17年前の明日、僕は空の青さを知る。

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 ハローハロー、愛子さん。

 実はさっきまで、病院でたくさんの管に繋がれていたんだ。昔からずっとそう。サヴァン症候群の研究という名目で、僕は医者たちに実験動物のように扱われている。

 耐え難いほどに冷たくて、機械的。まるで空っぽの箱みたいな時間だ。
 この管の一本一本が僕を普通じゃない存在足らしめているのだとしたら、今すぐ引きちぎって君の元に行きたい。
 僕は君にお姫様になってほしいと言った。けど、本当はそうじゃない。特別な二人じゃなくていいから、君ととびっきりの普通を謳歌したかったんだ。

 どこにでもいる高校生みたいにデートして。一つの時間を半分こして。いちいち覚えていられないほどの思い出を積み重ねて。
いつかは母にも君のことを紹介したい。これが僕の自慢の彼女だよって。「やるじゃない」なんて言われながらひけらかしたい。
 叶わない未来じゃないはずだ。空箱から飛び出せば、僕らは普通の恋人同士なのだから。

 なのにどうしてだろう。先のことを考えるとなぜか、黒いモヤモヤが視界を覆う。自分自身原因がわからないモヤモヤだ。
 いつかそれが君にも牙を剥くんじゃないかと思うと、どうしようもなく不安になる。

 ……僕はいったいなにを言ってるんだろう。君と結ばれて、こんなにも幸せだというのに。
 過ぎたる幸福はそれを失う恐怖をも生むのだろうか。

 手に入れることは失うこと。
 傷付くことは傷付けること。
 夢を見ることは諦めること。
 愛することは恐ろしいこと。
 
 君と出会ってからずっと、僕の感情は真っ二つに引き裂かれている。
 恋って優しいけれど、冷たい。だから今はただ、安心できる温もりが欲しい。

 今日は君の唇の感触を抱いて寝よう。
 君に会える明日が待ち遠しい。
***


 後部座席で揺られながらとんでもなく赤裸々な感傷を綴った後、平静を装って愛に『更新しました』と連絡を送る。すぐに既読が付いて『了解です!』と返信が届く。

 この瞬間がいつもむず痒くてたまらない。初心な少女に丸裸の写真を送り付けているみたいな、背徳的な気分になる。
 これを読んで、君はいったいなにを思うのだろうか。

 怖いけれど、全部知ってほしい。
 それから、君にも忘れてほしくないんだと思う。今の僕を。

「着いたわよ」

 母の声で意識が二人の愛の巣からファミレスの駐車場に戻って来る。少しお高い分、なかなかのクオリティを誇ると噂のチェーン店だ。わりと夜遅くなのにほぼ満席で、唯一空いていた窓際のテーブルに通されて向かい合わせに座る。

「私はこれでいいわ」

 投げやりみたいに母が選んだのは和風ハンバーグとライスのセット。僕も同じのにしようかと思ったが、以前食べた母のハンバーグの味を上書きするのがなんとなく嫌で、結局、明太子パスタとポテトフライを頼んだ。

「母さんもポテトフライ、食べる?」
「……一本だけいただこうかしら」

 会話らしい会話はそれだけで、あとはお互い黙々と目の前の食事に向き合った。