17年前の明日、僕は空の青さを知る。

 川沿いを走り始めておそらく数百メートル。前方に、スラッと華奢なシルエットが見えた。暗くても見間違えようがない。涙で滲んでゆく輪郭に向かって、僕は人目もはばからず叫んだ。

「愛さん!」
「先輩! ……きゃっ」

 彼女の口から聞き覚えしかない悲鳴が漏れた瞬間、ドッと全身の力が抜けた。自転車がふらつき、横転する。「おらっ、愛! クリスマスプレゼントだ!」。叫びながら、日下部が僕の尻を蹴る。

「早く逃げろ!」
「はっ!? どこへ!?」
「知るか! お姫様を連れ出すのは王子様の仕事だろ!」
「連れ出されたのは僕だけど!?」
「だから真面目か! いいからさっさと走れよ! 早く!」

 考える間も惜しい。僕は愛の手を取って走り出した。遠くへ、遠くへ、正真正銘の逃避行だ。

「先輩ぃ……会いたかっだよぉ!」

 泣きながら走る器用な愛に、不器用な僕はただただ涙で応戦する。「先輩!」愛がひと際大きく声を張った。

「新幹線のチケットが、二枚あります! はぁ、はぁ……明日の朝一で、名古屋に向かって、そこから逃げる作戦を立てましたっ!」
「どこまで!?」
「終点までっ!」
「今夜は!?」
「相部屋です! というか、愛部屋です!」
「愛さん、結構、はぁっ、余裕あるね」
「そこのホテルですっ! ピンクの!」
「ラブホじゃんっ! まずいって! 僕ら、高校生……はぁっ!」
「この日に予約取れただけ御の字だら! 覚悟決めりんっ! 今すぐっ!」

 もう知らん! 僕は愛の手を握ったままネオンの看板の下に滑り込む。すぐに入室を……と思ったが、リレー小説で散々想像したのと現実では手続きのやり方がまるで違う。そもそも予約したの僕じゃないし。
 結局、愛が不慣れな手続きを頑張ってくれて、僕らはなんとか誰にも見つからず愛部屋へと逃げおおせた。

 ドアを閉じた瞬間、愛が胸の中に飛び込んできた。「う゛っ」とダサい声を上げながら、僕は彼女を受け止める。

「ぜんぱい゛ぃっ!」
「はぁっ……ぼ、僕も会いたかった……愛さん」

 いまだ整理しきれない頭の中、ただ一つだけ確実なことがあった。

 僕は幸福だ。こんなにも。
 ずっと求めていた温もりが今、腕の中にあるのだから。

 僕は少し汗ばんだ柑橘の匂いと一緒に、その周りの空気を思いっきり吸い込んだ。



  それから僕たちは気が済むまで泣き喚こうとし、済む気配がなかったので、そのまま感情の赴くままに求め合った。
 会えなかった時間を埋めるように、乱暴に。

 そして僕と彼女の肌が溶け合い、二人の存在の境界すら曖昧になった頃。突然、意識がブラックアウトしていく。
 それはいつも病院でかけられる麻酔の感覚とよく似ていた……