17年前の明日、僕は空の青さを知る。



「はー! 面白かったねぇ映画!」
「そうだね」

 はい、僕は嘘つきだ。映画の内容なんてほとんど覚えていない。この僕が。横の愛が近すぎて、完全に意識を持っていかれていた。
 いつかと同じ柑橘系の香りが暗闇の中でずっと鼻先をくすぐり続けてきて、愛が身じろぐたび、それが濃くなったり薄くなったり。きっとこれからの人生、ミカンを食べるたび僕は今日を思い出すのだろう。

 そしてできることなら、そのときも隣で君に笑っていてほしい……よくもまぁ、二か月ちょっとでここまで夢中になれたものだ。
 今なら自信を持って言える。僕は愛が好きだ。きっと日下部にだって負けないぐらい。

 その後、僕らはショッピングモールからバスで駅へ帰った。改札に一歩近づくたび、足にかかる重力が増す。まだ別れたくないと、地球も言っているようだ。
 僕は母なる大地からの要請に応え、今世紀最大の勇気を絞り出す。

「まだ話し足りないんだけど……ちょっと、川辺でおしゃべりでも、しない?」
「……うん」

 愛の返事は夏の終わりの空気を含んでしっとりとしていた。
 駅の反対側、要するに花火のときと同じ北口側に出て、歩いて数分。河川敷はコンクリートの階段のようになっていて、僕らはそこに腰掛けた。

 自分からおしゃべりしようって言ったくせに、なんの話題も思いつかない。日下部のときと違ってちょっとだけ焦る。僕は全然気まずいわけじゃないけど、愛を退屈させてないか心配で。

「ほんとはね、」

 痺れを切らしたように愛が先に口を開いた。

「映画の内容なんてほとんど覚えてないじゃんね。なんか、別のことばかりに意識がいっちゃって」

 なんだ、愛も嘘つきだったのか。

「……実は僕も。愛さんのことばかり考えてた」

 出てきたのは自分でも驚くほど素直な言葉。「私は先輩のこと考えてたとは言ってないし」と愛は突っぱねるけれど、照れ隠しなのは明白だ。これだけ長く二人きりで過ごせば馬鹿でもわかる。
 隣の愛に目をやると、愛はボブカットの髪の先を手でくしゃっとやって顔を隠そうとしている。が、長さが全然足りなくて真っ赤な顔が丸見えだ。

 このままじゃ愛おしすぎて、狂う。理性が壊れる前に、ちゃんと伝えなければ。
 僕は背筋を伸ばし、愛の横顔を見つめる。

「愛子と賢人は結ばれたよね」
「えっ!? あっ、リレー小説の話? なによ急に」
「悩んでるんだ、続き。いかんせん、誰かと付き合った経験なんてないからさ」
「?」
「今日は小説の資料集めって言っただろ。だから、」

 協力してほしい。できれば、これからもずっと。

 ここ数日考えに考えて続けた告白のセリフ。完璧に決まったと思ったのに、愛はなにも応えない。静寂の中、目の前の川で鯉の群れが口をパクパクして泳いでいる。
 待て待て、今は愛のセリフのシーンだ。お前らは黙ってろ!

「やり直し」
「へ?」
「キザすぎる。先輩っぽくない。やり直し」

 そんなバカな……補欠のセリフなど当然用意していなかった僕がワタワタし始めると、愛はにへらと実に愉快そうに笑った。

「そっちのほうが先輩らしいよ。……てか私、ちょっと眠くなってきたじゃんね」
「えぇ!? じゃ、じゃあそろそろお開きにして、家に……あ」

 愛は目をつぶり、唇をこっちに突き出している。
 ……そういうこと。僕は敵わないなと苦笑いをこぼし、お姫様に眠気覚ましの魔法をかけてやった。

 本当に、甘ったるいことこの上ない。