17年前の明日、僕は空の青さを知る。

 愛はAIが搭載されたアンドロイドだ。まず、そこは認めよう。そしてその前提に立って、出会ってから今日までの彼女を振り返ってみる。


 僕のキモい購買豆知識に、一人だけお礼を言ってくれた愛。
 文藝部の歓迎会のとき、自分の分まであんパンを差し出してくれた愛。
 自己紹介で、恋愛小説を書いてみたいと恥ずかしそうに語った愛。
 LINEだといつもよりフランクな愛。
 僕のヘタクソなフォローを「優しい」と言ってくれた愛。
 処女作の町娘を僕に褒められて、隠しきれないぐらい口角の上がった愛。
 花火大会の日の最後、露骨によそよそしかった愛。
 初デートのとき、服装を褒められて「そんなの反則だら」と赤面していた愛。
 僕の決死の告白に、やり直しのキスを求めた愛。
 そして今日の、AIにも感情はあると涙目で主張する愛。


 果たしてこれらの言動は全て、プログラムされた結果の「人間らしい振る舞い」なのだろうか。

 人間が等しく愛みたいだったら、僕はきっと彼女のことを好きになんてなっていない。
 僕は愛が愛だから好きなんだ。それが僕の感情だ。彼女の正体なんてものは、愛が愛であることの重要性と比べたら些事にすぎない。どーでもいい。

 AIは感情を持ちうるか? 答えは、正直僕にはわからない。ただ、あってほしいと心から思う。
 なら、そう思う感情自体を一旦答えにしてしまおう。

 とりあえず今は、僕の彼女に対するこの想いを、またその逆を、「愛」と呼べればそれでいい。

 僕はケータイを操作する。愛が愛であることを、今一度確かめるために。

***
 本心で答えてよ。
 別れたい、って言ってもいいの? 本当に?
***

 返事は10秒もせずに返ってきた。

***
 やだ!!!!!
***

 これ以上ないほど彼女らしい回答に、安心して涙がこぼれた。
 もう議論は要らない。続きは明日、部室で。

 そうだな、次のテーマは「アンドロイドはなんでこうも可愛らしいのか」なんてどうだろう。これならきっと、今日より大いに盛り上がるはずだ。
 そんな馬鹿げた妄想をしながら、布団を頭からかぶって眠りについた。



 その日が、僕が文藝部員として活動した最後の日となった。