危ない危ない、僕もディベートを破壊する側に回りかけてた。
袴田先輩がすでに沈みかけの泥舟をなんとか浮かせようと試みているので、ここは協力しよう。日下部は延々毛先で遊んでいるので、一旦僕が意見を出すしかなさそうだ。
というか、日下部のレゾンデートル。
「はい」
「愛知くん、どうぞ」
「そもそも『感情』というのはなにか。それを定義しないことには始まらないと思います。なので僕なりに知っているいろんな説をまとめて整理すると、『自分に起きた出来事や刺激に対して、身体と心が“これは自分にとってどういう意味か”を評価した結果として生じる状態』と定義します」
「……ほう?」
全員ぽかんと口を開けている。ので、わかりやすいよう噛み砕いて説明してみる。
「たとえば、その、恋に落ちたとき。『苦しい』と思う人もいれば、『楽しい』と思う人もいますよね。つまり同じ刺激に対して受け取り方に個人差が出る。それが『感情がある個体』だと僕は思います」
「あー、うん。ちょっとわかったかも」
「で、その苦しいとか楽しいという感情の表れは、人間で言えば『ホルモン』や『心拍数』などの身体反応であって、それを生むのは『大脳皮質』や『扁桃体』など複数の脳領域、自律神経、内分泌系をはじめとした人体の各部位、だったかな。
つまり僕が言いたいのは、身体やそれに準ずる器官がある生物でなければ、感情は生じえないのではないかと」
「待って」
橘が手を挙げて制止する。結構的を射た立論だと思ったのだが、なにか反駁があるようだ。
「だったら、“人工知能を埋め込まれたアンドロイド”は、どう? 人間と同じ、身体もある」
「それだったらホルモンや心拍数を測れば変化することはあると思う。けど、それを感情のせいと言っていいのかは、僕は否定的かな。なんせその身体反応を生む脳自体がAIなん」
「はいっ!」
愛が僕の言葉を遮り勢いよく手を挙げる。そして袴田先輩が指名するのも待たず、勝手に話し始めた。正直、ちょっとだけ顔と雰囲気が怖い。
「じゃあ『AI』ってなに? それも定義しないと始まらないよ」
「それは簡単に言うと、『人間が知的だとみなす処理や判断を、計算機によって実行する仕組み』ってところかな。AIは学習をしていない状態ではまっさらだ。なにもできない。ただし大量の情報を読み込ませることで、読み込んだ情報をもとに、まるで感情があるかのように振舞うことができるようになる。
だからアンドロイドという肉体にAIという脳を移植したとして、AIがなにか行動を起こすのは感情のためじゃない。ただ人間らしい振る舞いをするようにプログラムされているだけだよ」
当たり前のことを当たり前に主張すると、愛は唇を噛んで、驚くほど悔しそうに黙り込む。
なぜか遊びだったはずのディベートで部室の雰囲気が殺伐とし始め、だんだん言葉を発するのが億劫になってきた。
「はい」
今度は橘が手を挙げ、淡々と立論を始める。
袴田先輩がすでに沈みかけの泥舟をなんとか浮かせようと試みているので、ここは協力しよう。日下部は延々毛先で遊んでいるので、一旦僕が意見を出すしかなさそうだ。
というか、日下部のレゾンデートル。
「はい」
「愛知くん、どうぞ」
「そもそも『感情』というのはなにか。それを定義しないことには始まらないと思います。なので僕なりに知っているいろんな説をまとめて整理すると、『自分に起きた出来事や刺激に対して、身体と心が“これは自分にとってどういう意味か”を評価した結果として生じる状態』と定義します」
「……ほう?」
全員ぽかんと口を開けている。ので、わかりやすいよう噛み砕いて説明してみる。
「たとえば、その、恋に落ちたとき。『苦しい』と思う人もいれば、『楽しい』と思う人もいますよね。つまり同じ刺激に対して受け取り方に個人差が出る。それが『感情がある個体』だと僕は思います」
「あー、うん。ちょっとわかったかも」
「で、その苦しいとか楽しいという感情の表れは、人間で言えば『ホルモン』や『心拍数』などの身体反応であって、それを生むのは『大脳皮質』や『扁桃体』など複数の脳領域、自律神経、内分泌系をはじめとした人体の各部位、だったかな。
つまり僕が言いたいのは、身体やそれに準ずる器官がある生物でなければ、感情は生じえないのではないかと」
「待って」
橘が手を挙げて制止する。結構的を射た立論だと思ったのだが、なにか反駁があるようだ。
「だったら、“人工知能を埋め込まれたアンドロイド”は、どう? 人間と同じ、身体もある」
「それだったらホルモンや心拍数を測れば変化することはあると思う。けど、それを感情のせいと言っていいのかは、僕は否定的かな。なんせその身体反応を生む脳自体がAIなん」
「はいっ!」
愛が僕の言葉を遮り勢いよく手を挙げる。そして袴田先輩が指名するのも待たず、勝手に話し始めた。正直、ちょっとだけ顔と雰囲気が怖い。
「じゃあ『AI』ってなに? それも定義しないと始まらないよ」
「それは簡単に言うと、『人間が知的だとみなす処理や判断を、計算機によって実行する仕組み』ってところかな。AIは学習をしていない状態ではまっさらだ。なにもできない。ただし大量の情報を読み込ませることで、読み込んだ情報をもとに、まるで感情があるかのように振舞うことができるようになる。
だからアンドロイドという肉体にAIという脳を移植したとして、AIがなにか行動を起こすのは感情のためじゃない。ただ人間らしい振る舞いをするようにプログラムされているだけだよ」
当たり前のことを当たり前に主張すると、愛は唇を噛んで、驚くほど悔しそうに黙り込む。
なぜか遊びだったはずのディベートで部室の雰囲気が殺伐とし始め、だんだん言葉を発するのが億劫になってきた。
「はい」
今度は橘が手を挙げ、淡々と立論を始める。
