恋人のやり方がわからない

 気がつけば窓の外は、赤く、暗くなっていました。空には月と、点々とした星が浮かんでいます。
 結局、手を繋いだだけで、終わった。
 お喋りも、ゲームも、勉強も、それらしいことは何もしなかった。
 そんなことがあるのか。
「成瀬、送ってく」
「大丈夫だよ、一人で帰れる……」
「俺が送りたい」
「……じゃあ、送ってもらおうかな」
「ありがと」
 ありがとって……。
 一階に降りると、五十嵐くんはお母さんに「ちょっと出かけてくる」と言いました。その言い方が妙に雑で、私は内心少しだけ笑ってしまい、それと同時に、ああ、自分は丁寧に扱われていたのだなと、遅れて自覚しました。
 いや、昔の五十嵐くんって、こんなに丁寧だったか?
 ……まあ、いいか。
 夜風が、そっと頬を撫でていきます。
「……今日は天気がいいね」
「そうだな」
「月がよく見えるよ」
「お前、月も好きなのか?」
「そうだね、結構好きかな……月も好きだし、雲とか雨とかも……」
 雨……。
 ふと、五十嵐くんに傘を貸してもらった時のことが浮かびました。
 浸っているところを見られて、勘違いで傘を貸してくれて、初めてまともに喋ったと思ったら、その後は無言で……。
 あの時は、まだ、友達ですらなかったんだよな……。
 ……。
 急に、胸がドキドキしてきました。このままでは、緊張が伝わってしまうのではないか……と思いましたが、五十嵐くんは、小さく、「いいな、それ」と言うだけでした。
 五十嵐くん、丁寧だけど、やっぱり五十嵐くんだ。
「成瀬のそういう話、もっと聞きたい」
 ……そういうところも、五十嵐くんだ。
「……そんなに話すようなことはないよ……五十嵐くんは?」
「俺は……どうだろうな」
「あんまり自然は見ない……?」
「見ないな……」
 そう言って空を見上げると、五十嵐くんは、「やっぱ三重に見える……」と呟きました。
「三重……?」
「俺、乱視なんだよな」
「そうなんだ……?」
「生活には困んねえから、メガネもコンタクトもつけてねえ」
「へぇ……?」
 なんですかその情報。なんで視力の悪さで、そんなに堂々としているのですか。
「でもお前が綺麗だと思うものちゃんと見らんねえのは……ちょっとあれかもな」
 ……なんで急に、そんな爆弾を投げてくるのですか。
「……普通に便利になるし、いいと思うよ」
「いや、俺は、お前が好きなものを……」
「わかってる!」
 また、つい、大声が出てしまいました。
「……急に声でけえよ!」
「わかってる……」
 五十嵐くんが、わざわざ恥ずかしいことを言い直すからです!
 ……なんて、私は、こんなにも不安定な人間だったでしょうか。
 ……五十嵐くんも、こんなに、ぐいぐいと来る人だったでしょうか。
「……とりあえず、メガネは買うといいんじゃないかな」
「やっぱそうか……」
「俺は裸眼だけど」
「……」
 そう言うと五十嵐くんは小さく目を見開き、「お前、目いいんだな」と呟きました。それから、「あんなに本読んでるのに」、とも。