでもなくないよな?」
「え……?」
「いや、なんか、いつもよりソワソワしてるから……」
「っ……!」
 なんですかそれ!
 そんな簡単に、私の恥ずかしいところを、言わないでくださいよ!
 でも悠介くんは、逃がしてくれない。
「俺、悠介くんとキスしたくて」
 あー……言ってしまった……。
「……!」
 案の定、悠介くんは驚いた顔をしていて……。
 私はまともに見ていられなくて、「今のは忘れて」と、悠介くんと反対側の壁を向いてしまいました。それなのに悠介くんは、
「いや、忘れるは無理だろ……」
 なんて、言いました。それから、
「俺さ……」
「……」
「お前、そういうの嫌なのかと思ってた」
 と、言いました。
「えっ……」
 私が振り向くと悠介くんは、
「俺も、したい」
 と真っ赤な顔で、真っ直ぐな目で言ってきました。
「俺もしたいと思ってた」
「そうなの……?」
 本当に、そうなの?
「じゃあ、する……?」
「ああ……」
「でもするって、どうやれば……」
「普通に、すればいいんじゃねえの……」
「普通にって……」
「俺もわかんねえ……」
「じゃあ、その……」
「……」
 二人で、固まってしまいました。
「……」
「……」
「……とりあえず、こっち向けよ」
 悠介くんが、言いました。
「……」
 私は悠介くんの顔を見上げました。
「……していいか?」
「……いいよ」
「……するぞ」
「……うん」
 ……キス、するんだ。
 しちゃうんだ、キス。
 目を閉じて、少しだけ顔を近づけると、ふっと、唇に柔らかいものが触れました。優しく触れて、離れて、もう一度触れて。目を開けると、顔を真っ赤にさせて、溶けてしまいそうな目でこちらを見る悠介くんがいました。
 しちゃったんだ。
 本当にしちゃったんだ、キス。