17年前の明日、僕は空の青さを知る。

「ったく、辛気臭ぇ顔すんなよ!」

 日下部が軽く愛の頭をはたく。

「脳が入れ替わったって、あいつはあいつじゃねぇか。記憶を失っても、その、愛っていう感情はそう簡単に、消えるもんじゃねぇ、だろ……」

 自分で言っておいて恥ずかしくなったのか、日下部の声は徐々に小さくなっていった。愛の「クッサ」というセリフがさらに追い打ちをかける。

「うっせぇな! あいつなら、たとえ生まれ変わってもお前と一緒になりてぇって言うに決まってんだろ!」

 嘘だ。日下部は、生前の賢太から遺言らしきWordファイルで「君が愛さんの新しい王子様になって、この先ずっと守ってあげてほしい」と直接愛のことを頼まれているのだが、彼はそんなの知ったこっちゃないと思っていた。
 やるなら自分でやれ。お前の言うことなんか聞いてやるか、と。

「……脳が変わっても、」

 今度は愛がひとりごとのように話し始めた。

「先輩は先輩のままかもしれない。もしそうなら私はもう一度、先輩のことを好きになっちゃうと思う。だけど……私が知ってるあの先輩は、前の先輩だけなんだよ。17年生きて育まれた、愛知先輩。代わりなんていないの。
 私は私の知ってる先輩を忘れて幸せになるぐらいなら、一生一人でいたほうがマシ。新しい先輩が前の自分の記憶を忘れちゃう分、私が先輩の思い出を引きずって生きるの。先輩だって、きっと忘れてほしくないって思ってるはずだから」

 これも嘘だ。愛は生前の賢太からの「自分のことなんて忘れて幸せになってくれ」という最期のメッセージを受け取ったつもりだが、受け取ったそばからゴミ箱にシュートしていた。
 基本的に変人揃いの文藝部員の中に、賢太が遺した意志を尊重しようという殊勝な人間など存在しないのである。

「でもよ、」と日下部は反論する。

「たとえば新しい愛知に告られたらどうすんの? 前の愛知に悪いからって断るわけ? それはそれで愛知が可哀想じゃん」
「そんなの、形見の一つも遺していかない先輩が悪いじゃんね。私知らんし」

 日下部の意見を突っぱね、愛はフンッと鼻を鳴らす。日下部は「愛知はまさか愛がここまで意固地だとは知らなかったんだろうな、俺は知ってたけど」と内心密かに勝ち誇る。
 が、それはそれとしてなんとかしてやらないと前の賢太も浮かばれないだろうなと思う。

「だったら、中間択はどうかしら?」
「お義母さん?」

 母親がおずおずと提案を口にする。