17年前の明日、僕は空の青さを知る。



「おい。お前、愛知賢太だな」

 放課後帰りの準備をしていると突然、不機嫌そうな低い声に名前を呼ばれた。教室の前扉を全開にして、一人の男子生徒がまっすぐにこちらを見ている。
 ぱっちりとした瞳が印象的な童顔だが、やや太めな眉とキリッとした鼻、薄い唇が、平成初期的イケメンの香りを漂わせている。ほんの少しだけ茶味がかった黒髪はパーマをかけているかのようにオシャレだが、校則で禁止なのでおそらくは天然物だ。一番扉に近い席の女子が声にならない黄色い声を上げる。

 男子生徒はずかずかと教室の中に侵入してきて、窓際最前列の僕の前で立ち止まった。

「俺はくさか」
「2―8の日下部(くさかべ)ミツルくん、だよね?」

 またしても言ってからしまったと思ったが、彼は有名人なので初対面の他人が知っていても別に変ではないだろう。
 というか、向こうも僕を知っている風だったし。

「知ってるなら話は早い。ちょっとついてこい」

 話が早すぎてちょっとついていけないが、それを伝える勇気のない僕は言われるがまま踵を返した日下部の背中を追う。
 教室中の好奇の視線が集まっているのを感じ、とりあえずこの場から逃げ出したいというのもあった。

 日下部は第二校舎の階段を躊躇なく上ってゆく。三階より上は三年生の教室ゾーンなので普段なかなか足を踏み入れることはないが、日下部は迷いない足取りで四階まで辿り着くと、突き当たり一つ手前の空き教室(というより用具室?のような小さめの部屋っぽい)のドアに手をかけた。

「新入部員連れてきましたー」
「おお、本当に噂どおり話が早いな」
「ミッション達成、さすが、日下部くん」

 待て待て待て。さすがにこのスピード感は現代っ子でも厳しい。平成初期が令和を追い越すな。

「し、新入部員、ですか?」

 おそるおそる尋ねるが、返答の前にホワイトボードに書かれた「ようこそ文藝部へ!」の文字が視界に入る。「ようこそ、文藝部へー」と覇気のない声でそれをそのまま読み上げたのは、ボードの前に立つ女子生徒。
 きめ細やかな茶髪はギャルにありがちなそれに見えるが、染髪も禁止なのでこちらもおそらく地毛。かと思いきや、明らかに校則違反の短いスカートを見るに少し怪しいか? 白い顔の上に黄金比のように配置されたパーツはどこか人間離れしており、動くお人形と言われても納得する。端的に言えば、ものすごい美人だ。
 そしてこんなに目立つ存在の名を僕が聞いたことないはずもなく。

「2―7の、橘京華(たちばなきょうか)さん」
「うん、よろしく」

 よろしくじゃないが。と思いながらもダウナー系の気の抜ける話し方に惑わされてつい「よろしく」と返してしまう。

 そして。