17年前の明日、僕は空の青さを知る。



 意気消沈して自室に戻ると、ベッドの上に放り投げていたケータイが淡い光を放っている。画面に踊る「阿良々木愛」の文字に、なぜだかわからないけど心臓がトクンと跳ねた。

『遅くなってすみません! リレー小説更新しました!』

 そんなことかと思うと同時に、それ以外なにがあるんだとも思う。矛盾した感情。僕はいったいなにを期待していたのだろう。
 とりあえず『了解』と返した後、前回の自分の醜態まみれの文章を思い返す。

 下手したら「キモい死ね fin」とでも書かれているかもしれない。そうだったらしかたない。後日部室で土下座しよう。
 覚悟を固め、おそるおそる共有ファイルを指でタップし、開く。

 ……しかしどれだけ探してもキモいも死ねもfinも見当たらなかった。
 気付けば僕は呼吸をすることさえ忘れ、阿良々木愛が綴った言葉の海に沈んでゆく。

***
 こちらこそ、本音をぶつけてくれてありがとう。私は少しも困ってないよ。むしろ、頼ってくれて嬉しい。

 でもね、自分で書いていて気付かないの?
 人の心を慮れないとあなたは言うけれど、あなたの言葉は全部、あなた以外の誰かのほうを向いている。今までの失敗全部。あなたは誰よりも自分を省みて、人に寄り添う努力をし続けてきた。
 温もりを求めることは、決してひとりよがりなんかじゃない。

 賢人くんの不器用だけど優しいところ、私はちゃんと知ってるよ。初めて会ったあのときからずっと。
 テストみたいに100点満点は取れないけれど、たまに落第ギリギリなこともあるけれど、不意に120点にも200点にもなって私の心を苦しくさせるの。

 その証拠にほら。私の中に芽生え始めた知らない感情。これが「そう」なのかな? どうしよう、鈍感なフリができなくなってきちゃった。

 ねぇ賢人くん? どうせならAIなんかじゃなくて、私の王子様になってよ。



 なんてね!
***

 一度読んだ時点で全部頭の中に入っているのに、意味もなく、繰り返し更新された文章をなぞっていく。何度も、何度も、何度も。
 やがて、僕の目はたった一文にくぎづけになる。

 私の王子様になってよ。

 ……いやいやいや。なにを勘違いしてるんだ僕は。
 これはあくまで小説だ。登場人物に自分を重ねて書いているのは僕の勝手であり、阿良々木愛もそうとは限らない。むしろそう受け取るほうがおかしい。

 だいたい、「なんてね」って言ってるんだから冗談なわけだし。二重トラップだ。どんくさい僕が潜り抜けるにはアクロバティックがすぎる。
 ふう、危ない危ない。危うく引っかかるところだったぜ……

 と、どれだけ現実を直視しようとしても、どこかに都合よく解釈しようとしている自分がいる。阿良々木愛が僕を? そう思うだけで、ひとりでに胸の鼓動が早くなってゆく。

 この感情はなんだ? 知らない、こんなの。切なくて、苦しくて、泣きたくなるような感覚。
 素敵な感情だと手放しに喜べるものではない。だけど不思議なことに、虚しさを感じる暇はなさそうだと思った。