17年前の明日、僕は空の青さを知る。

***
 赤、黄、青。カラフルな光が真っ黒な空を刹那の花畑へと変貌させる。

「綺麗ですね」

 隣の君のつぶやきは、花火の破裂音と大歓声の中でもやたらはっきりと耳に届いた。
「君のほうが綺麗だよ」そう言えたら少しは格好もついただろうに、臆病者の僕からそんな言葉が出てくるはずもなくて。
 ボブカットを耳の後ろにかけた君の横顔に見惚れることしかできない。

 この夏、僕は君を花火大会に誘った。その日に告白すると二人は必ず結ばれるという、ありがたいジンクス付きの大会だ。
 でも、誘った時点で僕の勇気は底をついてしまったらしく、用意していた言葉はいつまで経っても口から出てくる気配がない。

 鮮やかな火の種に顔の半分を焼かれながら、僕はひたすら君の表情の中に「それ」を探す。

 君の中に芽生え始めたという感情。僕はそれがなにか確かめたい。
 だったら聞き出せばいいだけの話なのに、聞くのが怖いと思っている。

知りたいのに知りたくない。矛盾。自分でも説明不能な、相反する二つの感情。

 もしかしてこれがそうなのか? 君が知りたがっていた感情を一緒に探すうちに、僕も魔法にかかってしまったのだろうか。
 だとしたら厄介だ。辛くて、苦しくて、切なくて。だけど優しくて、ドキドキして、温かくて。もっともっと浸っていたいと思ってしまう。

 僕は感情を持たないAIになりたかったはずなのに。こんなの知っちゃったら、もう前の自分には戻れない。


 不意打ち気味にそのときは訪れた。フィナーレに向けて輝きを増す夜空をよそに、僕の心臓はドクンと大きく跳ねる。

いつのまにか君も僕のほうを見ていて、色素の薄い瞳の中心に真っ赤な顔の僕が映っていた。
 無言のまま見つめ合うこと数秒。世界が、止まる。

「ねぇ、賢人くん。返事聞かせて」

 ねだるような君の声に理性なんて容易く弾け飛ぶ。そして。

「愛子さん。僕のお姫様になってください」

 今夜最後の大きな花火と同時に、僕は君の王子様に立候補した。
 少し躊躇ったような間の後、君は――
***

 夢というのは時折、その人の深層心理の欲望を見せることがあるという。あの日病院で見た夢は僕の欲望。こうあってほしいと願う本心。

 以前、袴田先輩は「僕自身が書きたい物語」を書くように言った。
 だから僕は自分の気持ちに正直に筆を走らせた。日下部を出し抜いてでも。ずるくても卑怯でも。僕は阿良々木愛を手に入れたい。

 いっそ悍ましいほど醜い感情。だけど、だからこそ。僕は人間なんだ。

「すみませーん戻りまし……きゃっ」

 トイレとは完全に逆方向から戻ってきた阿良々木愛は、僕と目が合った瞬間に小さな悲鳴を上げ、そして、すぐに逸らした。

「も、もう戻って来てたんだね。ミッくん」

 しかも日下部だけに話しかける。その不自然さに、日下部だけじゃなく袴田先輩や橘の頭の上にもハテナが見える。

 あぁ、これはアレだ。完全にやらかした。
 僕は叫びたいのを必死でこらえ、とっくに冷えたたこ焼きを口の中に押し込んだ……