17年前の明日、僕は空の青さを知る。

「彼はトイレ、行ってる」
「じゃ、じゃあ僕もちょっとトイレに、」
「待て、愛知くん」

 袴田先輩の制止の言葉が響く。別に怒っているふうではないけれど、今までにない圧があって、自然と姿勢が正される。

「君は俺らと一緒に先に品評会だ」
「でも、」
「いいから」

 その語気の強さに、鈍い僕もようやく先輩の意図を悟る。ここで僕が迎えに行くことほど、日下部にとって屈辱的なことはないだろう。
 僕は席に着いておとなしく品評会の輪に加わる。といっても、ほとんど愛のノンフィクション小説の話題で冷やかされただけだったが。

「そういえば、愛知先輩は今回作品書かなかったんですか?」

 愛の質問に横の二人が食いつく。

「そうだよー。愛知くんの花火SF小説読みたかったのに」
「愛沙ちゃんも、楽しみに、してた」
「もう勘弁してください……後生ですから……」

 一言一言の合間にダメージを受け続ける愛を横目に、僕はちょっと真面目になって答える。

「その、書こうと思ったんですけど……どうしても気分が乗らなくて」
「? なにかあったんですか?」

 愛の真っ直ぐな問いと、あの日の母の声が重なる。

『その子と関わるのはもうやめなさい』

 もちろんそんな命令に従うつもりはない。たった一人の肉親であっても、全く心の内を見せてくれない人より、愛や文藝部の皆との関係のほうがずっと大事だ。
 けどたまに、母の言葉の裏に隠されたものを読み解こうとしてしまう。少なくともああ言ったときの母の表情は、僕にまるっきり興味ない人間のそれには見えなかった。だからこそ心が晴れず、また気も散ってしまい、とても執筆どころではなかったのだ。
「なんでもないよ。愛さん」僕が心配をかけまいと答えると、

「はい、『阿良々木』どっか行きましたー」
「カフェに、お出かけしてるんじゃ、ない?」
「もしくは河川敷かな?」
「しつこいですよ二人とも」

 そして最後まで他の作品には一切触れることなく品評会が終わったのだが、こんなんでいいのか文藝部。
 正直、日下部のデスゲームについては皆でいろいろ考察したかったのだけれど……尻から火種が落ちたら死ぬ理屈とか。