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小学生までの僕は勉強が人よりできるだけの普通の子どもだった。友だちと呼べる存在も少ないながらいたし、それなりに楽しく過ごせていたと思う。
だけど中学生になった途端、周囲の僕を見る目が明らかに変わった。どうやら僕が当たり前にできることが皆の当たり前ではなかったらしい。小学校より授業のレベルが上がったことで、その差が顕著になり始めたのだ。
元々幼少の頃より、医師から「『サヴァン症候群』に伴う極めて優れた記憶能力を有している」との説明を受けていた。俗に言う「完全記憶能力」に近いものだと、僕は認識している。
お昼休み、昼食を買いに購買へと向かう。2―1の教室がある第二校舎から購買までのルートの途中、渡り廊下を通って主に一年生の教室がある第一校舎を横断する必要があるのだが、そこで並んで歩く三人の女子生徒と遭遇した。
赤いリボンなので一年生。タイミングと進行方向から考えて、彼女たちも購買に向かおうとしているのだろう。
「げっ、財布忘れた!」
向かって右端の少女が頭を抱える。
「取りに戻るから先行っててー」
「いいよ、私たちも一緒に戻るし」
「焦らなくても購買は逃げないからね」
「いや! た、たぶん逃げちゃうと思う、よ?」
思わず声をかけてしまった。驚いたようにこっちを見ている後輩たちに、僕は慌てて言葉の意図を説明する。
「購買は一年の教室が一番近いから基本的には売り切れてることはないんだけど、今日は水曜日でしょ? 水曜の四限は3―2の日本史の鈴木先生と3―5の現国の豊永先生はチャイムと同時に授業を切り上げるからもうそろそろ購買組が一気にやって来るし、2―3は体育の授業中体操着のポケットに小銭だけ入れておいてグラウンドから購買に直行する人が結構いるせいで、他の曜日より売り切れるのが若干早いんだ。だから一回教室に戻ってる時間はない、と、思い……」
言いながら気付く。今の僕、結構キモくない? もしかしてまたやらかしてしまったのでは……心配を裏付けるように、三人は思いきり目を剝いている。
またこれだ。正常な人間の中に混入した異物を見る目。この手の視線に晒されるたび、ひとりでに呼吸が浅くなる。酸欠みたいに、頭からスッと血の気が引いていく。
「キモい」だの「やばっ」だの言われているうちはまだマシだったけれど、いつからだろう、皆僕の存在自体を煙たがり、遠ざけるようになっていった。
僕はまるで空気だ。空気なのに、空気が不足している。無視されるのは、苦しい。
「お、教えてくれてありがとうございます! 愛知先輩!」
お礼の声が廊下に響いた。左端に立つ、長身ボブカットの少女の声だった。少女は自分の口から出た声の大きさに驚いたように「きゃっ」と可愛らしい悲鳴を上げた後、深々とお辞儀をした。遅れて、他の二人も小さくお辞儀をする。
「行こ、愛」と真ん中の少女がボブカットの少女の袖を軽く摘まむ。ボブカットの少女はもう一度なにか言いたげにこちらに目配せした後、おとなしく手を引かれて去って行った。
「……ってか、あの子愛知先輩って」
後輩たちがいなくなった後、僕の不名誉が一年生にまで広がっているという事実に、一人震え上がる。
だけどなぜか、少しだけ息がしやすくなったような気がした。
小学生までの僕は勉強が人よりできるだけの普通の子どもだった。友だちと呼べる存在も少ないながらいたし、それなりに楽しく過ごせていたと思う。
だけど中学生になった途端、周囲の僕を見る目が明らかに変わった。どうやら僕が当たり前にできることが皆の当たり前ではなかったらしい。小学校より授業のレベルが上がったことで、その差が顕著になり始めたのだ。
元々幼少の頃より、医師から「『サヴァン症候群』に伴う極めて優れた記憶能力を有している」との説明を受けていた。俗に言う「完全記憶能力」に近いものだと、僕は認識している。
お昼休み、昼食を買いに購買へと向かう。2―1の教室がある第二校舎から購買までのルートの途中、渡り廊下を通って主に一年生の教室がある第一校舎を横断する必要があるのだが、そこで並んで歩く三人の女子生徒と遭遇した。
赤いリボンなので一年生。タイミングと進行方向から考えて、彼女たちも購買に向かおうとしているのだろう。
「げっ、財布忘れた!」
向かって右端の少女が頭を抱える。
「取りに戻るから先行っててー」
「いいよ、私たちも一緒に戻るし」
「焦らなくても購買は逃げないからね」
「いや! た、たぶん逃げちゃうと思う、よ?」
思わず声をかけてしまった。驚いたようにこっちを見ている後輩たちに、僕は慌てて言葉の意図を説明する。
「購買は一年の教室が一番近いから基本的には売り切れてることはないんだけど、今日は水曜日でしょ? 水曜の四限は3―2の日本史の鈴木先生と3―5の現国の豊永先生はチャイムと同時に授業を切り上げるからもうそろそろ購買組が一気にやって来るし、2―3は体育の授業中体操着のポケットに小銭だけ入れておいてグラウンドから購買に直行する人が結構いるせいで、他の曜日より売り切れるのが若干早いんだ。だから一回教室に戻ってる時間はない、と、思い……」
言いながら気付く。今の僕、結構キモくない? もしかしてまたやらかしてしまったのでは……心配を裏付けるように、三人は思いきり目を剝いている。
またこれだ。正常な人間の中に混入した異物を見る目。この手の視線に晒されるたび、ひとりでに呼吸が浅くなる。酸欠みたいに、頭からスッと血の気が引いていく。
「キモい」だの「やばっ」だの言われているうちはまだマシだったけれど、いつからだろう、皆僕の存在自体を煙たがり、遠ざけるようになっていった。
僕はまるで空気だ。空気なのに、空気が不足している。無視されるのは、苦しい。
「お、教えてくれてありがとうございます! 愛知先輩!」
お礼の声が廊下に響いた。左端に立つ、長身ボブカットの少女の声だった。少女は自分の口から出た声の大きさに驚いたように「きゃっ」と可愛らしい悲鳴を上げた後、深々とお辞儀をした。遅れて、他の二人も小さくお辞儀をする。
「行こ、愛」と真ん中の少女がボブカットの少女の袖を軽く摘まむ。ボブカットの少女はもう一度なにか言いたげにこちらに目配せした後、おとなしく手を引かれて去って行った。
「……ってか、あの子愛知先輩って」
後輩たちがいなくなった後、僕の不名誉が一年生にまで広がっているという事実に、一人震え上がる。
だけどなぜか、少しだけ息がしやすくなったような気がした。
