恋人のやり方がわからない

 夜、私はいつものように、ベッドの上で一人寝転がっていました。机の上には英語の参考書を広げてありますが、どうにも触る気になれません。
 今日も結局、ずっと手を繋いでいた。
 手を繋ぐだけで、あっという間に時間が過ぎてしまった。
 ただ、手を繋いでいただけなのに。
「はぁ……」
 出てきたのは、びっくりするくらいに甘いため息で、本当に驚いて、自分で引いてしまいました。
「なんで、こんな……」
 こんなにも自分がこんなにおかしくなってしまうなんて、聞いていません。
「変だよ、こんなの……」
 ぼんやりと天井を眺めていたら、視界の端で、スマホが小さく光りました。
 通知。
 ぼんやりと手を伸ばして、少しばかり操作をした時でした。
「っ、五十嵐くん!」
 来ていたのは、五十嵐くんからのラインでした。
 あれって、本当だったんだ。本当にライン、送ってきてくれたんだ!
 そろりとタップすると、まっさらな青い画面の上に、「今日はありがとう」とだけ書かれたメッセージが送られてきていました。
 あまりにシンプル。あまりに五十嵐くんすぎる。
 なんか、素朴。
 なんか、可愛い。
「あっ、返信しないとだよね」
 こちらこそありがとう……これでいいだろうか。
 でも、シンプルすぎて、そっけないと思われてしまうだろうか。
 いやでも、それ以上のものは思いつかない。
 嬉しかったよ? 楽しかったよ?
 大好きだよ?
 ……。
 ……いやいや、そんな。
 私は結局「こちらこそありがとう」とだけ打ち込んで、何度も何度も読み返し、誤字がないことを確認して、それから、送信ボタンを押しました。いつの間にか、私の心臓の動きはドキドキと早まっていました。
 ……大丈夫だよね? 変なこと、書いてないよね?
 既読はすぐにつきました。
 返信も、すぐに来ました。
 内容は「よかった」という短い一文。それから、にっこり笑う三毛猫の可愛らしいスタンプ。
 ……。
 ねっ、猫!?
 見間違いか? 五十嵐くんが、猫!? そんなことがあるのか? いやでも五十嵐くんだし、普通にあり得るのか? などとスマホを凝視していたら……猫のスタンプは取り消され、代わりに、シンプルな黄色いサムズアップのスタンプが送られてきました。
「え、えぇー……」
 なぜ消したのですか……。
 五十嵐くんは、バレていないと思っているのでしょうか。いや、私は自分のメッセージを読み返していたところでしたから、しっかりとラインを開いていました。つまり、既読はしっかりとついていたはずです。
「猫、気になりすぎる……」
 私は無機質なサムズアップを眺めながら、ぎゅっとスマホを握りしめました。
「見てなかったことにすべきかな……」
 でも、既読つけましたよ……?
「あ、こっちからかわいい猫ちゃんスタンプを送ってみたらどうだろう」
 そうすれば、五十嵐くんも、また猫ちゃんを送ってくれるでしょうか。
「俺も持ってたよね、スタンプ……」
 そうです、一応これでも、私は猫ちゃんのスタンプを持っているのです。
 黒猫のスタンプ。かわいいとも無難とも、少しだけスタイリッシュとも取れる、男子高校生らしい絶妙なラインを狙ったもの。といっても親としか、使ったことがないのですが……それでも、五十嵐くんに送るには、ちょうどいいのでは……。
「あ、でも……」
 もしかしたら五十嵐くんは、さっきの猫ちゃんスタンプを本当に恥ずかしいと思っているかもしれない。
 五十嵐くんはあんな感じですが、意外と照れます。であれば、私が可愛らしい猫ちゃんのスタンプを送れば、五十嵐くんのやったことを蒸し返し、傷つけてしまうかもしれません。
「……わからない」
 結局私は、「俺も」という文面の末尾に、にこりと笑う絵文字だけをつけた短いメッセージを送りました。デフォルトで搭載されているだけの、シンプルな絵文字。これくらいなら、いいですよね?
 送信の直後、ポンと既読がつきました。
 あ……。
 見てる。画面の向こうに、五十嵐くんがいるんだ。
 今、いるんだ。
 ……なら、もっと、喋りたい。
 でも、喋ることがない。
 今は家なのだから、学校では恥ずかしくて言えないようなことだって言えるはずです。くだらないことは……雲だの蛾だの、割といつも言っていますが、もっとくだらなくて、もっと本音で、もっと親密なものでもいいはずです。
 例えば、キスしたいな、とか。
 ……。
 ……今、何を考えた?
「っ……!?」
 急に猛烈に恥ずかしくなり、私はアプリを閉じると、急いでスマホを枕の下に隠しました。
 恥ずかしい。おかしい。こんなの自分じゃない。怖い。