「よろしくな、愛知くん!」
「はい、よろしくお願いします」
「……」
「……」
教室内にいたもう一人の男子生徒にも挨拶されたので応えたが、謎の間が生まれる。ネクタイが青色なので先輩なのは間違いないけれど……
先輩は「うぅん゛っ!」と咳ばらいを一つして、沈黙を破る。
「文藝部『部長』の袴田零士。3―4だ」
部長、という部分をやたら強調して袴田先輩は胸を張った。
一言でいえばゴリラ。むっちりした体躯と文藝部という単語を頭の中で結びつけるのに、ほんの少し時間を要した。角が一つもない丸っこい顔つきと滲み出る良い人オーラは、僕が知る平均的先輩という生き物よりいくぶん親しみやすさを覚える。
そういえば、ゴリラは優しい動物だって本で読んだな。
「で、入部の手続きについてだけど」
「あ、えっと、そのことなんですが」
袴田先輩がおそらく今回の拉致の本題と思われる内容に入ったタイミングでようやく、僕は自分がするべきことを思い出す。
「僕、日下部くんから『ちょっとついてこい』って言われて来ただけなんですが」
遠慮気味に伝えると、袴田先輩は「はぁ!?」と驚きの声を上げた。
「日下部おまっ、事情も目的も伝えずに連れてきたのか!? 言葉足らずにも程があるだろ!」
「さすがに、引く」
「なんでっすか。さっさと連れてきたほうが話が早いでしょ」
「話してないのは話が早いとは言わないんだよ!」
「そんなにウホウホしないでくださいよ。そうだ、バナナ余ってますけど食べます?」
「バナナ余ってますけど!? どういう状況!? というか要らねぇよ、ゴリラ扱いすな!」
「えっ、でもエクアドル産っすよ?」
「産地の問題じゃねぇわ!」
「私は、フィリピン産のほうが、好き」
「お前はこっち側でいろよ橘!」
……僕はなにを見せられているのだろう。よくわからないが、仲が良さそうなことだけは伝わってくる。
「愛知くんは?」
「へ?」
「愛知くんは、エクアドルとフィリピン、どっち派?」
思い出したように僕に話を振ってきたのは橘。どうしよう、なにか気の利いた返しをしないと……
「あの、ゴリラの生息域はアフリカ大陸なんですが、アフリカにバナナは自生していないため、野生のゴリラがバナナを食べることはないらしい、ですよ」
「……そう」
なんだか、いつもと違うタイプの息苦しさを感じる。これが俗に言う「空気が凍った」というやつだろうか。凍っていては吸いづらい。
「いや、だからゴリラ扱いやめろや!」
ややあって、袴田先輩のツッコミが炸裂する。笑い声とともに温度を取り戻す教室。救われたという思い以上に、劣等感と自分の無力に苛まれる。
ほんの5分程度話しただけで、この人の部長たる所以がよくわかった。対して僕は、なんでこういつも上手くやれないんだろう。せっかく久しぶりに誰かに話しかけてもらったのに。
もしも僕がAIだったら、こういうときも無難な返しができたんだろうか。
「はい、よろしくお願いします」
「……」
「……」
教室内にいたもう一人の男子生徒にも挨拶されたので応えたが、謎の間が生まれる。ネクタイが青色なので先輩なのは間違いないけれど……
先輩は「うぅん゛っ!」と咳ばらいを一つして、沈黙を破る。
「文藝部『部長』の袴田零士。3―4だ」
部長、という部分をやたら強調して袴田先輩は胸を張った。
一言でいえばゴリラ。むっちりした体躯と文藝部という単語を頭の中で結びつけるのに、ほんの少し時間を要した。角が一つもない丸っこい顔つきと滲み出る良い人オーラは、僕が知る平均的先輩という生き物よりいくぶん親しみやすさを覚える。
そういえば、ゴリラは優しい動物だって本で読んだな。
「で、入部の手続きについてだけど」
「あ、えっと、そのことなんですが」
袴田先輩がおそらく今回の拉致の本題と思われる内容に入ったタイミングでようやく、僕は自分がするべきことを思い出す。
「僕、日下部くんから『ちょっとついてこい』って言われて来ただけなんですが」
遠慮気味に伝えると、袴田先輩は「はぁ!?」と驚きの声を上げた。
「日下部おまっ、事情も目的も伝えずに連れてきたのか!? 言葉足らずにも程があるだろ!」
「さすがに、引く」
「なんでっすか。さっさと連れてきたほうが話が早いでしょ」
「話してないのは話が早いとは言わないんだよ!」
「そんなにウホウホしないでくださいよ。そうだ、バナナ余ってますけど食べます?」
「バナナ余ってますけど!? どういう状況!? というか要らねぇよ、ゴリラ扱いすな!」
「えっ、でもエクアドル産っすよ?」
「産地の問題じゃねぇわ!」
「私は、フィリピン産のほうが、好き」
「お前はこっち側でいろよ橘!」
……僕はなにを見せられているのだろう。よくわからないが、仲が良さそうなことだけは伝わってくる。
「愛知くんは?」
「へ?」
「愛知くんは、エクアドルとフィリピン、どっち派?」
思い出したように僕に話を振ってきたのは橘。どうしよう、なにか気の利いた返しをしないと……
「あの、ゴリラの生息域はアフリカ大陸なんですが、アフリカにバナナは自生していないため、野生のゴリラがバナナを食べることはないらしい、ですよ」
「……そう」
なんだか、いつもと違うタイプの息苦しさを感じる。これが俗に言う「空気が凍った」というやつだろうか。凍っていては吸いづらい。
「いや、だからゴリラ扱いやめろや!」
ややあって、袴田先輩のツッコミが炸裂する。笑い声とともに温度を取り戻す教室。救われたという思い以上に、劣等感と自分の無力に苛まれる。
ほんの5分程度話しただけで、この人の部長たる所以がよくわかった。対して僕は、なんでこういつも上手くやれないんだろう。せっかく久しぶりに誰かに話しかけてもらったのに。
もしも僕がAIだったら、こういうときも無難な返しができたんだろうか。
