17年前の明日、僕は空の青さを知る。



 その後、ついに日下部が戻ってくることのないまま、袴田先輩は解散を伝えた。

「あとは俺に任せて。君は阿良々木ちゃんをしっかり駅まで送り届けてあげたまえ」

 でも、と言いかけて口をつぐむ。
 今まで愛は部活の後、日下部と一緒に帰宅していた。なら日下部はただ落ち込んでいるのではなく、愛と帰宅する役目を自然に僕に譲るため姿を見せなかったのかもしれない。全く、彼には頭が上がらない。

「わかりました。お任せください」

 我ながら大袈裟に任務を請け負うと、愛と連れ立って部室を出、玄関に向かう。一年も二年も、ついでに三年も玄関の位置は近い。
 合流していつものように正門に向かおうとすると、後ろから制服の袖をつままれる。

「西門側から、帰らん?」

 振り返るとモジモジしながら、愛。その仕草と西門というワードで全てを理解する。
 わが校は最寄りの東岡崎駅に続く道が大きく二つある。正門からの道と、西門からの道だ。後者は伝統的に「恋人ロード」と呼ばれている。由来は説明するまでもない。

「ごくり……」
「口で言う人、初めて見たわ……」

 初めて西門側から校舎を出ると、目の前には駅付近までほとんどまっすぐに伸びる道がある。そして、前の通行人はほとんど二人組で、手を繋いでいた。

 ……日本には、「郷に入っては郷に従え」ということわざがある。日本人たるもの、そして紳士たるもの、ルールは守るべきだ。他意はない。
 僕らはどちらからともなく指を絡め合い、駅へと続く10分程度の道を、このうえなくゆっくりと歩き始めた。


 九月といってもまだ暑い。僕は自分の手汗が気になってしかたなかった。気持ち悪いと思われてないだろうか? だけどそんな心配は、愛の笑顔一つで吹き飛んだ。

「先輩と恋人ロードを歩いてるなんて、夢みたい」

 こちらこそ、こんなに可愛い子が僕の彼女だなんて夢みたいだ。
 はじめのうちはお互い緊張から黙りこくっていたが、途中からはそれがとてももったいないことだと気付き、黙っていた時間分も取り返すようにしゃべり続けた。

「それにしても、例のノンフィクション小説には驚かされたよ。……愛さんの目には、僕ってあんなにカッコよく映ってるの?」
「へ? べ、別に私は、普通に見たままの描写を、」
「僕の顔の周りってキラキラが飛び交ってるの? 今も?」
「……もう、先輩まで意地悪して」
「ごめんごめん。嬉しくって、つい」
「私も先輩のSF小説読みたかったんだけどなぁ」
「まぁ、それはおいおい。ところで愛さんって、執筆のときAIは使ったりするの?」
「ああ、うん。使うっていうか、お手伝い?はしてもらってる、かな?」

 歯切れの悪い言い方に小さな疑問が生じた。が、まぁセンシティブな話題だしと納得する。

「なんでそんなこと聞くの?」
「いや、ちょうどSFの話題が出たからさ。あの後少し考えたんだけど、AI絡みの設定にするなら、岡崎の花火は実はAIが取り仕切っていて光の明滅で人間とコミュニケーションを取ろうとしていた、なんてのはどう?」
「……それ、私の宇宙人設定のパクリだら」
「うん。だから書くのやめた」
「ふぅん。共同作業みたいで悪くないけどな」

 どうでもいい話をしていたらあっという間に駅だ。
 どうせならもっとロマンティックな話をすればよかったかなという思いと、少なくともまだ一年半はこの道を一緒に歩けるのだから焦らなくていいかという思いがある。

 相反する二つの感情。やっぱり恋というのは矛盾でできているらしい。
 どんな本にも載っていなかった世界の心理を愛のおかげで発見し、僕は無性に嬉しくなった。

「じゃあ、気を付けて」
「うん。また明日」

 愛が改札を通り抜けホームへと登っていく。
 感情を捨てたかった男と恋心を知りたかった女はこの日、お互いの姿が見えなくなるまで手を振り合っていた。