17年前の明日、僕は空の青さを知る。

「前の賢太の記憶を保持したまま再起動できるように、元の人工知能のほうを作り替えるの。もちろん、この先何十年と記憶を保持できる状態にしてね」
「それ、実現可能性どれくらいです?」

 愛の質問に、母親はスッと研究者の顔になる。

「二階から目薬」
「……」
「を、針の穴に通すぐらいの確率かしら」
「結構どころじゃないわ、すっごいバカだわこの人」
「え?」
「あ、すみませんお義母さん。つい本音が」

 三人の間に粛々とした静寂が訪れる。

 バラバラなようでいて結局、皆の気持ちは一つ。
 前の賢太のことも賢太として、忘れたくない。ずっと心に留めておきたい。新しい賢太を代用とするんじゃなくて。

 なんとかこの世に、17年分の愛知賢太の生きた証を。

「あっ」

 愛が素っ頓狂な声を上げた。「あった。先輩の形見」。

「は? さっきなにもないって言って……! まさかお前、愛知との子どもを身ごも痛ってぇぇぇ! なにすんだよ!」
「馬鹿! 変態!」

 愛は思いきり日下部の尻を蹴り上げた後、母親に向き直った。

「先輩の今後についてはおいおい考えるとして、その前に、どうしてもお願いしたいことがあります」。

 なにかと尋ねた母親に愛は、深く頭を下げた。


「愛知先輩と私のリレー小説を、ネットで公開する許可をください!」


 愛の言う形見。それは二人で書いたリレー小説のことだった。
 確かにその半分は「愛知賢太の小説」。生前の愛知が唯一遺した、彼の生きた証。

 それに対して母親はもちろんすぐに快諾……とはいかなかった。

「えっと、愛ちゃん? 私が母親面してこんなこと言うのもなんだけど……全世界に息子とその彼女の妄想全開の、その、イチャラブ夢小説を公開する許可をしろと、そう言ってるの?」
「そうです。あちこちで濃厚な○○や××をしている、もはや官能小説にも等しい、先輩のレゾンデートルです」
「やめて、その言い方やめて、愛ちゃん」

 母親は困惑したし、はじめは反対した。それは息子の名誉と同時に、愛の名誉を守るためでもあった。

 特に愛の場合は、将来本気で小説家を目指していると聞く。その場合問題となるのが、リレー小説の半分を賢太が執筆している以上、枠組みとしてはいわゆる「AI生成作品」となってしまうこと。
 AI作家が悪とは言わないが、今の時代、まだコンテストの要綱でもほとんどの場合AI生成作品の応募が禁止されているなど、決して有利な肩書ではない。

 彼女の将来を考えた場合、それが本当に最善の選択なのか?

 しかし愛は頑として折れなかった。愛知賢太の17年をこの世に残すことが、それこそ自身のレゾンデートルなのだと。
 それを聞いて、母親はようやく相好を崩した。

「わかったわ。愛ちゃんがそこまで言うのなら。賢太の意志をどうか、よろしくお願いいたします」