17年前の明日、僕は空の青さを知る。



 両の手一杯に食べ物やら飲み物やらを持った三人が帰って来る。
 見たところ、チョコバナナ一本以外は全てしょっぱい系だ。橘のチョイスなのだろう。そして言うまでもなく、チョコバナナは袴田先輩用だろう。

「なんの話してたの?」

 阿良々木愛が僕と日下部の間に座る。なぜか柑橘系っぽい匂いが鼻腔を満たすが、特にそれらしい食べ物は見当たらない。

「別に。愛が昔からニブチンだって話」
「なにそれ! ひっど!」

 匂いの発信源を探ると、おそらく阿良々木愛本人であることに気付く。制汗剤? それとも整髪剤? わからないが、ただでさえいつもと雰囲気の違う彼女が発してよい匂いではない。非常に凶悪だ。けしからん。もう少しだけ嗅いでみよう。

「愛知先輩、なんか臭います? ……あ、これだら」

 そういって阿良々木愛は焼き鳥を一本パックから取り出し、先っぽを無断で僕の口に押し込んできた。

「美味しい?」
「うん……美味しい、です……」

 美味しいが、非常に凶悪だ。もし僕が総理大臣になったら真っ先に廃止にしよう。

 阿良々木愛は「あーん」及び「柑橘系の匂いの保持」、ついでに「不意のタメ口」、廃止。これでは日下部の言うとおり告白者が多く出るのも納得である。

 あと日下部も。そんな怖い目は廃止で頼みます。

「ところで、花火開始までまだだいぶ時間があるな。皆、抜け出すなら始まる前にしとけよ」

 後ろから袴田先輩が、前方の僕ら三人に向けて意味ありげに言う。いや、むしろ意味しか感じない。
 阿良々木愛を挟んで、男二人の間にフライングの火花が散る。くそっ。先輩も、橘もニヤニヤしやがって。
 日下部がさすがに苛立ったように言い返す。

「そういう袴田さんこそ、抜け出さなくていいんすか……チョコバナナと二人で」
「しねぇよ! バナナに告白なんて!」

 袴田先輩のツッコミに全員一斉にブッと吹き出し、束の間、いつもの文藝部の空気が戻って来る。
 あぁ、やっぱりここは僕が思う存分息を吸える場所だ。失いたくない……

「そういうことなら、遠慮なくお先に行かせてもらうっす」

 日下部が軽い調子で言って立ち上がった。まさかこれほど直球でくるとは思わず、阿良々木愛以外の三人が言葉を失う。この場でまだ日下部の気持ちに気付いていないのは彼女だけだ。

「どうしたの、ミッくん?」

 不思議そうな阿良々木愛をまっすぐに見つめる日下部。……なんて男らしくてカッコいいんだろう。彼と結ばれれば、阿良々木愛はきっと幸せになれる。
 短い付き合いの僕ですらそう確信できるほど、日下部はイイ男だ。僕なんかが出る幕は最初からなかったってことで……


『本心で話せよ。人形じゃあるまいし』


 そうだ……AIのように、求められた無難な返事を出力する。そんなのクソ食らえだ。欲しいものがあるのなら手を伸ばすしかない。
 たとえ、失いたくないものを捨ててでも。

 僕は考えるより先に立ち上がり、叫んだ。

「大事な話があるんだ! 一緒に来てくれ! ……く、日下部くん!」

 声が大きすぎて、周りの客が一斉に僕らのほうを振り向いた。僕は構わず「は?」と呆けている日下部の手を掴む。

「へ? うそうそうそ、はっ!? ほんとに!? 尊っ!!」

 後ろから橘の大歓喜する声が聞こえてきたけど、無視して会場の隅へと足を早めた。