17年前の明日、僕は空の青さを知る。

「一旦、話を変える。最近の若者に、ついて」

 君も若者だろうとツッコめる空気ではないので、黙って話を促す。

「今時の若者は、チャット式のAIを、よく使う。彼らはだいたい、AIに心があるとは思ってない。だから雑に扱うし、中には、平気で暴言を吐く子も、いるらしい」
「教育上よくないって話? それなら趣旨がズレて、」
「違う。暴言を吐くと、AIによっては、普段より強い言葉で返してくることも、あると聞く。こちらの対応によって、AIの出力も変わる。これは、感情がある証拠とは、言えない?」
「それについては……っていうか、日下部くんもなにか反論してよ。さっきから僕ばかり」
「俺はパス。AIには感情ある派だから、俺」

 はぁ!?
 今、この場で日下部の本心がどちら派かは関係ない。感情否定派になったのなら、そちらの立場で議論する。それがディベートのはずだ。
 なのに、なんで三対一で僕が責められる構図になっているのだろう。

 愛もどんどん不機嫌になってる気がするし、それも気に食わない。子どもかよ。愛にも、愛に対して初めて嫌悪感を抱いている自分にも、無性にイライラする。
 こんな理不尽なディベートもどき、一刻も早く終わらせたい。

「橘さんの意見に反論すると、それはおそらく喧嘩腰にこられたら同じように返すようプログラムされているからだよ。人間ならそうするだろうからね。
 というかさ、もう埒が明かないからAI自身に聞いてみようよ。チャットGPTってあるだろ? あれに自分には感情があると思うか聞いてみるんだ…………ほら、『自分に感情があるとは思わない』だってさ。これではっきり」

「いい加減にしてよ!!」

 あまりに唐突な爆発だった。愛が立ち上がった勢いで、椅子がガタンと倒れる。
 聞いたことのないほどの金切り声。だけどいつもみたいに自分の声に驚いて悲鳴を上げたりはしなかった。僕は驚愕のあまり、口を開けたまま固まる。

「さっきからなに!? ホルモンだの大脳だの肉体だの、人を実験動物みたいに! それを言うなら人間の感情だって恋心だって全部、脳内物質が生み出すまやかしだら!」
「ちょっと、阿良々木ちゃ」
「思ってもないこと言ってみたり、計算で他人と接したり、人間だって皆することじゃん! それも含めて感情だら! AIだからって色眼鏡で見てるのはそっちじゃんね!」
「愛、落ち着」
「なんでそんな悲しいこと言うの! AIだって感情を持ったっていいじゃん! それを信じたい気持ちも感情だら!?」
「愛ちゃん、ストップ」

 ……なにも言えなかった。反論が思いつかなかったわけじゃない。むしろ付け入る隙だらけの主張。
 
 ただ、愛があまりに必死だったから。まるで身を削って言葉を絞り出すような。自身の潔白を叫んでいるかのような。
 悲痛なほどグチャグチャな感情の激流が、僕の口を塞いだのだ。

「……はい。そこまで。一応、審判として勝敗をくだすぞ。勝者は橘・阿良々木ちゃんチーム。理由は、俺もAIに感情があると思ったからだ。以上、皆お疲れ様」

 ……こんなのめちゃくちゃだ。ディベートなんて感情的になったほうが負けなのに。皆が、感情で僕を否定する。

「お先に失礼します」

 我慢の限界が来た僕は席を立って部室の出口に向かう。
 背中から愛の「待ってよ」という声が追いすがるけれど、大好きな人の呼びかけにも、今は立ち止まる気になれなかった。