17年前の明日、僕は空の青さを知る。

「さて。ゴリラは隅っこに置いといて、そろそろ本題に入らせてくれ」

 そう言って袴田先輩は教室の隅の椅子に腰かける。また小さな笑いが起こる。僕は、上手く笑えていたかわからない。

「今年、文藝部は二人の先輩が卒業して三名になった。新入生が一人だけ入部してくれたから、今は四人なんだが」
「あぁ……五人以上いないと部として承認されないから、来年度の廃部が確定してしまうということですね?」
「やっぱり話が早いな。そう、それで君に文藝部に入ってくれないかと、日下部をスカウトに派遣したのに……」

 袴田先輩が恨めしげに部屋の真ん中の会議用テーブルに目をやると、日下部はすでに役目は終えたと言わんばかりに読書に興じている。
 太宰治の『人間失格』だ。まるで僕に対する当てつけのように感じてしまうのは、さすがに被害妄想が過ぎるだろうか。

「ともかく、そういうわけで学業超優秀かつどこの部にも所属していない君に、白羽の矢が立ったわけだ!」
「あと一人でも一年生呼べてれば、声をかける必要なかったんだけどね」

 日下部が本に目を落としたままつぶやく。とてもお願いしている側の態度とは思えないが、無視されるよりかはよっぽど気持ちがいい。「おい日下部!」とたしなめようとする袴田先輩を制して、僕は口を開く。

「いいですよ。入ります、文藝部」
「! ほんとに!? 勧誘しといてなんだけど、いいのか? そんな簡単に」
「はい、どうせ放課後は家に直帰するだけだったんで。それに、」
「?」
「いえ、なんでもないです」

 どんな理由であれ、僕に目をかけてくれた人がいる。その事実が嬉しかった。僕が入部するだけで少しでもこの人たちの役に立てるのなら、断る選択肢なんてない。

「遅くなってすみません!」

 真後ろで扉が開いて大きな声がした。その後すぐに、驚いたように「きゃっ」という悲鳴が続く。知っている悲鳴だと思った。

「阿良々木ちゃん、お疲れ様。一年生の教室は遠いんだから、遅れてもいいんだよ」
「でも、」
「そもそも、まだ、始まってない。部活」

 振り返ると、成人男性平均身長とだいたい同じ171センチの僕とほぼ同じ高さに、ボブカットの顔がある。お昼休みよりも近くで見たら、前髪の間から覗く目はおどおどした態度とは対照的にくっきり横長で力を感じる。キュッと固く引き結ばれた唇は自信のなさにも、反対に強い意志の表れのようにも見えて、掴みどころがない。

 阿良々木、と呼ばれた少女はお昼休みには愛と呼ばれていた。すなわち、阿良々木愛(あららぎあい)
 阿良々木愛は僕と目が合うと、膝丈より長いスカートを腿のあたりでギュッと握り「お昼はありがとうございました!」と言った。