17年前の明日、僕は空の青さを知る。


 赤、黄、青。カラフルな光が真っ黒な空を刹那の花畑へと変貌させる。

「綺麗ですね」

 隣の阿良々木愛のつぶやきは、花火の破裂音と大歓声の中でもやたらはっきりと耳に届いた。

「君のほうが綺麗だよ」そう言えたら少しは格好もついただろうに、臆病者の僕からそんな言葉が出てくるはずもなくて。
 ボブカットを耳の後ろにかけた君の横顔に見惚れることしかできない。

 今、文藝部の他の三人は出店に買い出しに行っている。こんな機会、きっともう二度と巡ってこないのに。
 早くなにかアクションしないと。でも……なんて躊躇していたら、チャンスの前髪のほうから掴んで欲しそうに、僕の目の前に垂れてくる。

 いつのまにか君も僕のほうを見ていて、色素の薄い瞳の中心に真っ赤な顔の僕が映っていた。
 無言のまま見つめ合うこと数秒。世界が、止まる。

「ねぇ、愛知先輩。返事聞かせて」

 ねだるような君の声に理性なんて容易く弾け飛ぶ。そして。



 ――皆と解散した後、「終電逃した」と悪びれず言う君と並んで歩く。なんで幼馴染の日下部と同じタイミングで帰らなかったのかなんて、さすがにそんな野暮なことは聞くまい。
 僕の家は駅から15分程度のところにある一軒家で、皆には内緒にしていたが、本当は図書館の駐車場より家のほうが花火はよく見える。だけど毎年一人、自室の窓から眺めていた花火よりも今日のほうがずっと鮮やかに映った。

 家の前まで辿り着くが、いつもどおり屋内の電気が付いている様子はない。さすがの母ももう寝ている頃だろう。
 と、油断していたから、ドアを開けた瞬間面食らった。

「遅いじゃない、賢太! 心配したのよ!」

 母は寝ているどころか、今にも外に飛び出さん勢いで僕を待ち構えていた。

「ご、ごめんなさい母さん」
「謝って済む問題じゃ……あら? そちらのお嬢さんは?」

 僕の後ろに隠れていた阿良々木愛はきゃっと小さく悲鳴を上げた後、おずおずと僕の横に並び立ち、母に向かって深々と頭を下げた。

「はじめまして! 賢太さんの、こ、恋人の、阿良々木愛と申します……」

 後半は尻切れトンボで隣の僕の耳にさえよく聞こえなかった。
 しかし母は、生まれて初めて僕の前で満面の笑みを咲かせた。

「まぁ! いつもうちの賢太がお世話になっております」
「こっ、こちらこそっ!」
「さぁどうぞ、上がっていって! なにもない家ですけど」

 阿良々木愛は恐縮しきったように靴を脱ぎ、丁寧に揃えて家に上がる。彼女というイレギュラーすぎる存在のおかげで、どうやら僕の門限破りは不問に終わったらしい。
 阿良々木愛に続いて家の奥に進もうとすると、すれ違いざま、母が穏やかに微笑みながら僕に耳打ちした。



「唾液オキシトシン64pg/mL」