恋人のやり方がわからない

「あのさ、成瀬、なんか俺に用事ある……?」
「えっ?」
 四時間目後の休み時間、お弁当を出そうとしていた私のもとに、五十嵐くんがやってきました。五十嵐くんにしては、ひどく控えめな声でした。
「用事……?」
「いや、なんかこっち見てたから、なんかあんのかなって……」
 ……バレていた!
「えっと、用事……」
 ないことはない。むしろ、ちゃんとある。けれど、それを出していいのか、さっきまさに迷ったところで……。
 いや、ちゃんと作戦は練ったはずだ。
 決意もしたはずだ。
 見せて、いいはずだ。
 なのに、急に不安が押し寄せてきた。
 もう一度、ノートの入ったカバンに視線を落としました。
 カバンをじっと見て、それからもう一度五十嵐くんを見て……、
 ……。
 真っ直ぐな顔。
「成瀬……?」
 珍しく控えめな声。
 ……断れなくなってしまった。
「あのっ、大したことじゃないんだけど……」
「ああ」
「その、絵を見て欲しくて……」
「絵……?」
 そう言うと私は、もうどうにでもなれという気持ちでノートを引っ張り出し、開きました。
 三つの入道雲。
「これ、どれがいいかなって……」
 俯きながら言いました。
 何を言われるのか。
 怖い。恥ずかしい。やっぱり、見せなければよかったか?
 なのに。
「うま……」
「え……」
 その声で、私は五十嵐くんを見上げていました。
「いつの間に……すげえ描いてるじゃん……」
「あ……」
「うま……」
「いや、そんな大したものじゃ……」
 反射で、謙遜しようとしました。
 なのに。
 五十嵐くんは、あの時と同じ顔をしていました。
 初めて絵を見せた時と、同じ。
 あの、妙にキラキラした……。
 ……。

 嬉しい。

 もう、認めないのは無理でした。
 嬉しい。もっとその顔を見たい。かわいい。もっとその顔見せてほしい。いっぱい見せてほしい。
 たくさん、見たい。
「……五十嵐くん、この中でどれが一番好き?」
「え……全部いいけど……」
「一個だけ選ぶなら?」
「……」
「選んでくれたやつ、完成させるから」
「……じゃあ、真ん中のやつ」
 五十嵐くんは、おずおずとノートの雲を指差しました。
「描いたら、もらってくれる?」
「……くれるのか?」
「あげる」
「……」
「……」
「……」
 あげるだなんて、私は何を言っているのでしょう。
 もう、完全にやけくそでした。
 沈黙。
 いや、いい。
 もう、どうにでもなってしまえ。
「……」
 長い長い沈黙の後、五十嵐くんは口を開きました。
「……嬉しい」
 その頬はほんのりと赤く、その顔には、ほんのわずかに、笑みが浮かべられていました。